会談続行
会談を行う士官食堂に戻り席についたアデルハルト国家評議会議長は無言で向かいの空席を見つめていた。
「遅いですな」
「そうですね」
アルター側の参加者は時間通りに席に着いたが、他の国の参加者達がまだ来ないのだ。さっきの話が原因ではとアデルハルト国家評議会議長は考えていた。
“この世界は未来人のシミュレーター内の世界だ”という話は正直なところ、素直に信じられた。科学アカデミーから出される論文の中には時折独創的な物が混じっており、その内の1つで“この世界はシミュレーターだと”仮設したものが既に有ったのだ。
魔王にも言われたが、仮にその“現実”という物と我々が住む“仮想シミュレーター”にそもそも差異はないと。論文でも哲学的な話を引用する形で - ありがたい事にドイツは哲学における自我を論じていた - シミュレーター内の私達に自我はきちんと存在すると説明されていた。
我思う、故に我あり - Cogito ergo sum
まさか、異世界に転生後にフランスの哲学者ルネ・デカルトが提唱した命題が議論されるとは論文を見た時は思ったが。
少なくとも前もってそのような論文に触れていたのでアデルハルト国家評議会議長には動揺はなかった。自分はキチンと自我を持っているし、それ故に先程も会談で意見の食い違いが有ったのだと。
「魔王カエサル様並びに魔王ロキ様が入られます」
アデルハルト国家評議会議長を始め、先に席に着いていた首相や関係者が席から立ち、人狼とドワーフの関係者が席に着くのを見守ったが、魔王ユリア達の姿はなかった。
「魔王ユリアはもう少し時間がかかるとの事なので先に始めます」
魔王ロキが会談の再開を宣言した。
「方位0−3−0より大型機。ツポレフです」
ソ連の哨戒機Tu-142がアルターの北隣、マルキ・ソヴィエト領内から接近してきていた。
「哨戒機と思われますが如何しますか?」
判断を仰がれた魔王ユリアは暫く考えた。
正直、やりにくかった。
魔王ユリアは元々モスクワに在る大学の教授だった。
父親と兄が軍人で、ソ連時代から代々職業軍人だった家系の為、ソ連の哨戒機を撃墜するのは躊躇われたのだ。かと言って、このまま接近され会談を台無しにされる訳にはいかず悩んだのだ。
「近付くようなら警告を出して」
「異世界に帰る様子が有った時は如何しますか?」
妨害をしている陸地から離れた所なら転移することは確かに可能だった。艦長はそれを危惧して魔王ユリアに指示を仰いだ。
「……行かせて構いません。私は会談に戻ります」
「カエサリア駅前の暴徒は解散に成功しました。しかし、暴徒同士で乱闘をお越し発砲したため負傷者がかなり出ています」
第3師団が鎮圧したカエサリア駅前の暴動の報告を受けたアルトゥルは特に表情を変えずに質問した。
「発砲の状況は?」
「暴徒同士のいざこざが原因との事です。戦争継続を求めるグループと停戦を求めるグループどちらが発砲したかはまだ。出動していた陸軍部隊へは発砲は無かったとのことですが、撃たれた者の中にガイウス・マリウス陸軍学校の生徒が居るそうでリー少佐が事情を聞いています」
発砲現場の検分はFBIや地元警察が行うが、引き継ぐまでは陸軍である程度捜査は出来た。特に陸軍学校の生徒となればそれ相応の処分が学校から下される筈だが。
「捜査を速やかに地元警察に引き継がせろ。現地部隊はそのまま待機だ」
次の動きをアルトゥルは警戒していた。第1師団か第2師団、または別の師団か海軍が暴発しクーデターでも起こす可能性も排除できなかった。
完全武装の部下をカエサリア駅に派遣したのもそれが理由だった。
何処かの街で反乱が起きても速やかに部下達を派遣できると他の組織に釘を指すのが目的だった。直ぐに移動できる態勢を取らせるために専門外の治安維持は地元警察にさっさと引き継ぎたかった。
「報道に動きだ!」
別室で情報を集めていたパオロが顔を出すと慌ててラジオを着けた。
『……の交渉が難航していると。繰り返します、領土及び占領地の交渉が難航していると今発表が有りました。アルター側との交渉は既に入植された地域に関する交渉で意見が割れており』
「交渉難航をわざわざ発表するとはな」
パオロが毒気づいた。4者会談を勝手に開いて混乱を招いておいてそんな報道をするのはアルトゥルも首を傾げた。何か理由があるのではと……。
魔王の妹のニュクスが師団長を務める第2師団に向けた“メッセージなのか?”と情報担当のパオロも怪しんでいた。
「私が知る訳あるかー!」
電話を切るや否や、ニュクスは叫んだ。午前中一杯、電話対応と部下達の混乱を収めるのに忙殺され、午後になっても電話が鳴り止まないのでいい加減嫌になったのだ。
その上に今流れた交渉難航の報道である。部下達に占領地域からの避難者も多くまた動揺が走ったのも容易に想像できた。
指揮下の師団自体は前線に居るため、師団長含め首脳部不在の状況下で目が届かないため反乱の兆候を見逃す可能性があるのもニュクスの懸案事項だった。先日の爆発事件の影響で幕僚の半数は未だに職場復帰できていないのも混乱に拍車をかけていた。
唯でさえ、魔王の妹というだけで足元を見られがちなのも本人は気にしており、経験豊富な副官のランゲを師団の駐屯地に派遣し事態の収拾と情報確保に動いたがそれが逆に仇になっていた。
(ヤバい爆発した)
部屋の外に控えていたランゲの部下の双子はニュクスの様子を見て慌てた。
(早いって)
ランゲから期限が悪くなった時にどう対応すればいいかの指南書を預かっているがその指南書も問題だった。
(なんて書いてあるの?)
(……褒めながらアイスやクッキーなどの焼き菓子を出せって書いてある)
ランゲ本人は自覚がないのか、恋人同士になってかなり時間が立つので機嫌を悪くしたニュクスへの対応指南書の中身がまるで恋愛指南書なのだ。それも、ランゲ本人なら効果が有りそうな物が多く、他人がやると気味悪がられたり逆に怒られそうな物が多かった。
(とりあえずクッキー出せ、後の事はそれから考えよう)




