デイビット・タッカー候補
「……音がするな」
第2師団の工兵連隊で前線に仕掛けていた聴音機を聴いていた兵士が異音に気付いた。
「軍曹、ちょっと良いですか?」
「なんだ?」
部屋の奥で紅茶を飲んでいた軍曹が呼んでた新聞片手に兵士の着いてる卓まで来た。
「D-35で何か掘る音が」
兵士は頭頂部の耳からヘッドホンを外すと軍曹に渡した。
「狐かなんかじゃないのか?」
そう言った軍曹もヘッドオンを着けると注意深く音を聞き始めた。
「……確かに。なんだ?」
ダイヤルを回し録音機に繋げると軍曹は録音ボタンを押した。
「装置が動いてるか見てこい」
兵士が隣の部屋に有る録音機の様子を見に行った間、軍曹はメモに聞こえてきた音を書き込み始めた。
足音、スコップで何か掘る音、金物が擦れる音、誰かが居る様だ。
「録音できてます」
「指揮所に連絡だ!“D方面に侵入者”と」
陣地より離れた場所に誰か居る。アルター側の兵士が侵入しようとしていると考え、軍曹は指揮所に通報させた。
「あー……やばい、緊張する」
人狼の男が部屋の中をウロウロと歩き回り、既に飲み干していたコーヒーカップに口をつけ、またウロウロしだした。
「緊張しすぎじゃない?」
大きな紙コップに入ったポップコーンを頬張りながら、ショーンは呑気に言い放った。
ショーン本人は軍服姿で呑気にソファーに座りながら歩き回る男の方を見ていた。
「すこし黙ってくれ」
イライラしながら歩き回ってるのは医者のデイビット・タッカー。ショーン本人とは冒険者仲間で、前世は兵士だったが今はカエサリアの総合病院で外科医をしていた。
そんな彼が何で落ち着かない様子で部屋を彷徨いているのか?理由はこの後始まる集会だった。
「タッカーさん、カミンスキー中将がお見えです」
「いよぉ!元気か!?」
元上司のアルトゥルを始め第3師団の面々が顔を出したが、デイブは胃がキリキリしてきた。
アルトゥル達、現役の軍人達が選挙に出馬しない代わりに、今は民間人のデイビット・タッカーが出馬する事になった。だが、本人は政治の経験は一切ないのでこうしてアルトゥル達が顔を出しているが。
「おぇ……」
「うわあ、吐きやがった」
すっかりプレッシャーに押しつぶされ、デイビットはゴミ箱に吐き戻した。
「おい、デイブ。大丈夫か」
アルトゥルは背中を擦ってあげたが、顔はにやけていた。本音では心配していないようだった。
「あらら。大丈夫?」
アルトゥルの妻のドミニカも背中を擦り始めた。
「うちの人も最初は吐き戻したから、気にしないで」
「ん?」
(あなた、子供達の前で散々吐いたじゃない!)
アルトゥルも前世で軍を辞めた後に上院議員に出馬した際、緊張で吐き通しだった。だが、不意打ちでその事を妻からバラされるとはアルトゥルは思っていなかった。
「何でバラすの」
「終いには泣き出すし、トイレに籠って」
「わー!言うな!」
「ロンが泣いた?」
「将軍が?」
「やかましい!」
ショーンとジェームズが顔を見合わせたのでアルトゥルは2人の頭を叩いた。
「痛え」
「あいた!髪が乱れるでしょう」
男のショーンはともかく、今世は女性のジェームズの頭を叩くのは少々不味かった。叩いたところを見たドミニカがアルトゥルの頭を叩き返した。
「イテテ。何だよ!?」
「女の人を殴るわけ?」
「おえぇぇぇ」
アルトゥルとドミニカが言い争いしてる横でデイブはもう一度吐き戻した。
「アイツは男だよ。元だけど」
「今は女でしょ。マギー、大丈夫?」
「ああ、大丈夫です婦人」
ジェームズの今の愛称を良いながらドミニカが頭を撫でるのを脇目に、アルトゥルは叩かれた頭を擦り始めた。
「ついでに言えば俺の両親と歳変わらねえし」
「若えな、まだ30か。俺の両親もう50だぞ」
パオロの両親の事をアルトゥルは思い出した。“20年前、パオロが赤ん坊の時に両親は鉱山事故で死亡”と本人から聞いていたが。
「あなた!」
「うわ!」
ドミニカに追い掛けられ、アルトゥルは部屋の中を逃げ始めた。
「何だよ!?」
「女の人に歳を言うんじゃないの!」
部屋においてあったテーブルをアルトゥルは飛び越えたが、ドミニカも軽々飛び越えアルトゥルを追いかけ回した。
「なんか、佳代さん変わったな」
ドミニカの様子を見てショーンは思わずパオロに耳打ちした。前世のイメージではステレオタイプの日本人妻で絵に書いたような大和撫子だったが、今世はかなりのお転婆娘だった。性格が180度違い、少々喧嘩っ早かった。
「……いや、ベトナムが終わった後に一度ブチ切れた事があった。バット片手にロンの奴を追い掛け回してMPが出て来る大騒ぎに」
パオロは近所だったからよく覚えているが、前世のドミニカ、佳代・ハーバーはバット片手とアルトゥルの前世、ロナルド・ハーバー大佐(当時)と大喧嘩をした。
ロナルドが基地から戻った後に言い争いになり、とうとう佳代がバットを振り回しながら、ロナルドを追い回した。
「……何でまた?」
「ロンの奴が戦地に行くのが嫌だとか何とか。それであいつ暫く国防総省でデスクワークしてたんだ」
「こんにち……は」
今度はアルトゥルの同い年の弟のアルベルトが部屋に入ってきたがアルトゥルとドミニカの様子を見て面食らった。
自分が経営してるカミンスキー重工の社長として立候補者のデイブに会いに来たが、デイブは吐いてるしアルトゥルはドミニカと追い掛けっこしてるとは思わなかった。
「何やってるの?」
「「人生中盤の危機」」
「?」
パオロとショーンがふざけて説明している間、とうとう首根っこを捕まれ、アルトゥルは首を締め上げられた。
「おい、助け!」
「もう、助けないよ。毎回、ふざけ合ってるだけだし」
「毎回?」
パオロは思わず聞き返した。
「ギブギブギブ!」
「会う度にこんな感じですよ。日によっては姉妹達もアルトゥルを突き倒したり」
女騎士として活躍し、女性人気が高かったドミニカがまさか自分の兄弟と結婚するとは姉妹達は思ってもおらず、未だにアルトゥルにチョッカイを出すことが多いのだ。
「……頼むから、騒ぐなら帰ってください。……おえぇぇ」




