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縄張り争い

(あまり我々の内情を話すのは……)

 国内の強硬派を抑え切れないと発言した魔王にマリウシュは耳打ちしてきた。


(どうせ向こうもアルトゥルがゴネることを知ってる、隠すぐらいなら正直に言ったほうが良い)

 思っている以上に、お互いの情報を知っている以上、周知の事実は白々じく隠すよりも本音で話したほうが良いとの魔王の判断だった。

 特に、第3師団長のアルトゥル・カミンスキーは前世でコッテコテの反共主義者と言われていた。今回の会談を事前に漏らさなかったのも万が一妨害されることを考えてのことだった。

(どうせ今頃、完全武装の兵士をカエサリアに派遣して威圧してるだろ)




「カエサリアの暴動は鎮圧が完了しました。ニューレキシントンから出る道路は警察とFBIが全て封鎖しましたが、そこでもデモ隊が騒ぎを」

「抑えられるのか?」

「なんとかなると報告が」


 魔王の予想に反して、アルトゥルは各所で起きる騒ぎを抑え込むのに忙殺されていた。反共主義者では有るが、無秩序な暴動はもっと嫌いなアルトゥルからすれば、暴動は許せなかったのだ。

 左派の暴動も発生しており、軍人という立場から中立的立場に居ざるを得ない訳もあるが。


「他の師団に動きは?」

 パオロに他の師団が変な動きをしてないかアルトゥルは聞いた。今回の騒ぎを期にクーデターが起きないとも限らないからだ。

「第1師団は陸軍省に集結、師団長のピウスツキ大将が各省庁に警備の為に部隊を派遣した。第2師団は休暇中の兵士を集め始め、師団長のクレオパトラ中将は師団司令部から動いてない。どうも電話対応で手一杯みたいだ。第4から第19師団は各駐屯地域で警備任務にあたっているそうだ、自分達の駐屯地域から出てくる余裕はない」


「諜報・警察機関は?」

「どこも暴動対応で出払ってる。変な動きはない」





(ホントに人が居ないな)

 ライネはティルブルクの中心部を歩いているが通りを行き交う人は少なく時刻表通りに動く路面電車も乗客は殆ど乗っていない様子だった。

 ただし、ライネは空いた公共機関を避け、歩いてティルブルクの街の北西に広がる工場地区へとむかい。自分達が経営するヒルブルグ商会の工場ではなく、別の会社が経営する工場に入った。


「よく来てくれたな」

 普通の人間より小柄。慎重1メートル程度の小男がライネを出迎えた。

「一体何の用だ?変な用事だったら直ぐに帰らせて貰うぞ」


 ライネが訪ねた相手はゴブリンの諜報部員。ライネとは前世で英諜報機関の同僚だった相手だ。工場は操業していないが、ゴブリン2人と人狼、人間2人の計5人が出迎えた。


「大事な話だ座ってくれ」

 ライネは勧められた席に座りながら全員の顔を見た。 

「全員、昔の仲間か?」

「いや私だけだ」

 他は現世で諜報活動を始めた者や、ライネとは部署が違い面識がない者だった。


「早速だが、ロドネイ部長。教えて欲しい、ヴィルク王国はどの程度核開発をしているか」

「知らんな」


 ゴブリンの質問にライネはテーブルに被っていた中折れ帽を置きながら、ぶっきら棒に答えた。


「知らん訳ないだろ、君の一家は魔王の近くに居てお父上の会社は遠心分離機の製造も」

「知らんものは知らんし、貴様に教える理由もないだろ?勝手に私の周辺を調べたそうだが教える情報は何も無い」


 ライネがゴブリン側の打診を断ったのは今日だけではない、5年程前からゴブリンから協力の要請があったがその度に追い返していた。

「頼む」

「何が頼むだ。人の事を裏切った癖に」


 死後裏切られ、2重スパイ扱いされた事をライネは許すつもりは無かった。


「……まあ、俺達も今更許して貰えるとは正直思ってないよ。だが、ヴィルク側が欲しがってる情報をコッチは持ってる。そこで取引と行こうじゃないか。アルターで建設中の黒鉛炉の情報だ」


 ゴブリンは写真を何枚かテーブルの上に並べた。


「ソ連製のRBMK-1000型黒鉛炉に酷似してる様だが、細部を知る専門家が居なくて困ってる」

 四角いコンクリート製の大きな建物の側に、巨大な冷却塔が3つ並んだ写真。原子炉の制御装置を操作する様子。建設中に撮影された、基礎が写る写真が主だった。


「送受電設備は確認できるが、発電用の設備は見当たらない。プルトニウム生産炉なのは判るが本物かどうか」

「……何故、私なら判ると?」

「何年も前からヴィルク王国は核物理学者を抱え込んでるだろ。魔王城に実験炉も建設してあったぐらいだ。詳しい人に見せて本物かどうか判断して欲しいんだよ」


 ライネは写真をジックリと眺めながら考え込んだ。少なくともゴブリン側に詳しい奴が居ないか、それとも嘘を吐いているのか……。恐らく前者だとは思うが。


「それだけか?」

「……アルター国内の軍や警察の情報も必要なら渡す。ロドネイ、協力して欲しいんだ。情報は手に入るが分析出来るだけの人材が全く足りないんだ」


 いくらスパイが情報をかき集めても、正しく分析できなければ全く意味がない。ゴブリン側は人狼と違い、転生者の総数が少ない分、人材不足が響いていた。


「おっと……」

 ライネが持っていた写真が零れ落ち、ゴブリン達は慌てて写真を拾い始めた。5人ともテーブルの下に屈み込むのを確認するとライネは中折れ帽の中に手を伸ばし、22口径拳銃を帽子から出した。


 迷うこと無く、面識があるゴブリンの頭に1発、続け様に他の4人の後頭部にも発砲してみせた。その場に居合わせた自分以外全員が床に突っ伏し、完全に琴切れたのを足先で突付いて確認し終えるとライネは椅子に再び座ると手を合わせ長くため息を吐いた。


「……大佐」

 表から拳銃を持ったビリーが工場に入ってきたがライネは正面を見据えたままだった。

 表で聞き耳を立て、ライネの合図で中に入るはずがライネ1人で全員を殺害したのでビリーは拍子抜けした。


「ん?ああ……いけ好かん奴だったが、紅茶の一つも出さなかったよ」

「は、はあ……」


 前世の同僚を殺害したのにライネは普段と変わらない雰囲気だった。


「……急ぐぞ。上を頼む」

「はい、大佐」


 ゴブリンの諜報員を殺害しても終わりではなかった。ライネはビリーと手分けしてゴブリンが何処まで情報を集めていたか。他の諜報員の情報が無いか調べ、指紋などを拭き取り此処に居た証拠を抹消し始めた。


「着けるぞ」

 最後に油を撒き、魔法で火を放つとライネとビリーは足早に立ち去った。

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