第3師団
先頭に2両、後尾に2両の蒸気機関車を連結した列車は雨の中、まだ薄暗い平原を南西に進んでいた。
蒸気機関車の運転をしているのはポーレ族の運転士だが、蒸気機関車と列車は南西のドワーフが造った物。
運用している運転士の多くは前世でも蒸気機関車を動かしていた者が多く運行は問題なく行われていたが。
「うっぷ!?」
乗客の方が不慣れだった。
「大丈夫?」
エミリアが青い顔をし、口元を抑えたのでリーゼは用意していた紙袋を広げ、エミリアに差し出した。
「遠くを見て、近くを見ると酔うから」
耳を垂らし、虚ろな目をしたエミリアは遠くの山を見て気を紛らわそうとしていた。
乗っている車両は1等車で、揺れは2等車に比べると少ないが、それが逆にエミリアには気持ちが悪かった。列車も急勾配に差し掛かりつつ有り、小刻みな揺れが続くのがキツイのだ。
さらに、視界も急勾配を登るために掘られた切り通しに入り、目の前はレンガで固められた法面が目の前に広がった。
「う゛っ!」
目の前にいきなり現れた法面のレンガを目で追ってしまったエミリアはとうとう耐えきれなくなった。
「眠い……」
真新しい旅客駅のホームに人狼の他、人猫や人熊、人馬の兵士が談笑しながら列車を待っていた。
鎧などではなく、少々型遅れの米陸軍風の制服姿で、年齢は10代から50代くらいとかなり幅があった。
「列車は隣の村を通過したそうです!」
駅員が叫ぶと、兵士達は列車に乗る準備を始めた。
「どったの?」
兵士の中でも若い人狼の少年が眠そうなので、人狼の青年が話し掛けた。
「寝れなくってよぉ、もうやんなっちゃうよ」
べらんめえ口調の若い人狼の少年は嫌そうに答えたが話し掛けた方は少し考えてから原因を言い当てようとした。
少年の名前はアルトゥル・カミンスキー。まだ弱冠16歳だが、前世はアメリカ軍の陸軍少将まで上り詰め引退後は上院議員として活躍していたので、ポーレ族の将軍を任されていた。
「……あんま、お盛んなのは」
「違ぇよ」
2年前、前世の妻と再会し結婚していたので、人狼の青年はそう言う事だと思ったが、違っていた。
「水道管が破れたんよ。それも、壁の中にあんのが。お陰で1階部分ビッショビショ」
ケシェフの南東、占領されているポーレ族と人狼の領地を隔てる大森林の縁に建設された新しい街、ニューレキシントン。転生者達の技術を結集して上下水道を完備している街として新たに作られたのだが、アルトゥルの新築の家は無残にも水浸しになったのだ。
「元栓締めて、パイプを交換したけど。もう、ヒデェもんよ。絨毯もビショビショだし、カビなきゃ良いけど」
「魔法使えば?」
話を聞いていた人狼の青年が簡単そうに言うのでアルトゥルは苦虫を噛んだような顔をした。
「魔法は苦手なんだ」
「いい加減馴れなよ」
アルトゥルと話している青年は軍医のショーン・ライバック。前世でアルトゥルと同じ部隊で第2次世界大戦に従軍していた。
「服とか乾かすの楽だよ、あと冷たい飲み物とか」
「知ってっけど、何時も爆発するんだ。こないだなんか、フライパンで焼いてたホットケーキが爆発したんだ」
汽車の汽笛が構内に響き、ケシェフ方面から汽車がゆっくりとホームに入ってきた。
「今期は問題なく課程が進んでる、来週には修業できる」
列車の4両目、会議室として使える様に設計された車両で、アルトゥルは魔王にニューレキシントンの陸軍基地での新兵訓練の結果を説明していた。
「6歩兵大隊に4騎兵大隊、2砲兵大隊それに空中強襲用の飛竜旅団が師団に加わる。これで、既存の2歩兵大隊と2砲兵大隊と4支援大隊を含めて、第3師団は編成完了だ」
第3師団は米軍で編成されている空中強襲師団を参考に、アルトゥル達、米軍出身の転生者達がこの2年で何とか編成した師団だった。半年前に訓練を終えた第1期生は山岳地帯での訓練で遭難事件を起こし、危うく死傷者を出しかけたが、今回の第2期生は大きな事故もなく訓練課程は順調だった。
「予防接種も破傷風と結核のワクチンを全員に接種済みだよ、問題はない」
軍医のショーンも口頭で説明したが魔王は手渡された報告書の方を見ていた。
「ふむ……」
報告書に目を通しながら魔王は生返事をしたので、アルトゥルとショーンはお互い目で合図した。
2人共、魔王とは2年前からの付き合いだが、こうなると魔王は書類に没入しているので読み終わるのを待った方が無難だった。
「兵站問題はどうする?補給大隊を着けて検証する余地はないか?」
魔王は報告書の中でアルトゥルが記載していた、“平均弾薬消費量”の項目を読んでいる途中で質問してきた。
「出来れば貰いてぇな。正直、飛竜旅団だけじゃ心細いんで」
第3師団の装備は、.303口径のM2ボルトアクションライフル。装弾数は5発だが問題が有った。
歩兵はフル装備で小銃弾を30発携行する事になっているが、それは1会戦分の携行量だった。
仮に丸1日、強固な陣地に立て篭もり戦うとすると足りなくなると予想されていた。
実際に2年前、アルトゥル達が連隊規模のボルトアクションライフルを持った兵を指揮している時も早々に弾薬が不足してしまった。
「師団で3会戦分の35万発は確保してるけど、常に補給が受けれるなら、ありがてぇ」
銃火器は鉛の塊をぶつけ合うので、どうしても重い銃弾を大量に浪費してしまう。おまけに銃弾がなければ、後は銃剣を使った白兵戦になるので、可能なら常に銃弾を手元に持っておきたい。
「出来れば、水を運ぶ荷馬車も有れば助かる。それと医薬品と負傷者の輸送を専門にする部隊も欲しい」
魔法が有るので、前世の世界程重要ではないが、負傷者の後送と戦地での救護活動は課題だった。
「判った、第3師団付きの補給大隊を着けさせよう」
魔王は別の書類に補給大隊の件を書き留めると左の薬指に嵌めていた純金製の指輪を朱肉に押し、書類に捺印した。
「そう言えば、アルトゥル」
「なんでぃ?」
硬い口調ではなく、世間話に興じる時の軽い口調で話し掛けられたので、アルトゥルも軽い調子で返事をした。
「子供はまだか?」
「……まだ早えよ」
アルトゥルが素っ気無い返事をすると、魔王は手を机の上で組んで軽いため息を吐いた。
「早くないだろう。もう結婚して2年近く経つんだ。もう子供が作れる歳なのだから……」
「そうは言っても、俺はまだ16だぜ。早えっての」
目を細め何処か不満そうな様子の魔王は段々と見た目相応の口調になり、愚痴り始めた。
「早すぎはしないでしょ。それに、奥さんのカヨさんはもう21でしょ、それなのに子供が居ないとか、世間体を考えなさいよ」
「んな、紀元前の考えを持ち込まねえでくれよ」
アルトゥルの反論に魔王はニヤニヤし始めた。
「そう言えばアルベルトから聞いたけど、アルトゥルの両親って……」
「だぁー!?良いだろ、そう言うのは!!」
アルトゥルの同い年の弟のアルベルトから聞いたことを話題にしようとしたのでアルトゥルは大声を出して会話を遮った。
「ん?」
汽車が汽笛を鳴らしたので、ショーンは懐中時計で時刻を確認すると同時に、列車が進み始めた。