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魔王

「エミリア様〜」

「ふぁあ!?」


 寝室のドアを叩く音と呼び掛ける声でエミリアは目を覚ました。


「朝ですよ〜」

 調子のズレた呼び掛けにエミリアはベッドの中でモゾモゾ動き、枕元のスツールに置かれた時計を確認した。


「まだ4時……」

 家の手伝いをしている妖精(エルフ)が時間をまた間違えたのだとエミリアは思った。


「魔王様が玄関でお待ちですよ〜」

「あ……ぁああ〜〜〜!?」


 魔王がわざわざ家に来ていると聞き、エミリアはベッドから飛び起きた。

「応接間にお通して!」


 エミリアは寝室の外に向かって叫ぶと慌てて着替えを始めた。


 4年前、魔王城が在るファレスキを始め、領土の殆どを失ったポーレ族は西隣のクヴィル族の領地に避難していた。

 エミリアも祖父のヤツェク長老、従兄弟のマリウシュと人間のオリガ達と共にクヴィル族の街ケシェフに在るミハウ部族長の家に移り住んでいた。


「えぇっと……服、服……」


 4年前にケシェフに移り住んでからはエミリアは毎日塞ぎ込んでいた。

 神聖王国の外交官達が居なくなったことをもっと早く神祗官の父親に知らせておけば、あんな事にはなっていなかったのではと。兄や姉、同い年の兄弟姉妹や侍女をしていた友達が逃げる時間が有ったのではと。


 更に追い打ちをかけたのが、16歳になった時、巫女から神官に昇進する儀式を行ったのに神官の能力が付かなかった事だ。


「確か、遠出するから……」


 エミリアの生まれたレフ家では、成人した16歳以上の者は神官になるのだが、何故かエミリアは神官になれなかったのだ。

 自分の存在を神にすら否定されたと感じたエミリアは益々塞ぎ込み、居候先のミハウ部族長の家から一歩も出なくなった。


「えっと、鞄……」

 そんなエミリアが変わったのは丁度2年前。

 祖父のヤツェク長老が、“神から魔王を喚び出せ”と天啓を受け、クヴィル族と共に魔王を異世界から召喚してからだった。


 ファレスキの魔王城に在る魔王召喚用の魔法陣を使えないので、クヴィル族を巻き込む形で新たな魔法陣が用意され、エミリアはせめて皆の役に立とうと魔王の夜伽相手に志願した。


「うっわ!?尻尾がスカートに引っ掛かった!?」


 ところが、召喚されて来たのは3人分の魂だった。




「お待たせしました!」


 今は夫と、住み込みで働く妖精の3人で住んでいる家の応接間のドアを開け放つと、エミリアは元気良く叫んだ。


「あれ?」


 応接間に居るはずの魔王の姿がなく、エミリアは周囲を見渡した。

 テーブルの上にはドワーフ領から輸入された紅茶と甜菜糖を使ったクッキーが置いてあり、魔王が応接間に居るはずだが。


「……エ〜ミ〜リ〜ア〜」


 怒気を孕んだ声が開け放ったドアの反対側から聞こえ、エミリアはその場で固まった。


「貴様は毎度毎度……」


 額を両手で抑える小さな人狼の少女を見て、エミリアは気不味くなった。

 エミリアの肩ぐらいしか無い身長に子供の様な細い身体の魔王は、鳶色の眼に涙を滲ませながらドアと壁の隙間から出て来た。


「あ、魔王様……」


 現れたのは魔王グナエウス・ユリウス・カエサル・プトレマイオス。召喚された3人の魂の1人だった。


 少女のような見た目も相まって最初は“召喚に失敗したのでは?”と、エミリアも危惧した程、今回の魔王は魔王のイメージとかけ離れていたが、直ぐにエミリアは魔王の凄さに圧倒されることになった。


「えっと、その。どうしてドアの前に?」

「貴様が遅いからトイレを借りに行くところだったんだ!」


 うっかり者のエミリアに振り回される事もあるが、こう見えて魔王は死霊術を始め幾つもの魔法に長け、剣術の方も熟練の冒険者や騎士に引けを取らなかった。


「あ、右曲がって廊下の……」

「あー、知っておるわ」


 エミリアの目の前で魔王を暗殺しようとした神聖王国の暗殺者が襲って来た事が有ったが、魔王は暗殺者を次々切り捨て、捕虜の一部も身体を操り建物の高所から飛び降りるように仕向けた。

 だが、敵には残虐な一方で子供には優しく、また可愛もの好きな性格をしていた。


「そもそも、この家を買ったのは私だしな」


 他の2人の魂、魔王の三つ子の妹2人と同じ身体を暫く使っていた魔王だが、気が付くと妹達はそれぞれ人狼と人猫の身体を手に入れ使っていた。

 人狼の身体を使う黄色い目のニュクスは兵を率いて旧ポーレ族領へ侵攻中で、人猫の身体を使う紫の目のイシスは数ヶ月ほど姿を見ていなかった。


「エミリア様、軽食です」


 身長1メートル程度の妖精(エルフ)がサンドイッチが乗った皿をお盆に乗せて応接間に現れた。


「魔王様から食べさせるように仰せつかっています。ささ、どうぞ」





「駅へ」

「了解」

 表に止めてあった馬車に乗ると、魔王は御者に駅に向かうように指示を出した。


「遅かったですね」

 馬車に乗っていた、人間のリーゼは2人に尋ねた。


「まあ、いつものだ」

 毎度お馴染みのエミリアが原因だと魔王が遠回しに説明するとリーゼは苦笑いした。


 エミリアが音に気付き、窓から外を見るとパラパラと雨が降り始めていた。

「降ってきたわね。ラジオだと、今日一杯降ったり止んだりだけど、夜には雷雨だって」


 リーゼが言っているラジオは人間の領地から放送されているラジオ番組に対抗してケシェフの鍛冶ギルドが始めたラジオ番組の事だった。


「……今回は当たるかな〜」

 天気予報に関しては魔王がわざとらしく言う程度の的中率だった。


「あまり詳しくやっても敵に天気を教えるだけですよ。普通、天気予報はラジオで詳しくやりませんよ」

「真面目に予報しても外れるから構わん。それに何か有れば私が天気を変えるからそれで良いだろ?」


 魔王とリーゼが話しているのを尻目に、エミリアは外の様子を眺め続けていた。


 灯りがまばらなケシェフの商業地区を抜け、街の外に出ると去年まで避難民が住んでいたスラム街の跡地に建った碍子(がいし)工場と鉄道駅が見えて来た。


「ほんと、変わったな」

 失業者が街に溢れていた2年前と違い、鉄道が開通し工場が建設された今は景気が格段に良くなっていた。


 今も、目の前を南のビトゥフの街からやって来た汽車が貨物駅に入りつつある。


 人狼は18部族の内、貿易で栄えていたポーレ族が領地をすべて失った事で急速に弱体化していた。

 魔王城が在るファレスキを経由し、人間やドワーフ、竜人等を相手に貿易をしていたが、ファレスキの港を使えなくなった上、神聖王国の河川砲艦に川沿いの港町も貿易が出来なくなったからだ。


 輸出されていた穀物や工芸品は人狼の領地内でダブつき、物価が急落。富農として知られていた人狼の農家や騎士団は破産寸前になったが、鉄道のお陰で何とか経済が復活することが出来た。

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