命令不服従
「で、コレどういう状況?」
「ん?ちょっとね」
集会が終わり、家に帰ったアルトゥルだったが、急に魔王が訪ねて来た。
魔王公邸とは反対方向のニューレキシントンに在るアルトゥルの家にわざわざ現れたのだ、それも書類鞄を持って現れた。一度、公邸か何処かの役所に寄ってきたのだ。それも、夜中の9時を過ぎた時間に。
だが、口調は見た目相応なので、仕事モードでは無いようだが。
「軍司令官のコヴァルスキ大将がちょっと……ね」
急に義父の事を話題に出され、アルトゥルはドキッとした。
「息子のコヴァルスキ大尉を軍法会議に掛けろって煩くてな」
「ハイムを?」
丁度、コーヒーを持って来たドミニカが入ってきた。
ドミニカにも関係がある話だが、留まるように言うべきか?アルトゥルは魔王に目配せした。
「ドミニカもちょっと良い?」
「はい、何でしょう?」
魔王がドミニカを呼び止め、本題に入った。
「明日、ハイムが戻ってくる。理由は軍法会議への出席で」
「……また何かしたんですか!?」
ドミニカは半ば呆れた様子だった。
「偵察任務に出たそうだけど、単騎で突っ込んで敵を全滅させたらしい。だけど、父親のコヴァルスキ大将がそれに激怒してて。命令不服従で軍法会議に掛けると」
今まで何度も勝手に突っ込み、その度に軍内部で問題になっていた。師団長のニュクスは比較的穏便に事を済ましてきたが、父親のピウスツキ卿、コヴァルスキ大将はそうではなかった。
軍という組織の一員である以上、命令下達は絶対だった。統制が取れない集団など、軍隊ではないのだ。特にコヴァルスキ大将は軍紀に厳しく、命令を守れない軍人は武装した犯罪者と変わらないと考えていた。
「単騎でねえ……。で、俺に話すって事はなんか有るんだろ?」
ドミニカも大概だが、義弟のハイムも似た様なものだったので、アルトゥルは軽く目眩を覚えた。2人共、戦いとなると人が変わり大暴れするが、ドミニカはまだ冷静なところは有るが……。
「懲役刑もあり得てね……。大将はそれだけ怒ってて、どうしよう?」
軍刑務所に送られる事になれば大変だった。本人にとっても不名誉だし、軍歴も無かったとみなされ、退役後の年金や恩給は一切渡されない。その上で何年も服役する可能性があるのだ。
「全く駄目なの?」
「取り付く島も無くて。電話でニュクスも止めたけど、半分は薩摩弁でまくし立てて来て何言ってるか判んない始末で」
「あの、ジジイ」
ドミニカは悪態を吐いた。
「他の兵士達の反応は?」
「まあ、悪くないわね。アルター人民軍の先鋒部隊を殆ど1人で倒しちゃった訳だし。クシラ騎士団の兵士達も囃し立ててたみたいだし」
命令違反ではあるが、他の第2師団の兵士はハイムやクシラ騎士団の快挙に喜んでいるのも事実だった。今日の人民軍の攻勢をほぼ1人で阻止し、前線を守りきれたわけだから。
「カエちゃん的にはどうしたい訳?」
「そりゃあ……。規律を守らないのは問題だけど、軍法会議はやりすぎよ」
「つまり、無罪放免にしたいわけ?」
「うん」
魔王のくせに、周りの顔色を伺う事は有るが、今回は特に水面下で解決したいらしい。そう感じ取ったアルトゥルはコーヒーを一口飲んでから口を開いた。
「ハイムの身柄は何処に?」
「今日は第2師団本部で、明日の正午にはカエサリアの軍司令部に出頭するよ」
「なら間に合うな」
アルトゥルは今日の新聞を手に取ると魔王に見せた。
「明日の朝刊でデカデカとハイムの活躍を報じりゃ良いんだよ。世論が味方になれば、軍法会議には掛けられねえし。ついでに勲章でもあげりゃイイよ!」
アルトゥルの案を聞いて、魔王とドミニカは暫く考え込んだ。
「なるほどね、悪くないわね」
「戦争の英雄になれば軍法会議もないし、英雄を殺すわけにはいかないから前線には出れないし、それなら父さんも文句はないかも」
前線に出る度に勝手に敵を相手にしだすのが問題なら、後方での任務を主にさせればいい。アルトゥルの案は軍法会議回避だけで無く、その後の事を踏まえた対応だった。
「でも、コヴァルスキ大将は納得するかしら?」
「せざるを得ねえよ。結局、軍隊ってのは大衆の集まりだ。兵士に嫌われりゃあ、士官は仕事が出来ねえもんだし」
「まあ、確かに」
魔王も納得はしたようだったので、アルトゥルは立ち上がると出かける用意を始めた。
「何処行くの?」
「ちっと軍に根回ししてくる。カエちゃんはマスコミにハイムの事をリークしてて」
「ん、判った」
「て、訳で誰に話せばいい?」
「あのなー!」
真夜中にアルトゥルに叩き起こされたイゴール卿は声を荒げた。
元“荒鷲の騎士団“団長で、次男のリシャルドに騎士団を譲って隠居してからはケシェフに在る長男夫婦の家に住んでいたが。
「現役で中将をやっとるお前の方が詳しいだろ!」
「でもさ、爺ちゃん俺第1軍の人と顔合わさねえし」
実はアルトゥルの今世の祖父で、アルトゥルの目が届く範囲に身柄を移す事を条件に刑事訴追を免れていた。
騎士団長時代に騎士団が行った奴隷への暴行、殺害への関与についての刑事訴追だったが、旧ヴィルク王国内で奴隷が半ば合法だった為、全員を裁いていたらキリが無いためだった。その代わりとして、公職からの追放と私財の没収が行われていた。
「誰が居るかも知らんわ」
「軍の幕僚はこんな感じだよ」
第3師団の白頭鷲がエンブレムとして描かれたファイルをアルトゥルは手渡した。
「全く、お前は昔から。影でなんて言われてるか知っとるのか?アメリカの事を良く思ってない連中は皆んな」
「いや、良いから中見てよ」
「ふん!」
元アメリカ人の転生者がアメリカの文化を全面に出している事を、イゴール卿は毎回文句を言っていた。
「ただいまぁ。……ん?」
そんな中、帰宅してきたアルトゥルの同い年の姉アリナは、弟や妹達が応接間の外で聞き耳を立ててるのを目撃した。
「アンタ達何してんのよ?もう、夜中の10時でしょ。子供は寝なさい」
10歳未満の弟や妹はアリナの姿を見ると一目散に逃げたが、それ以外の10人余りが扉の前に残っていた。
「アルトゥルが来てるんだよ」
「お祖父ちゃんと何か話してる」
5歳年下の双子、クララとチェニックがそう言うので一緒に覗き込むと、アルトゥルとイゴール卿が何か話し込んでいた。
「また何か面倒な事?」
アリナが応接間に入ったので、他の弟と妹達は一斉に散って行った。
「いや、人事の事で相談」
イゴール卿が書類が見えなくなるようにファイルを閉じたので、中身は判らなかった。
「遅かったな」
「お店が混んでで大変だったの。てか、アンタのせいよ!」
「俺!?」
夜中に帰ったことをイゴール卿が軽く咎めたのだが、アルトゥルに矛先が向かった。
「アンタが変な“合衆国党”なんか作るから夜中まで客が多いのよ!お陰で残業よ!」
今日は選挙の公示日で、アリナが勤めてるレストランに合衆国党の支持者が詰め掛け決起集会等をしていたため、酷く混んでいたのだ。
「いや、俺だけのせいじゃないだろ」
「あれ?アリナおかえり」
パジャマ姿ですっかり寛いでいた様子の同い年の妹アイリが現れた。
アリナと同じレストランで働いているが、今日は午前中のシフトだったため忙しい時間帯ではなかったのだ。
「もう、大変だったよ!ピザや揚げ芋ばっか頼む団体客が何人も来るわ!パスタが硬いって文句言ってくるわ!」
「よしよし」
泣き付いて来たアリナの頭をアイリが優しく撫でた。
「アメリカ人は味覚音痴だからな。あと、ピザじゃなくてピッツァな」
「ピザは便利だろ、片手で食えるし」
アルトゥルの何気ない一言がイゴール卿の逆鱗に触れた。
「ピッツァを片手で食べるな!ちゃんとナイフとフォークを使え下品だろ!そもそも、お前らはアホみたいにぶ厚い生地にパイナップルなんか乗せおって!」
「食いやすいじゃん。それにパイナップルも意外と悪くねえし」
「やかましい!」
「勘弁してくれ……」
何で祖父にピザの事で責められるのか?
本題の第1軍の情報はまだ何も教えてもらっていなかった。




