偽装工作
「カミル達が乗っていた貨車が爆破されましたが、全員、憲兵隊が用意した別の貨車に移っていたため無事でした。カミル達は先程ビトゥフに到着したと連絡が」
マリウシュから口頭で説明を受けた魔王は窓の外に視線を移した。
「後はニュクス達に任せる、ご苦労だった」
身柄の移送中に妨害が入るとの情報を受け、念の為移送を前倒しにしたが、間一髪のところだった。現在、憲兵隊が新阜を封鎖しているが外は検問を通る人や馬車が道にあふれていた。
「魔王様、ちょっと良いですか?」
「ん……?まだ何か?」
報告を終えたマリウシュが魔王に声を掛けた。
「エバン・レフ博士が無事なことをエミリアは知っているのですか?」
「……まだ言っていない。危険だからな、事態が落ち着くまでは会わせんつもりだ」
今日の出来事もそうだが、アルター側や他の国が核開発の妨害の為に博士の命を狙うことは十分に考えられた。身重のエミリアは暫く暇をやり、子供が生まれた後にでも事実は話すつもりだが、引き合わせるのは危険だと考えていた。
「レフ博士は研究所に留まって貰う……。待てよ、今日の出来事は報道されているか?」
「今日の、と言いますと操車場の1件ですか?憲兵隊が入り報道管制を敷いてますので貨物事故として処理するそうです」
「目撃情報は出回ってないな?」
マリウシュは、“まさか”と思った。
「現場に居合わせたドワーフの作業員は憲兵隊本部に留まっているそうですが」
「……レフ博士達の死亡をでっち上げる様にニュクスに指示する。博士達が死人になれば暗殺の危険は減るだろう」
まさかの発想にマリウシュは困惑した。
「そんな子供だまし、直ぐバレますよ」
「単純な物ほど効果があるとアルトゥルとライネがよく言ってたぞ」
「……」
一瞬、「アホの話は真に受けないで下さい」と言い掛けたがマリウシュは寸での所で耐えた。近所の悪童イメージが強い2人だったが、1人は陸軍中将で師団長、もう1人は陸軍大佐で諜報部勤務だったからだ。
「どうやってですか?」
「ソレはニュクスに全て任せるが……。とりあえずだ、部屋から出たら博士達が死んだ体で行動しろ。カミルは……とりあえず放っとけ、いいな?」
カミルの立場は棚に上げるとして、そもそも箝口令が敷かれている博士達の事をどう扱うのかマリウシュは今一判らなかった。
「それと、明日以降の予定が大きく変わった。新阜から帰らず長浜から帰る事になった」
「長浜……からですか?空路で?」
海路はアルターの領海を通るので帰路に使えないが、空路なら戻れるとマリウシュは思った。
「ソレは状況次第だ、詳細は明日話すから下って良い」
「?」
たまに人を煙に巻くタイプだが、マリウシュは表情を変えずに部屋から出ていった。
「入ります!」
マリウシュが退出すると入れ違いで憲兵隊の制服を着た大林少佐が入ってきた。
「ああ、来たな」
大林少佐の後ろに港生を始めイシスとトマシュ、人馬のエルナが控えていたが、エルナは少しビクビクした様子だった。
「……さて」
扉が閉められ、手元に資料を広げてから魔王は改めて全員に視線を送った。
「港生、貴様、何をした?」
静から物言いだが、かなり激怒しているのをエルナは察した。
「えー……人助けを……」
「ほう」
魔王がニヤニヤし始めたので大林少佐が慌てて補足説明を始めた。
「元々、襄王朝の役人が使っていた印璽が盗まれ、ヤクザの元に売りに出したのを港生が盗み返し騒動になりました」
「印璽?」
大林少佐は箱を魔王のデスクに置いた。
「金属でできた印です。襄王朝からの公式文書に印字されるもので、コレは地方役人が押す物になります。私が住んでいた村に常駐していた役人が使っていたものですが、杉平幕府の下に逃げる際に持ち出したものです」
魔王が箱を開け、中の金色の印璽を手に持ち眺め始めた。
「金ではないな。銅の合金か?」
光具合と見た目の割に軽いことから魔王は即座に判断した。
「金って聞いたけぇど?……聞いてました」
港生が軽口を叩いたので、大林少佐が思いっきり港生の足を踏みつけた。
「……地方役人が使うのが銅印、中央の役人が使うのが銀印、魔王ズメヤが使うのが金印となっています」
魔王が手の平サイズの小さな印を転がすと印璽をイシスに向け投げた。
「本物か?」
「ポイね、魔法が掛けられてるし」
イシスの手の平から印璽がフワフワと浮き上がった。
「……使えるか?」
「駄目だった。印に登録された役人以外が捺そうとすると、平面になるから」
浮き上がった印にイシスが魔力を流すと印面が真っ平らになった。
「という訳で、例のお婆さんに返していいよ」
浮いた印を手にとったイシスはソレを港生に渡した。
“もしかして、返すつもりが無かったのか”と港生は印からイシスに視線を移した。実際のところ、印を偽造出来次第、持ち主に返すつもりだったが。
「印は役人毎に違います。偽造は難しいかと」
「そうか……」
魔王が臨時政府の破壊活動の為に偽造文書の作成をしようとしたが、公文書に押される印璽が押せないのでは意味がない。
今日一日、ひどい目に有った3人には悪いが別の方法を試す必要が有った。結果的に無駄骨だったことで魔王の溜飲を下げることにはなったが、同席しているトマシュはくたびれ儲けだと感じていた。
「イシス、竜人達との話は纏まったか?」
「纏まったけど、アルターと比べられる事が多いよ。向こうは武器や資金の援助が多いらしくて」
人狼側も他の魔王ズメヤが治める襄王朝への反政府運動への支援を開始するが、先に支援を始めているアルター側がかなり大量の武器を回していた。
もともと、人狼への破壊工作で回す筈だった武器も襄王朝に回されたのが理由だった。
「予定通り、資金と武器、それと軍事顧問の派遣。アルターと同じ事をする事になったよ」
正直、イシスが話を纏められると思っていなかったので予想外の成果だが。
「判った。明日はイシス達や少佐も長浜に来てもらう」
「長浜へ?」
ビトゥフとは逆方向の場所に2日連続で行く予定がなかったので、大林少佐は聞き返した。
「ああ、人と会う」




