会談準備
「魔王様、大林少佐がお見えです」
まもなく朝食の時間だが、魔王が止まるホテルの部屋の外からシークレットサービスの副局長が呼び掛けた。
「お通ししろ」
副局長に先導され、制服姿の大林少佐が部屋に入ってきた。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう」
見た目の割に、変な貫禄がある魔王に最初は面食らったが、最近は馴れたものだった。大林少佐は無帽の敬礼を終えると鞄を開け始めた。
「本日の会談に同行する記者のリストをお持ちしました」
ドワーフ側から出る記者のリストを渡しに来た……、訳ではなかった。
「ロキは動かせるのか?」
「何とか、布団ごと運び出して連れ出しました。会談に参加可能です」
ドワーフの魔王ロキだが、全く政治に関して権限が無く杉平幕府が全ての政治を動かしていた。本人が面倒くさがり、全ての権限を幕府に委ねているのが理由だが、対外的に意味がある今回の会談には参加して貰わねばならなかった。本当の理由を言えば逃げ出す恐れも有るので、ロキの側近の忍者衆がコッソリとロキを誘拐するという荒業に出たのだ。
「そうか、ありがとう」
「はい、息止めてー……」
カメラを構えた円管服姿の男が寝そべるレフ博士に指示を出し、カメラのシャッターを押した。
砂利と鉄道用のレールを敷き詰めた倉庫の一角で仰向けに倒れているレフ博士だが、傷だらけで顔面蒼白だった。
「はい、オッケー」
「ゲフゲフォ」
息を吸った瞬間飛び込んできた血生臭い腐臭にレフ博士は耐えかねて咳き込んだ。破れた背広の腹部から内蔵が飛び出しており、その匂いにやられたのだ。
「おーいバケツだ!」
アシスタントが慌ててバケツをレフ博士に差し出すと、博士はその中に思いっきり嘔吐し、弾みで腹部から飛び出ていた内臓が全部抜け落ちた。
「レフ博士は終わりです。さ、コチラにどうぞ」
よろよろと青褪めた表情のまま固まったレフ博士は倉庫脇に用意された椅子に座れると蒸しタオルを渡され、ようやく一息つけた。
「コーヒーは?」
「いや、結構……」
倉庫は師団の記録映画を取っている撮影班がスタジオに使っている建物の一角。そこで、特殊メイクで怪我をした格好をしたレフ博士達の撮影をしていた。死亡したとアルター側に思わせるために、爆発が有った操車場の一角に見えるように撮影班が徹夜でセットを組み、撮影に望んでいたのだ。
「しかし、凄いねコレ……本物の傷みたいだ」
腕に描かれた裂傷の特殊メイクにレフ博士は驚いた。
「やっぱり、映画関係者だったのかい?」
「いえ、全員違いますよ。映画好きでしたけど、私は医者でした」
コーヒーを勧めてくれた若者に聞いてみたが、意外な答えだった。
「みんな、興味はあったけど仕事は別のを選んでましてね。転生して兵士になったらやりたかった映画の撮影班を募集してたんで志願したんですよ。そうしたら毎日何かしら撮影がありますし、空いた時間にも自由に特殊メイクとか出来るんで天職ですよ」
「コレとか本物みたいだ、どうやって作ってるんだ?」
レフ博士は背広のポッケに入り込んでいた腸を手に持って質問した。触った限り、弾力も有るし、かなり作り込まれている上に中々生臭かったので気になったのだ。
「それは本物ですよ。豚の腸です」
「……」
本物と聞き、レフ博士は慌てて町の切れ端をゴミ箱に投げ捨てた。




