トマシュ対ドワーフくノ一
「イシスさんの護衛に付いている港生が竜人街で警察に追われている……?たしかですか?」
魔王ロキの直属の部下として外交奉行に出向しているフェンリルはニスルから港生が追われている事を聞いて耳を疑った。
「ええ、港明さんがそう言ってたので間違いない筈です。イシス様とエルナ、トマシュも行方知れずで……。まあ、あの3人は逃げ回ってる筈ですので心配は有りませんが。……問題は臨時政府側が警戒する事です。警官を退げられますか?」
ニスル本人は鳩に化けたままの状態でフェンリルの肩に止まり首を傾げてみせた。
「直ぐに手を回します。事情の方も私から臨時政府側に伝えておきます」
2人が話している“臨時政府”は襄王朝から逃れた竜人達が集まり組織された反体制派の1つだった。アルター民主共和国が支援する“人民連合”、ソ連が支援する“央園ソビエト”と言った組織に対抗し、襄王朝打倒後の影響力確保を目的として資金と資材を供給されていた。元々は杉平幕府と人狼の一部軍閥と親しかったグループだが、近々本格的に武器等の支援を始める予定だった。
イシス達に支援の状況の調整を任せていたが、事情を良く知らない地元警察に引っかき回される前に対処する必要が有った。
(二刀流?変わった構え方だな)
着物姿のドワーフの女は左手に握りしめた鞘を縦に構え、右手に握りしめた刀を逆手に持ち顔の横に配置し剣先をトマシュの効き目に向けると刃先を小刻みに揺らしていた。
(鏡みたいにピカピカだから背景に紛れて見辛いんだよな)
相手の剣先が泳ぐせいも有り、刀の姿が見づらかった。
唯でさえ、構えに隙がない相手で普通に戦っても勝てるか判らないが、技量の底が知れないので迂闊に手出ししづらかった。相手に先に打たせ、カウンターを狙うべきだとトマシュは考え、間合いを少し開けるべく半歩摺り足で下った。
「よっと!」
背後でイシスがコンクリート製の階段を思いっ切り蹴り崩し、下から誰も上がって来れないようにした音が聞こえて来た。
見た目は華奢だが、毎度の力技にすっかり馴れたトマシュはドワーフの女から一瞬も目を離さずに向こうが斬り掛かってくるのを待った。
(来たっ!)
大きく1歩踏み込み、ドワーフの女は逆手に構えた刀を振り上げながら飛びかかってきた。
このまま相手の刀を剣で受け、蹴りでもお見舞いしようと、先程までトマシュは考えていたが。
(あ!)
直感的に違和感を感じ、遅れて恐怖を感じた。
このまま剣で刀を受け止めても続け様に斬り付けられる。
そんな凄みをドワーフの女から感じ取り、トマシュは大慌てで大きく2歩分の距離を後ろに飛び退いた。
相手の刀は1太刀目は目の高さ付近を斜めに振り下ろされたが、即座に返す刃で2太刀目を首に向け突き立ててきた。
(速い!まともに受けたら殺られる)
まるでサーカスの曲芸師顔負けのしなやかさと太刀筋の速さだが身体の筋は地面に張り付いているかのごとく全くブレなかった。普通に剣で受け止めても太刀筋を柳の様に捻じり手首か顔面に太刀を浴びせられる恐れがありトマシュは殆ど反射的に避けたのだ。
「ん!?」
トマシュは剣から手を離し空中に放り投げた。
わざわざ自分の得物を手放したが、次の瞬間トマシュは更に予想外の行動に出た。
「イギッ!」
トマシュは真剣白刃取りの要領で、ドワーフの女の刀を両手で挟んだのだ。
「むぅん!」
そのまま身体ごと右に捻るように刀に力を加えるとドワーフの女は体勢を崩した。トマシュが強引に力を加えたので下手に抵抗すると刀がネジ曲がるのを恐れての行動だった。女はそのまま前のめりに倒れると思ったのだが。
「チィ!」
左の側頭部に何かが近付く気配を感じ、トマシュは頭を下げると鉄製の下駄が側頭部を掠めた。
(鉄……鉄下駄!?)
倒れ際に履いていた鉄下駄での蹴りをお見舞いして来たのかと思ったが次の瞬間、左の下腹部に激痛が走った。
倒れるのかと思ったドワーフの女は刀と鞘から手を離すと、逆立ちの状態で脚を広げ回転してみせ鉄下駄がトマシュの横っ腹にぶつかったのだ。
「ゲフォっ!?」
着物姿でパンツ等履いていないドワーフの女だったが、なぜか太ももすら見えなかった。不思議!
予想外の動きに惑わされ不意打ちを受けたトマシュは脇腹を抱えながら2発目、3発目の蹴りを避けたが、ドワーフの女は立ち上がり直ぐに襲い掛かって来た。
着物の帯の中から取り出した寸鉄を3本投げ付けたのだ。
剣を持っていれば易々と叩き落とせるが、トマシュの剣は床に落ちており、尚且間合いが近すぎた。左手で3本とも防いだが甲に当たった。幸い刺さるよ言うよりも、ぶつかる感じだったが痛みと痺れが走る。
次にドワーフの女は結った髪の隙間から寸鉄を取り出しトマシュの懐に飛び込んできた。
「ヤバい!」
あっと言う間にトマシュが投げ飛ばされ、寸鉄を首に突き刺そうと振り上げたのでイシスは慌てて動き始めた。
「お命頂戴!」
ドワーフの女が寸鉄を振り下ろすと同時にイシスが左手から魔法を放った。
大きな爆発音と共に発生した風圧を諸に浴びドワーフの女は廊下の反対側に吹き飛んでいった。
「!???」
音に驚き目を白黒させていたトマシュにイシスが近づいてきた。
「……!……!?」
「ふぇ!?にゃに!?」
イシスが何か言っているが耳鳴りで声がかき消され、オマケに衝撃で目の焦点が合わないのか視界がぼやけた。そんなトマシュにお構いなしにイシスは頬を叩き再び話し掛けた様子だった。
「聞こえないよ。何?」
鼓膜が破けている事に気付き、イシスは魔法でトマシュの聴力を回復させた。
「ちょっと、大丈夫?」
「んあ。うん……」
ふと、トマシュがドワーフの女の姿を見ようと振り向くと、廊下の突き当りの窓が破れていたのが見えた。
「さっきの女の人、窓から落ちたよ」
「えぇ……」
どうせ、風魔法の応用で圧縮空気の塊をドワーフの女にブツケたのだろうが、まさか外に飛び出すとは思わずトマシュは気の毒に思った。




