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保険

「ジェリンスキ少尉、議長からです」

 信号場で停車中の貨物列車でレフ博士達を護送しているカミルは予定外の暗号無線に驚いた。

「ああ、見せてくれ」


 文面を確認し、本文の後ろに印字される文字列と時刻を何度も見返し、本物だと確認すると読み始めた。


「……予定通り“新阜まで行くが、そのままビトゥフまで帰れ”?」


 当初の予定では明日の昼、魔王と共に専用列車で人狼の首都カエサリアまで帰る予定だったが、議長のマリウシュから今日の内に国境の街ビトゥフに戻れと指示された。


「一体何でですかね?」

「何か有ったんですかね?」


 部下の軍曹と曹長は年上だが、急な予定変更に少し戸惑っているようだった。


「何も聞いていないが……本物の指令なら従わないとな……。レフ博士達に報せてくる」


 カミルが指揮車両に使っている有蓋貨車から出ると1つ後ろの貨車に歩いていった。


「少尉殿が知らないとなると、面倒事だなあ」

「楽に帰れませんな」


 残った古手2人は面倒事が始まったことを感じ取っていた。





 喉を蹴られ、息が止まったイシスは床に転がると息をしようと腹に力を入れた。

「ー、っゲホ!ゲホ!」


 身体は人並み以上に丈夫なので一時的に位置が止まっただけだが、常人ならば気道が潰れ命を落としかねない状況だった。


「死ぬかと思った……」

 大急ぎで息を整えるとトマシュが投げ飛ばされるのが見え、イシスはドワーフの女に斬り掛かった。

 ドワーフの女の上腕に斬り付けた筈だったが、女の手首付近で火花が散り剣筋が逸れた。


「鎖帷子!?」


 斬り付けた際に着物の袖口が切れたのだが、切り口から着物の下に着込んでいる鎖帷子が見えた。


「!」


 顔面に何かが向かって来たがイシスは寸での所で躱した。


(唯の水か……マトモに食らってたら痛かったな)


 痛いどころか岩も切れる水圧の水柱だった。

 ドワーフの女が魔法で放ったのだが、魔法が得意なイシスは水柱の発生を感じて避けたのだ。


(空いているのは……首、手、関節……)


 鎖帷子が無い首筋に向け、イシスは真一文字に剣を振った。


「このっ!」

「ふがっ!」

「わっ!?…あり?」


 足元でトマシュの声がすると同時にドワーフの女が後ろに海老反った。

 投げ飛ばされて床に転がっていたトマシュが、ドワーフの女の膝裏を思いっ切り蹴り、その結果派手にエビ反ったのだ。


 結果的にイシスが首を撥ねようと振った剣を避けたドワーフの女だったが、腰を摩りながら床に伏せ始めた。


「何すんのよ!」

「アイタ!」

 立ち上がったトマシュの頭を叩いた。


「何?」

 不意に叩かれたのでトマシュは耳を前に倒した。

「もうすこしで倒せたのに!」

「いや、殺しちゃ駄目でしょ」


 ドワーフの女から距離を取りつつ、トマシュは大通りの向かい側のビルとドワーフの女を交互に見た。


「よっと」

 背の低いイシスの腰を持ちトマシュは走った。

「今のうちに逃げるよ!」

「ちょっと!下ろしなさいよ!」


 まるで荷物の様に抱えられたイシスに構うこと無く、トマシュは大通りを飛び越える形で向かい側のビルの屋上まで跳んだ。




「新阜郊外の貨物駅でビトゥフ行きの貨物列車に乗り換えて貰います。今日の夜にはビトゥフに着きます」

 マリウシュからの指示では、“ドワーフ産のミカンを人狼の領地にまで輸出する有蓋貨車が隣の車線に止まっているのでそのまま乗り換えるように”と、かなり具体的に指示されていたが、その事は説明を省いた。


「構わないよ、むしろ帰るのが早まるなら歓迎だよ」


 異国の地で何時までも留まっているのに物理学者たちは嫌気が差していた。4年も収容所で生活していたので余計だった。


「なあ、カミル君ちょっと」


 エバン・レフ博士がカミルに耳打ちした。


「エミリアは無事なのか?」

 4年前にアルター側に捕まった際、娘の1人エミリアの行方だけ判らなかった。無事に脱出していたのか、それが気がかりだったのだ。


「無事です。今はケシェフに住んで居ます。……それと妊娠中です」

「……え゛!?……えぇ゛?」


 急に唯一行方知れずだった娘が妊娠中だと聞き、レフ博士は聞き返した。


「2年前に私と結婚しました。今は妊娠3ヶ月です」

「……ああ……そうだったの……」


 幼馴染でお互い意識しているのは知っていたのでレフ博士は納得したが暫く呆然としていた。


「……あと少しでお爺ちゃんか」


 数日前まで想像できなかった事にレフ博士は暫く呆然としていた。




「新阜からビトゥフまでは憲兵隊で用意した車両での移動になります」

「ご支援ありがとうございます」

 魔王の艦隊見学に同行していたマリウシュは休憩時間中に憲兵隊の将校から状況を説明され深々と頭を下げた。


「いえ、コチラとしても博士の身の安全が確保できるなら……」

 ドワーフ側からもレフ博士が無事に人狼領地に戻るなら協力を惜しむ気はなかった。人狼の核開発に弾みが付けば自分達も早期に核武装ができるからだ。


「この事は魔王様には報せていませんが宜しいので?」

 ドワーフからの提案で急に身柄を移動する事になったが、魔王にはまだ報せるなとマリウシュに厳しく言われた。

「私から伝えますので、ご心配なく」


 マリウシュが独断で動いたのは訳があった。今一魔王の本心が読めないのだ。レフ博士の身柄の移動は議長のマリウシュと、傘下の議会親衛隊が担当しているのでマリウシュが独断専行するのは問題はないが。


 一昨日の誘拐未遂でも、事前に知っていたのかブレンヌスを替え玉にし、本人はそもそも列車に乗っていなければ、事件の事を気にする素振りすらなかった。

 それどころか、魔王の妹のイシスが襄王朝の臨時政府と水面下で接触してる情報も漏れ伝わってきたのでマリウシュは警戒していた。去年からトマシュと人馬のエルナと共に人狼領地を出ているのは知っていたが、政治工作をしていることは知らされていなかった。外交分野は議長のマリウシュを通じて行うと取り決めがあるのに関わらず何をしていたのか……。


 昔から読めない人物だが、念には念を入れ、魔王にはこの変更は伝えていなかった。



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