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暴動発生

『今回の会談では、アデルハルト国家評議会議長と魔王ツェーザルとの間で』

「戻りました」

「外はどうだ?」


 ティルブルクに潜入中のライネは商会に戻って来たビリーに外の様子を聞いた。


「ラジオ塔に人が集まってます。出歩いている人は殆どいません」

「喚き散らしてる奴も居ないのか?」

「ええ、殆足早に歩いてます」

 公共放送を街中に流すラジオ塔に住民が集まりニュースに耳を傾けていた。ティルブルクの街はアルター民主共和国の方針で占領地に転生者を集めて造らせた街だった。会談の結果次第では自分達がどうなるか……住民たちは不安だった。元の生活に戻れと言われても、今世の親戚との縁を切っている者、そもそも縁がない者が多いのだ。

 だが、住民は社会党党員の中でも模範的な者が多いので不安を押し殺し、辛うじて冷静さを保っていた。 


「まあ、ベルリンよか暮らしやすいしな。そんなとこだろうな」

 前世で潜入していた東ベルリンですら、稀に社会不安を訴えるデモが有ったがティルブルクでは見たことがなかった。

 ライネは1人納得しコートを着込むと拳銃を懐に忍ばせた。


「出掛けてくる。戸締まりはキチンとしといてくれ」





「停戦反対!徹底抗戦!」

「戦争反対!平和だ平和!」


 静かなティルブルクと打って変わり、カエサリア駅前の広場で戦争継続を叫ぶデモ隊と休戦を叫ぶデモ隊が対峙し大騒ぎになっていた。


「また増えたな」

 先行して派遣されていた騎兵隊の隊長で人馬のリーは通りに大挙して現れた群衆に目をやった。


「坊主頭……学生かありゃ?」

 双眼鏡で新たに現れた群衆を見たが、若い刈り上げ頭の集団がイタリア国旗を掲げながら戦争継続を指示するデモ隊の中に混じっていった。


「ガイウス・マリウス陸軍学校の生徒みたいですな。蹴散らしますか?」

「いや、私服姿だ暫く待て」


 陸軍学校の制服では解散するように強く言えるが、私服姿では難しかった。変にデモ隊を刺激し軍に反発されるのを避けたいこともあり、リーは静観を決めた。

「少佐、旅客列車は全て止まりました!」

「了解。誰が決めた?」


 駅舎に派遣していた部下が伝令してきた。


「運輸局の判断だそうです。軍用が優先されます。それと電話線も軍用に優先して割り振るそうで、現在作業中です」

 有事の際に、各師団の動員を円滑に行うため、運輸局と事前に定めた行動基準通りに動いているが、それを判断する魔王が不在なので職務を代行している第2師団長の判断だとリーは理解した。

 リーが第3師団から出る直前、第2師団へ電話連絡をしている現場に居合わせたが、向こうも混乱しているのか要領を得なかった。恐らく魔王が独断で会談を行ったのだろう。


「伝令、良いか?」

「はい」

 デモ隊の様子を見てリーは部下の一人に伝令を頼んだ。

「応援で来る部隊に東から来るように伝えてくれ。大回りになるが進路上にデモ隊が居るといえば判る筈だ」

「了解」

 部下が馬を走らせるのを見ている内にデモ隊に動きがあった。

 一部の参加者が興奮し、投石を始めたのだ。


「何だってんだ」

 デモ隊同士、距離を取りつつ罵声を浴びせあっていたのが、あっという間に流血沙汰の投石に発展しとうとう見逃せなく無った。


「鎮圧準備だ、催涙弾を用意しろ。それと消防に救急車を回すように……」

 銃声も響き、デモ隊は堰を切った様に一気にぶつかり合った。

 デモ隊のどちらが発砲したのか判らないが、完全な暴徒になったデモ隊同士、相手を引きずり倒し殴る蹴るなどし始めた。


「棍棒構え!」

 警官が警棒として使う木製の棍棒を腰から外し構えるようにリーは指示した。

「第1,第2小隊前へ。第3小隊は催涙弾で援護だ!」


 横一列で棍棒を構えた騎兵隊が大通りを進み、その後ろを催涙ガス弾が入った擲弾筒を構えた騎兵隊が続いた。




「魔王様、カエサリアで暴動と情報が。戦争継続派と休戦派が衝突したと」

 会談の休憩時間に入り、控室に移動していた魔王とマリウシュに暴動の情報が伝えられた。


「そうか、他には?」

「第2師団長判断で、鉄道の運行規制が始まりました。旅客列車は全て運休との事です。海軍から一部将校が原隊から離脱したとも、現在確認中です」


「……ああ、判った」

 どうすれば一番良いか、魔王は熟考した上で会談に臨んでいた。


 前もって宣言するか。勿論、それも考慮したがアルター側に配慮して見送った。党が検閲したニュースのみ流せるアルターが異例の速報を出せただけでも無理があった。アデルハルト国家評議会議長の右腕である人民軍大将のシュルペをラジオ局に派遣し速報を実現させていた。

 それだけ、アルターと人狼だけでなく仲裁役のコシュカ王国、杉平幕府の4カ国が足並みを揃えて会談の事実を発表するのは神経をつかう調整が必要だった。


「アルター側の情報は入ったか?」

「まだ何も」


 “ラジオ放送1つで国が崩壊する”とコシュカ王国の魔王ユリアに言われていたが、予想されていたアルターでの情報は入ってこないが自国の情報ばかり入るので魔王は対応に困った。最初の会談は1時間話し合っても、お互い領土問題で揉めに揉め、結論が出なかった。特段、報道する内容がないのだ。


「魔王様、ちょっと」

 思案しているとマリウシュが話しかけてきた。


「なんだ?」

「最初の会談が纏まらなかった事を報道してみては?事態が未だに流動的だと判れば暴動も収まるかと」


 何も決まらなかった事をワザワザ言うのかと魔王は眉を顰めた


「前に祖父のヤツェク長老が言ってました。民衆は物事が決まらないと、不安から動けなくなると」

 マリウシュが言っていたのは正常性バイアスの事だった。目の前に有る都合が悪い物事ほど人は目にしたくないからか、無視する。それを逆手に取ってはと提案したのだ。

「暴動の原因は領土の失陥が確定することへの不安です。まだ、そうと決まったわけではないと報道で匂わせれば落ち着くかと」

「ふむ……そうだな」


 正直、マリウシュの説明に納得したわけではないが、他にやることがないので魔王はマリウシュの提案を実行することにした。

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