アルター側の揺さぶり
「どうする?」
ショーンは師団本部に戻るかアルトゥルに聞いたが。
「いや、中座は出来ねえよ」
目立たない席に座っているが、立候補集会の最中に会場を後に出来ないとアルトゥルは判断した。対応している師団も第2師団と第20師団で自分達の出番が無いからだ。
「イシス達に任せておけばいい」
アルベルトの隣の席に座っていた魔王も同じ意見だった。
「その為に、わざわざ軍を分けたんだ。私達が動く必要はない」
魔王は“任せられる事は任せる主義”なのでノンビリ構えていたが、アルトゥルは暫く考え込んでいた。
「第3師団は休暇期間で兵員が居ないんだ、大人しくしてればいいでしょ」
「イヤそうだけどよ」
休暇先から部下を呼び戻す事も難しいので、確かに何も出来ないがアルトゥルは悶々としていた。
「師団正面、B地区に砲撃」
見張り台から前線の様子を探っていた兵士が叫んだ。
「こっちにはどうだ?来てないか!?」
前線より距離が有る集積所に集まったクシラ騎士団の団員が見張り台に向かって叫んだ。
「いや、来てない」
「地雷原に誰か居ないか?」
地雷原に仕掛けたマイクロフォンが音を拾ったので、第2師団隷下のクシラ騎士団が確認の為に派遣されたが、急な砲撃で足止めを強いられていた。
「何も居ませんよ」
見張りの報告を聞いて騎士団を率いているハイムは考え込んだ。マイクロフォンが音を拾った以上、何かしら音源が居る筈だが、姿が見えないのは厄介だった。
魔王で姿を消しているのか、あるいは野生の動物か。確かめる必要が有った。
地雷原の向こう側は、工兵が掘った対戦車壕と土塁が広がっているが。
「うおっ!」
急に飛行機が上空を掠め飛んだのでハイムは頭を下げた。
「近接航空支援だ!伏せろ!」
防空陣地から対空砲火が上がると同時に空襲警報のサイレンが鳴り響いたが、ハイムはその場から動けなくなった。
「防空壕に入れ!早くしろ!」
他の騎士団員や兵士が防空壕に逃げ込む中、ハイムは恐怖からその場で蹲ってしまった。ハイムは前世で、米軍機の機銃掃射で命を落していた。その事を思い出し、動けなくなったのだ。
〈時間だ。切れ〉
地雷原と土塁の間に仕掛けられた有刺鉄線をアルター人民軍の兵士達がワイヤーカッターで切断し始めた。
〈子豚を撃て〉
兵士達が通れるだけの十分な開口部が出来たのを確認すると指揮官は爆導索が着いたロケットを地雷原を通過する形で撃ち込ませた。
〈爆破するぞ!伏せろー!〉
〈伏せろー!〉
爆導索を起爆させ、地雷が誘爆したので物凄い爆風と粉塵が人民軍兵士達に向かい押し寄せてきた。指揮官は用心深く地雷原の様子を探ると携帯式無線機のスイッチを入れた。
〈地雷原の撤去完了!前進出来る!〉
『了解、前進を開始する』
土塁の向こう側から戦車壕を越えるための架橋装備を載せた工兵車両と装甲人形が現れたので人狼側の陣地が派手に発砲してきた。
「左翼正面、戦車壕に敵だ!」
コンクリート製のトーチカから.60口径の重機関銃で発砲しているが、人民軍の装甲人形からの応射も有り状況は厳しかった。
『海軍の飛行艦が向かってるが、それまで耐えられるか?』
「無理だ!敵の火砲に曝されている。砲撃を受けているんだ!」
前線に接してる重機関銃陣地と違い、後方に位置する指揮所から連絡しているが、砲弾が指揮所付近に落ちるたびに酷く揺れていた。
既に指揮所の屋上に設置された測距儀と潜望鏡は破壊されており、話している間も屋上に砲弾が直撃していた。
『……座標を報せ!火力支援の許可が降りた』
〈前進!〉
大型の盾を持った装甲人形を先頭に、兵士達が続き地雷原を突破し始めた。トーチカからの射撃を装甲人形で防ぎつつ。土塁に隠れた他の装甲人形が無反動砲や機関銃を使いトーチカを潰している中での前進だった。
跳弾や銃弾の破片がヘルメットや鋼鉄製の鎧に当たるが、兵士達は落伍する事なく地雷原を渡り切ろうとしていた。
人狼の兵士達がするのと同じ様に、人民軍の兵士達も魔法で筋力を底上げし。何10キロも有る重装甲の鎧を着て、地雷原を一気に駆け抜けたのだ。
先頭を行く装甲人形が50キロも有る爆弾を塹壕に投げ込むのを合図に兵士達は動き始めた。
〈よし、行け行け!〉
塹壕に取り付き、兵士達は中に飛び込んだ。
「敵だ!」
人狼の兵士が慌てて小銃を向けて発砲したが、人民軍兵士の鎧に弾け飛ばされた。そして、人民軍兵士は重機関銃を向け塹壕の奥に潜む人狼の兵士に向け乱射し始めた。
「突破された!塹壕に敵が入って来ました!」
重砲の砲撃が地雷原に降り注ぎ始めた頃には人民軍の兵士達は塹壕に入り込んでいた。
『後退しろ、連絡用の通路を爆破してB地区に移動してくれ』
「了解、後退します」
後退の指示が出てからは早かった。指揮所に詰めてた兵士達は暗号表と無線機・電話機を破壊すると地下通路へ逃げ込んだ。
「ダイナマイトは有るな?」
「はい、あります」
破壊処置用のダイナマイトを仕掛け、起爆装置から導火線を延ばしている最中に通路の奥から話し掛けられた。
「ミラー!」
「スティック!」
慌てて兵士が合言葉の返事をすると奥から別の兵士が出てきた。
「何してるんだ?」
「“通路を爆破しろ”と命令された」
ダイナマイトに信管を挿してるのを見て、奥から出てきた兵士は慌てた。
「待ってくれ、俺達は“地下を通って前に出ろ”って言われてきたんだ。命令は確かなのか?」
「師団本部からの命令だ。確かだよ。地下の電話線を使ってやり取りしてたから、なりすましの偽命令じゃない」
暗号文を解読されて、偽の命令をバラ撒き相手の動きを混乱させる事は良くある破壊工作だった。だが、指揮所と師団本部が連絡に使っていたのは、目の前を通っている有線の電話線で、途中に受話器を取り付けない限り通話を割り込むのは不可能だった。
「何時言われた?」
「つい、5分前だ」
そうなると、後は移動中に状況が変わり、新たに命令が出た可能性が考えられた。
「判った。状況が変わったんだな」
時計で時刻を確認して、奥から来た兵士はそう答えた。自分達が命令を受けたのは約15分前で、前線の様子が様変わりしたと考えたからだ。
「高度2万まで上げろ!」
緊急出港した海軍の飛行艦を横目に陸軍の飛行艦は一気に高度を上げていた。
大型の望遠鏡やカメラを装備し、定期的に前線付近を飛んではアルター側の様子を撮影している偵察用の飛行艦だった。
「高度2万!」
午後の分の偵察写真を撮り終え、地上に届けたばかりだったが、急なアルター側の攻撃の報を受け、新たに偵察員を乗せて緊急で出動したのだ。
「前線まで100キロの位置に近付いてくれ!」
偵察員が飛行艦の機長にもっと近づくように頼んだ。
高度6000メートルなら、約300キロ先まで見渡せる。この世界の大地は地球と同じ大きさで、球体だからだ。
「良いが、敵に攻撃されたら直ぐに引き揚げるぞ?良いか!?」
「ええ、お願いします」
前線に近づけば、アルターが対空ミサイルを使う可能性も有る。相手の上空を飛ぶわけではないが、その危険が付いて回るのだ。




