休憩時間
「えーっと、如何なる核兵器、生物兵器、化学兵器の使用を禁じることに反対意見は?」
仲裁役のロキが人狼側、アルター側双方に訪ねた。特に反対意見が上がらず、決議されると思ったが、ここでコシュカ王国の魔王ユリアが手を上げた。
「1つ気になるのですが。アルター側に着いてるソ連軍がNBC兵器を持ち込まないという保証は?」
アルターと同盟関係にあるソ連側の参加者は此処には居なかった。その為、NBC兵器の禁止をこの場で決めた所で異世界側から持ち込まれては意味をなさなかった。
アルターもNBC兵器の制限に前向きだが、アルターの首相が最近のソ連の態度について説明を始めた。
「ソ連側は最近、直接的な介入を渋っています。2年前から転移門の維持が不安定になって以降、向こうの世界で異世界への介入が問題視され国連安全保障理事会で話題になったと」
ラジオや無線機など、一部の電波が異世界の壁を超え漏れることが有った。その影響で、向こうの世界では異世界が存在することが広く知られるようになり、積極的に介入していたソ連は国連の場で非難に晒されたのだ。
「向こうでは不干渉主義が叫ばれておりますのでソ連が今更持ち込んだとしても使えないかと。念の為、使われた時に向こう側にその事を電波に乗せて伝えるか、我々の立ち位置を明確にする必要があるかと」
「と、言いますと?」
魔王ユリアの問にアデルハルト国家評議会議長が口を開いた。
「向こうの世界の国連に使者を送るのです。そして、我々の自主独立と互いに干渉しない事を交渉で決めるのです」
魔王ユリアは魔王ロキと見合ってから口を開いた。
「……貴方達は向こうの世界ではまだ生きている。御二人とも1989年の3月に交通事故で亡くなっていますよね?今干渉すればその事故は無かったことに出来ると考えたことは?」
「勿論あります。向こうは……と言うか今日は西暦で言うと1988年11月23日。我々は時系列的に過去に転生したことは知っています。ですが、私達のアカデミーの予想では過去が変わることはないと。向こうの世界はあくまで、私達の前世世界に似ているだけで実際は別物だと」
アデルハルト国家評議会議長が発言した後、魔王ロキが口を開いた。
「あー、確かに御二人の世界とは厳密には違います。ソ連はアフガニスタンに侵攻していませんし、東側は経済的にも成功しています。コレはコチラの世界から干渉によるバタフライ・エフェクトによる……。ああ、簡潔に言いますとこれ以上2つの世界が干渉し合うのは避けたい訳で」
説明途中で長くなると感じた魔王ユリアの視線を感じ、魔王ロキは途中で結論を言った。
「1700年代辺りの時点が特異点になりましたが概ね正史」
「ちょっと」
魔王ユリアに止められ、魔王ロキは慌てて口を抑えた。
「アイディアは良いとは思いますが見送るべきだと」
「いや、使者は派遣すべきでは?」
人狼の魔王が横槍を入れてきた。
「そのソヴィエトとか言う連邦が介入している事に、転生者達が騒いでいる。少なくても均衡を保つためにアメリカにメッセージを送ろうとする程にな。少なくとも介入を止めるか、アメリカから援助を受けれない様では彼等は納得せんだろう。それに事態の均衡を保つことは今回の会談の趣旨でもある筈だ」
「ソ連の介入は転移門の閉鎖を強化して対処すれば十分対処可能だと」
魔王ユリアが急いで発言した後、魔王ロキが慌てて休憩を宣言した。
「えー、30分休憩します」
人狼側の休憩室にいきなり顔を出した魔王ユリアは中で休んでいたマリウシュ議長や親衛隊とシークレットサービスの局員を一瞥した。
「カエは?」
一瞬、誰のことか判らず一同は口を開かなかった。
「魔王カエサルは何処?」
「え、あー。トイレです」
人狼の魔王を捜しているのだと気付き、マリウシュは答えた。休憩時間に入り、控室に戻るや否や人狼の魔王は「ちょっと、トイレ」と言い残し控え室から出ていってしまった。
一方その頃、トイレに行っているはずの人狼の魔王は1人でアルター側が使う控室の前に来ていた。
扉の前に立つ警護のアルター国家保安省の局員が戸惑うのを尻目に、魔王は要件を言い放った。
「アデルハルト議長と内々に話したいことが有る」
国家保安省の局員の1人が中に入り暫くすると、中に入るように誘われ魔王は足早に中に入った。
「急にすまない」
扉を閉められ、外に話し声が漏れないことを確認すると魔王は口を開いた。
「2人で話したい事が。良いか?」
いきなり会談の休憩時間に訪ねてきておいて、2人で話したいなど前代未聞だった。だが、アデルハルトは控室に居る首相達に部屋を移動するように指示を出し、控室には2人だけになった。
「コーヒーでも飲みますか?」
「ああ、頼む」
少し前なら敵国同士で密会など考えられなかった。過去には魔王が人間側の国王の首を捻り落とすなど凶行に及ぶことは有ったがアデルハルトは躊躇なく2人きりになった。
「魔王ユリアとロキの話をどう思う?」
何を話すのかと思えば、仲裁役の魔王2人の事だった。
「使者を送らないことですか?まあ、何か隠してるとは思いますが」
部屋に備え付けてあったコーヒーポッドからカップにコーヒーを注ぎ、アデルハルトが魔王の座る席にカップを置きながら答えた。
「事実を知りたいか?」
コーヒーを一口飲みながら魔王は聞いてきた。歴史的に魔王同士手を結び、人間と争って来た世界だが、何か魔王どうしで秘密を共有しているのはアデルハルトも知っていた。
魔王は何人か居る。
その状態はこの世界の600年程の歴史上一貫していた。稀に討ち取られたり、消失する魔王は居るが。数日、あるいは数百年の間をおいて、再び同じ魔王か、別の魔王が降臨するなどして継続していた。そして、示し合わせた様に人間や他の種族に攻め入るのも変わらなかった。
だが、目の前に居る魔王チェーザルだけが歴史上異質だった。従来の魔王のように領土を拡げるでなく終始守りに徹し、今日のような異例の会談まで持ち出してきた。
だからこそ信用出来るとアデルハルトは考え、周囲の反対も押し退け魔王の提案に乗ってきた。
「ええ、出来るのならば」
「あまり他言せんでくれ」




