世界の秘密
「カエが居ない」
会談を行っている艦内で、人狼側が使うスペースを見て回った魔王ユリアは魔王ロキに詰め寄った。
「えーっちょっと、ユーラ」
「今直ぐ停止できる?」
魔王ロキは胸ぐらを掴まれたが目が泳いでいた。
「無理だよ。他のシミュレーションとの同期が切れて全体がダウンしかねないよ。てか、そんな大事かい?」
「何かする気よ。多分だけど」
確信が有る訳ではないが、最近の人狼の魔王の態度から魔王ユリアは警戒していた。どうもここ最近、反抗的ではないにしろ、裏で色々と動いているのが気になっていた。
「あー、待って居場所を調べるから」
魔王ロキはスマフォを取り出し画面を2,3回タップした。
「この世界にいるよ。……ローカルマップでも直ぐ近く……?あれ?アイコンが重なってるよ?」
魔王ユリアは魔王ロキからスマフォを奪い取ると地図機能をズームし居場所を確かめた。
見ると自分達と同じ部屋に居ることになっており、魔王ユリアは眉をひそめた。
「……ん?」
待てよと思い、AR機能を起動しスマフォのカメラとリンクさせ上下に動かすと答えにたどり着いた。
「上よ!アルターの控室に居るわ」
人狼の魔王が居るのは上の階、アルターの控室に使っている士官室だと気付き魔王ユリアは急いで向かった。
「さてと、何処から話すべきかな」
会談とは殆んど関係ない愚痴だが、“魔王達の秘密をバラしてやろう”と人狼の魔王は考えていた。
「……ところで、私が何処の誰だか知っているか?」
「紀元前に存在したエジプトの女王クレオパトラとローマのユリウス・チェーザルの子供ではと、アカデミーから報告が。並行世界の出身だと」
名前から判断すると、転生前の世界の遥か過去に存在していたユリウス・カエサルの縁者の可能性は濃厚で、プトレマイオスと名乗っていることからクレオパトラとの間に設けた男子のカエサリオンの可能性が濃厚だとアデルハルトは報告を受けていた。だが、魔王は三つ子の姉妹で転生者達が知る歴史では男子1人だったのと矛盾していた。そこで転生者が多く集まる科学アカデミーが出した説の1つが“魔王チェーザルは並行世界の出身の可能性が高かい”と言った説だった。
「大体合ってるが……となると私が前世は男だった事も知っているな」
「ええ、まあ。それか、男子のフリをしていた可能性も考慮してました」
人狼の魔王は一瞬、素っ頓狂な表情をしてから吹き出し大笑いした。
「ないない、そもそもあの王国は女が王権を継ぐからその方が都合が良いし、女王の役目はイシスが担ってた」
一頻り笑った後、人狼の魔王は再び口を開いた。
「私が今女なのはズメヤの嫌がらせだ。あの馬鹿私の事を女で一人っ子だとロキの部下に伝えてな。それが原因で大した事は無いんだが」
大した事がないと言った割に、今回の4者会談に参加していない襄王朝の魔王ズメヤの名前も出て来た。
「ああ、そうだ。“魔王達の秘密”だったなあ」
アデルハルト王が苦笑いしているのを見て、話が脱線していることに気付いた人狼の魔王は話を戻した。
「魔王の内、ロキとユリアは確かに人間だった。それも遥か未来のな。2100年代の世界のだったかな」
アデルハルトは魔王2人が今から100年以上先の未来に生きた人間と聞いて色々と考えた。
「何が起きたのかは聞いていないが、有る事件以降始めたらしい。世界の再現を」
「世界の再現?」
大きな戦争か、自然災害。はては病気に宇宙人襲来。一体何が起きたのが人狼の魔王は気にしていないのか話を続けた。
「最初の内は何も無い、彼等が言う正史とやらをなぞった世界で魔法もなければ人種も……人間の中で肌や髪の色などが違う程度の世界で人類が何をするか見たそうだ。そして、最初の再現は不本意に終わった後魔王たちは各々世界の再現の方法を変えていったのだ」
「変えていった?」
未来人が何をしたのか、コンピュータを何台も使うようなことを始めたのかと考えながらアデルハルトは人狼の魔王にコーヒーのお代わりを入れながらも固唾を呑んだ。
「私のような獣人を世界に入れて歴史がどの様に変化するか観察し始めたのだ。更に魔法、魔獣など、この世界の生き物と同じだけ種類を増やしたり、住民たちの戦いに干渉して行末を見たり。他にも彼等が正史と呼ぶ限定的に弄った歴史を扱う世界がいくつもあり、その内の1つが例の転移門で繋がれる世界だ」
アデルハルトは背筋が凍る嫌な感覚がした。
「我々は実験動物とでも?」
「そうだ、ちょうどこの世界で今起きてることは実験だ。神に等しい者たちが魔王として降臨し、住民を戦わせる。それでどうなるかの実験をしているんだ。私の居た世界のように亜人と魔法が有るとどうなるかと言うテーマでな」
600年の歴史しか無い短い世界で争いが絶えなかった訳だ。事あるごとに魔王が干渉し戦が起きていたのもワザと争いの種を播いていたと考えると気分が良いものではなかった。
「貴方は?貴方はどうも積極的ではない様子ですが?」
ただ争うことを目的とした実験だとして、人狼の魔王の目的が判らなかった。攻めることが有っても、必要以上に攻める真似は今まで一切ないのだ。
「私は彼等とは違う……。同じ様に世界の実験とやらに都合良く使われ死後に“消すのは勿体無い駒”として扱き使われ続けているだけの存在だ。出来ることなら、この世界の行末を変えてやりたいんだ。魔王が不在の世界になるようにな」
魔王はいきなり立ち上がると部屋の隅に置かれていたチェス盤をテーブルの上に置き、魔法で駒を一気に並べた。
「ユリア達が来る、打っていたフリを」
魔王ユリアが控室の扉を大きく開け放ちながら入ってきた。
「此処に居たのですか。部屋に居ないので迷子になったのかと」
アデルハルト側の国家保安省の局員が慌てて居るのが扉越しに確認できた。恐らく無理に開けたのだろう。
「すこし、チェスの相手を頼みまして。ついでに世間話を」
紙に盤面に並んだ駒を紙に写しそれをアデルハルトに手渡しした。
「続きは文通でやろう」
チェスの試合を手紙のやり取りで行う物好きも居るが、人狼の魔王はそれを提案してきたのだ。
「そろそろ会談の続きですよ。行きますよ」
「判りました。……ではまた」
そう言い残し、人狼の魔王は魔王ユリアとともに部屋から出ていったが、魔王ユリアに抱きつかれながら廊下の奥に消えていった。




