会談後のゴタゴタ
「第5、第6連隊前進開始」
第2師団の前線指揮所に通信兵の報告が響き渡った。
「敵火点、砲兵陣地への制圧射撃終了、陣地変換中」
歩兵と砲兵の報告を聞いてニュクスは時計を確認した。
「第5連隊、敵陣地に遭遇。戦闘開始しました」
横並びに前進をしていた2つの大隊の内、南側を進んでいた第5連隊がアルターの前線陣地と遭遇。連隊付きの砲兵中隊が援護の為に陣地ごと敵兵を吹き飛ばそうと一斉砲撃を開始した。
「第6連隊、敵陣地に到達。戦闘開始しました」
北側を進んでいた第6連隊は事前に情報が有った陣地にへ到達した。
「第5連隊側の陣地は何?」
「廃墟に偽装していた防御陣地のようです」
事前の航空偵察で見逃していたのだ。想定外の陣地に遭遇し第5連隊のは出鼻を挫かれた。
(他にも陣地が在る可能性があるのか。やりにくいわね)
ニュクスは指揮所の脇に控えてる赤い腕章の一団を横目で見た。
図上演習の進行を管理する統制官達だ。
アルター人民軍側の指揮官が前もって配置した戦力と第2師団側の戦力の両方を統制し、戦闘状態になれば双方の条件を照らし合わせ勝敗の判定を下す役割だ。
今も、2つの連隊とアルター人民軍の戦闘結果を決めるためサイコロを振っている最中だった。相手陣地の強度や自分側の兵力によりある程度勝敗は決まっている。だが、攻撃の命中・効果、イベント等の不特定多数の要素を再現するためにサイコロの目で決める必要が有った。
「A-31陣地の強度判明」
統制官が宣言すると指揮所の外から封筒に入った報告書が届いた。
前線の第5連隊からの報告を模擬して書かれた報告書である程度の敵兵力についての報告だった。
(兵数200-500名。82ミリ迫撃砲4-6門。15ミリ対空機関砲2-4門。30口径機関銃4-8門)
陣地に接敵したばかりで全容がわからないので報告書の数字はある程度幅を持たせてあった。
(正面突破は時間が掛かるわね)
前回の攻撃から日にちが経っておらず陣地強度はそれ程強力では無いはずだった。だが、相手の兵員達は戦闘の矢面に立つことを理解しており抵抗される可能性は有った。
「第5連隊に迂回を指示、前進を優先する」
「了解」
時間を掛けて包囲し陣地を落しても良いが、ニュクスは前進を選んだ。
「A-31陣地包囲されました」
今回の図上演習でアルター側の指揮をしているランゲは地図を隅々まで見渡し考え込んだ。
「予備戦力から1個大隊投入する。B-8へ移動を」
アルター側が事前に戦場に分散配置した部隊の他にティルブルクを始め後方の基地からの援軍を投入する事を意図して歩兵1個連隊まで追加の兵員を割り当てられていた。その1個連隊の中から1個大隊をいきなり投入する決断をしたのだ。
(また、浸透する気だな)
前回の攻撃同様、強力な陣地を避けて一気に前進する事をランゲは予想していた。
「A-31陣地の南側から主力を迂回して反撃に出る」
先鋒の後方を遮断し逆包囲を仕掛けようとランゲは考えてた。
『演習中止、全員指揮所へ』
内戦スピーカーからの突然の放送にランゲはスピーカーを見上げた。
「何だ?」
図上演習中なのを告げる表示版も消灯し、統制官が部屋を忙しそうに出入りし始めた。このような自体は初めてだが、会談で何か進展事項があったのか、ランゲは部屋を出て指揮所に向かった。
「偵察写真に写っていたがジュブル川を航行するソ連の貨物船に戦車が積み込まれていた可能性が出てきた」
ランゲ達は指揮所で見せられた航空偵察写真には異世界から来たソ連の大型貨物船の甲板に並んだ戦車が写っていた。
「貨物船は一昨日マルキ・ソヴィエトとアルターの国境地帯に停泊したのを確認されました。積み荷はソ連の新型戦車T-80Uでマルキ・ソヴィエトとアルターどちらに持ち込まれたのかは定かではないと」
転生者の情報担当者いわく、近年配備が開始されたばかりの新型戦車でこちらが対処可能な兵器は限られていた。
「師団単体での戦闘は極力避ける必要がある。海軍の飛行艦による艦砲射撃の援護が望めない限りはどうしようもない」
師団長のニュクスはそう宣言するとため息を吐いた。
師団で事前に計画していた侵攻計画や防御計画を全て見直す必要に迫られたからだ。徒歩や一部自動車化していると見積もられていたアルターが新型の主力戦車を用いて大規模な攻勢に出たら一気に前線が崩壊する恐れがあった。
「ニュクスが前線に向かったが、特に師団に動きはない」
「電話から逃げたんじゃねえの?」
一方の第3師団では、警戒していたクーデターや暴動が発生しなかったのでアルトゥルが呑気なことを言い出した。
『繰り返します。アルター側と“NBC兵器の使用禁止“、“戦時捕虜交換”、“民間人の引き渡し”、“戦争法”についての条約が結ばれる事となり』
ラジオで今日の会談結果が伝えられた事もあり、市民は落ち着きを取り戻しつつ有った。
停戦に至らなかったことで、逆に会談結果が受け入れられた形だった。
(いい加減師団を引き揚げるかな)
時刻は午後6時を回り、朝から治安維持に出ていた部下達を基地に一旦戻しても大丈夫だとアルトゥルは考えた。
「派遣した部下達を引き揚げさせよう。現場の引き継ぎを地元警察にしてあるよな?」
「はい、大丈夫です。いつでも戻せます」
他の街へ派遣する事もなく今日一日乗り切ったが、部下達を含め明日の感謝祭の休暇は全て台無しになってしまった。当分の間、土日も返上で部下達を師団の駐屯地に詰めさせねばいけないので早めに引き揚げさせて休ませたかった。
「あ、チョット待ってくれ」
電話で何処かと話していたパオロがアルトゥルに声を声を掛けた。
「確かで?ええ、今、師団長と代わります。海軍の作戦部長からだ」
そう言うとパオロはアルトゥルの電話に内線を渡した。
「もしもし」
『カミンスキー中将、そちらに連絡することが』
「なんでしょう」
電話で直接話すことが有るとは今更思っていなかったが、作戦部長の一言に嫌そうな顔をした。
『魔王様と議長が1時間後にカエサリアに戻ってこられる。海軍の飛行艦でだが、予備の飛行場としてそちらの師団本部を設定したいんだが』
「ええ、それなら構いませんが」
口では構わないと言ったが内心はすごく嫌だった。実際に魔王が立ち寄らなくても基地警備のために部下を再び集める必要が有るので面倒なのだ。かと言って断れる立場に無いのでアルトゥルは二つ返事で承諾せざるを得なかった。
『ありがとう。詳細は電報で送る』
それだけ言い残し、作戦部長は電話を切った。
「くっそ。基地の警備体制を上げろぃ。魔王が来るかもってよ!パオロ、控室の用意を頼む!」
一番面倒だったのは朝からの騒ぎで、控室に使う師団長公室が散らかっていたことだった。アルトゥルは情報部に急いで掃除するように命令した。




