四者会談終了
纏まらない会談を纏めるのが大変ナンゴ……
「ティルブルク東方50キロに幅30キロの非武装地帯を置く案は承服できない」
アルター側から提示された停戦条件をマリウシュは即座に拒否した。
現在の前線からは大きくアルター側に境界線が移動するが、それでも失った領土の殆どをアルターに占領されたままで停戦することになるからだ。非武装地帯の設定はマリウシュの出身部族であるポーレ族の領地を東西に分割するもので、当のポーレ族も領土を失う形での停戦を支持しているが。問題は別に有った。他の部族の飛び地がアルターの占領地内に点在しているのだ。
人狼の他の16部族は往々にして徹底抗戦を主張しており、この条件を呑もうものなら領地がないポーレ族が批判の矢面に立ち人狼部族同士で内乱が起きかねなかった。
本心では無い交渉だが、一切妥協をする訳にはいかずマリウシュは胃が痛くなった。そもそも、現状有利なのはアルター側でコレでも譲歩を引き出せているが。
隣に居る人狼の魔王は魔王で仏頂面でアルター側を見つめていた。当事者である議長のマリウシュに会談を一任しているがマリウシュが中々合意しないので気が気でなかった。
会談自体が世論の動揺を呼ぶのを承知で開催自体を周囲に黙って来ていたが、ここまで交渉が難航するとは思っていなかった。
事前情報としてアルター側から譲歩が引き出せる事は判っていたがマリウシュが首を立てに振らないとは思っていなかった。
ある程度不利になっても政治的に決断する必要は有った。批判の矢面に立つことを恐れて決断をしないのは政治家として一番の悪手だった。
……とは言ったものの、マリウシュの政治的な立場も理解しているので何か出来る訳ではなかった。
『師団は落ち着いてます、全員原隊に集まり待機しています』
ランゲからの電話報告を聞いたニュクスは暫く考え込んだ。
「ポーレ族は?停戦に反対する動きは?」
第2師団の兵員は1個連隊約3000人がポーレ族で一部が暴発するかと思っていたがその動きはなさそうだった。
『全くないですね。どちらかと言うとヴィルノ族の部隊が騒いでるくらいです』
西隣の部族、ヴィルノ族の方が好戦的なのは昔からだがニュクスは再び考え込んだ。
(自分達の家族が人質にでもなってるからか?まあ、次は自分達が矢面に立つからヴィルノ族は五月蝿いだけか)
「相変わらずポーレ族は闘争心が無いわね」
『ウンザリしてるだけですよ。タカ派だった前の部族長は魔王城落城時に行方不明で、部族民の大半は避難生活。そもそも世論自体が戦争に消極的です。前世世界で大戦を経験してる転生者も多いそうで』
さてどうするか。
現状、敵と対峙しているのは自分達だけだ。後方の安全な場所に居る他の師団や部族は口だけだして騒ぐだけだが。
「師団は前進可能?」
『何時でも動けますが』
前……。アルター側の防衛拠点が手の届く範囲に散らばっている。そこを攻撃できるかニュクスは聞いたのだ。
「私もそっちに向かう、攻勢作戦を練り直すは」
『了解』
会談は両国の戦闘が収まっている期間に始まったが、停戦合意は一切決まっていないのだ。なら、今からアルターを攻め立て魔王が行っている会談を優位に進めるか、ぶち壊すことも視野にニュクスは動いたのだ。
「では、“NBC兵器の使用禁止”と“戦時捕虜の交換”、“民間人の引き渡し”、“戦争法”についての取り決めについて締結する事とします」
会談の終了時間が近付き、仲裁役の魔王ユリアが条約締結を宣言した。
結局、領土が絡む停戦合意は棚上げされ。アルター、ヴィルク両国から提起された条約が締結されることになた。
人狼の魔王が懸念していた生物・化学・核兵器の禁止条約も、あくまで“使用禁止”に落ち着き魔王は安堵していた。使用しない限りでは条約に違反することが無い。核兵器の開発自体に違法性が無いので現在杉平幕府の陸海軍と秘密裏に行っている核兵器開発が表沙汰になっても何ら後ろ指を差される恐れは無かった。
“戦時捕虜の交換”、“民間人の引き渡し”。この2つの条約は開戦劈頭にアルターが占領した地域のポーレ族を始めとした人狼住民の身柄引き渡しと戦時捕虜を交換する内容だった。マリウシュの父親、マイヤー・レフを始め、当初アルターが拒否していたポーレ族重鎮の身柄引き渡しも明記された。
最後の“戦争法”だが、内容は異世界のジュネーブ条約に準拠するものだった。先の条約と内容は被る所は有るが今まで中途半端だった戦時捕虜の取り扱いや非戦闘員の扱いなどが定められたのは大きな進歩だった。今までは指揮官の胸先三寸で対応が決まっており、その気になれば保護をしないどころか奴隷として非戦闘員を売り飛ばすのは法に触れなかった。
「実際の条文は後日話し合うが、外交使節団の派遣は……」
今日行うのはあくまでも締結に向けた準備をするための宣言で、実際の締結作業はお互いの外交官を派遣し合って進める必要が有った。
この場合は中立地が選ばれる事が多いがアデルハルト国家評議会議長から提案が有った。
「先ずはエーベルブルグで話し合いませんか。その後、ソチラのカエサリアに派遣するというのは」
お互いの首都へ外交官を派遣するという提案を受け、人狼の魔王とマリウシュ議長は顔を付け合わした。
「どう思う?」
「いや、どうって……」
人狼の魔王の素直な質問にマリウシュはたじろいだ。魔王本人はこの場で条約締結まで行うのではと勝手に勘違いしており、詰めの作業については完全に失念していたのだ。なので、勝手が判りそうなマリウシュにいきなり質問をぶつけたのだ。
「……今後の停戦交渉、終戦後の大使館設置に向けた布石になると思います。受けてよいかと」
「なるほど、な」
今回の会談で停戦交渉は領土問題の結論は出なかったが、今後の事をマリウシュは考えていたので魔王は感心した。結局は決断の先送りだが交渉が完全に決裂するぐらいなら今回は先送りで手を打つべきだった。
「では、それで行きましょう」
「締結式は10分後、この場で行います」
同行している記者達を会場に入れるにあたり、机の並び替えなどの作業が有るために魔王ロキが再び休憩を宣言した。




