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治安維持

「街中で右派政党の支持者が無許可のデモを開始しました。警察とFBIが対応にあたっています」

 人狼の各部族が治める都市だけでなく、転生者が多いカエサリアやニューレキシントンで、徹底抗戦を主張する右派政党が無許可で街宣行為を始めていた。


「第2種兵装の兵士を派遣する。急いで書き集めてくれ」

 感謝祭の休暇で、師団に居ない兵士も多く第3師団では兵士を呼び戻すのに苦労していた。

 一般兵士の家に電話は無く、呼び戻すのにラジオで呼び掛けたり、駅等人出が多い場所に人を派遣する等していた。


「全く……」

 小銃の携行許可も出し、完全武装で指揮下の兵士を派遣する準備をしているが、気が気じゃなかった。人狼は部族の連合国家で、魔王の名の元に集まっているが唯でさえ不安定な統治体制だ。2年前に魔王が反乱を鎮圧後何とか纏め上げ、ヴィルク合衆国建国に向けて動きつつ有ったが、この騒ぎで全て水泡に帰す恐れがあった。

 そうなってくると、再び部族同士で足を引っ張り合いアルターに潰される事をアルトゥルは恐れていた。


「小銃弾を配れ」

 アルトゥルの一言に指揮所が静まり返った。

「小銃弾を携行させろ。ただし、装填させるな。発砲は厳に慎め!」

「……はい師団長」





「現在在る入植地については撤去を求めないと?」

 ジュブル川南岸地域に建設されたティルブルクや周辺の村々に着いて話が及んだ。マリウシュからの提案では“既に入植しているアルター側の住民を追い出す真似はせず、そのままの状態で住んでいても構わない”と言うものだった。

「行政もソチラの管轄のままで構いません。代わりに元々住んでいたポーレ族が地域に戻る事を認めてもらえれば」


「お断りします」


 アデルハルト国家評議会議長は即座に拒否した。

「我々の直ぐ側に貴方達ポーレ族が居る事は国民は耐えられません。過去の侵略で先鋒だったのは貴方達です。再び貴方達が我々を傷付けないと言われて今更信じると?……正直なところ貴方は礼儀正しいと思いますが、私だけが納得しても意味はありません。国民が貴方達を信用していないのです」


 有史以来常に人狼との戦争、特に領土を接しているポーレ族の驚異に晒されていた神聖王国を前身に持つアルター民主共和国内でのポーレ族のイメージは悪かった。

 女性でも人間の男性よりも大柄で力が強く。多産の為、直ぐに人口を増やす人狼は単純に気味が悪がられている。そのため、人間の中には人狼を獣の類とみなし、2年前までは公の場に居る事自体憚られた。


「アルター国内に人狼の国民が居るではないですか。それでもですか?」


 2年前まで奴隷として扱われていた人狼を始めとする亜人種は今ではアルター国民としての地位を獲得しているが。


「……むりです。国内の人狼で市民権を得ているものは転生者やその家族として保護しているだけで、それ以外は労働教化所での教育を終えた者だけです」


 労働教化所はイデオロギー的に問題が在る者、素行に問題がある者、単純に犯罪者など、反社会的な人物を収容している政治犯収容所だった。ジュブル川南岸地域に短期間で造られた街等の建設にも収容者が動員され、現在人狼側が確認しているだけで30箇所以上の労働教化所が300人から5千人規模の収容者を使い強制労働をさせていた。

 レフ博士達物理学者も労働教化所に入っていたが、他の人狼達とは違い強制労働がない比較的刑務所に近い所だった。


「既に、ソチラの占領下の地域に住んでいる人狼の住民が大多数、強制収容所に入れられている事はコチラも確認してます。せめて彼らの身柄をコチラに移送してもらいたい」


 変わりにマリウシュは市井に置けない、占領下の住民の移送をアデルハルトに提案したところ、アデルハルトは隣りにいる首相と2,3言葉をかわした。


「良いでしょう、占領下の住民の内、問題がないと判断出来る者はソチラへの移送を認めます」

 インフラ西部などは国内の失業者を充てる体勢が整いつつ在る現在、強制労働の重要性は薄れていた。


「感謝致します」

 マリウシュが感謝の意を伝えると人狼の魔王が口を開いた。


「ソチラに居る戦時捕虜とコチラで預かっている戦時捕虜の交換を行いたい。先ずは、先代ポーレ族部族長マイヤー・レフの身柄を引き渡して欲しい」


 死んだと思っていた父親の身柄引き渡しを魔王が求めたのでマリウシュは愕然とした。エバン・レフ博士の例も有るので、自分の父親が生きている可能性も考えていたが、まさか魔王は既に知っているとは思っていなかった。


「それにつきましては」

 首相が発言をしたが、アデルハルトが遮った。


「マイヤー・レフ氏に関しては核兵器開発を主導した罪で現在収監中の身であり、戦時捕虜としてソチラに引き渡す訳には行きません」

(いいんですか、議長)


 アデルハルトが包み隠さず話すので首相が耳打ちした。


(恐らくカマじゃない。マイヤーが生きてることを知った上での発言だろう)


 アルター民主共和国政府の中でも上層部しか知らない情報を人狼の魔王が知って居るとはにわかに考えられなかったが、エバン・レフ博士の存在と身柄の移送を知っていた事実から情報を知っていると判断した。変に白を切るよりも、事実として身柄を引渡す気がない事を先に知らしめた方が良かった。





「良いか、今から実弾を配るが絶対に指示有るまで装填するな!」

 完全武装で集合した第3師団の兵士に士官が宣言すると紙に包まれた実弾が兵士に手渡された。

 受け取った兵士たちは紙を剥がし、中身が挿弾子(クリップ)付きの銃弾10発だと確認すると弾嚢(だんのう)に仕舞い込んだ。


「マジかよ」

 治安維持任務で実弾を配るとは思っておらず兵士達に嫌な緊張感が漂った。

 場合によっては暴徒化した群衆に発砲するかもしれないからだ。


 “ニューレキシントン駅に進出後、治安維持任務に当たる”


 事前の説明自体が覆る恐れもあった。


 先に準備が終えた中隊から星条旗を先頭に掲げながら行進を始めたが誰一人も喋らず、また街ゆく人も異様な雰囲気に道を開け、建物の中に身を隠した。


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