第143話「越智夜桜の過去③」
「……貴方って、随分と甘やかされて育ってきたのね」
「そうだね。別に自慢という訳ではないけど、人生で『苦労』の二文字を味わったことは一度もない。……その点君は、これまで沢山の苦労をしてきたようだ」
「そうよ。貴方と違ってね」
「うん。努力するのは、凄く立派なことだ。尊敬するよ、本当に。まあ真似したいとは思わないけど。疲れるの嫌いだし」
越智は、二階堂と会話をし……そして気付いた。
自分が、この男を嫌いだということに。
才能が無い。努力すらしない。なのに他人の力で得をして、それを当然のことだと思っている……この男の存在が、越智はどうしようもなく不愉快に感じたのだ。
「こ、こんなの認めないっ! 貴方のしたことは、生徒のみんなに公表するから!」
「ふぅー……。あのね、だから学校側は俺の味方なんだって。俺のやったことは全て合法。それに生徒がこのことを知ったところでどうなるの? みんなが君の味方になってくれて、卑怯な手を使った俺をやっつけようとするの?」
「当然よ! 少なくとも貴方なんかより、私を助けてくれるに決まっているわ!!」
「人望あるんだねー。それとも、自分が人望ある人間だと思い込んでいるのか? 知らんけど」
すると二階堂は、おもむろにポケットから何かを取り出す。
よく見れば、それは財布だった。
「まあ、もしそうなったら色々と面倒臭いから先に手を打っておくよ。……あー、ごめん。二十万しかないや。足りなかったら後で追加するから」
そう言って二階堂は、万札の束をずらっと差し出して越智に手渡そうとする。
「……ッ!!」
越智はその紙束を、とても気持ち悪い物のように思えて強く突っぱねた。
バラバラと紙束が宙を舞う。
二階堂は、やれやれといった様子で彼女を見た。
「お金を粗末にするなよ。どういう教育受けてるんだ君は」
「ふざけないで!! 私は貴方を絶対に認めない……必ず後悔させてやるからっ!!」
越智は二階堂を残して、急ぎ足でその場を去っていく。
その後すぐに、越智はクラスメイトの皆にこのことを伝えた。
真実を知り、クラスの何人かは二階堂の行いに対して批難の声が上がる。
「何だよそれ!? 許せないよ!」
「先生達まで言いなりって本当!? し、信じられない……」
「最初からあんな奴が当選するなんておかしいと思ってたんだ! 大丈夫だよ越智さん。俺は君の味方だから!」
それらの声を聞いて、越智は満足感と安心感を得た。
自分という個を皆が味方してくれているという『満足感』。
そして、人の心はお金では買えないのだという『安心感』。
越智夜桜。彼女は、二階堂を強く敵視した。意地になっていると言ってもいいくらいに。
ただ負けたのが気に食わないから、という理由だけではない。
才能も努力も無くても、親の力だけで成り上がれるならば、それは越智の苦労を否定されるという意味に他ならなかった。
今回の敗北を認めてしまえば、これまで自分が積み上げてきたもの全てが無駄になる。……それだけは絶対にあってはならないことだったのだ。
(権力と財力? ……だから何よ。私はあんな奴になんか負けない! 負けてたまるもんかっ!)
越智は力強い意志を胸に抱いた。
そしてその日。
二階堂は授業に出席することはなかった。
その次の日も。次の日も。
彼が学校に顔を出すことはなかった。
それを知り越智とクラスメイト達は、二階堂が逃げ出したと思い笑みを浮かべた。
……しかし。さらに数日後のこと。
二階堂だけではなく、越智のクラスメイト達までもが、学校に登校しなくなったのである。
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