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雑居ビル

「屋上からなら渡れそうだ」


 竜人街の狭い路地の間、建物の2階以上なのに関わらず、住人達は勝手に橋を掛けたり飛び越す等して建物間を移動している。

 竜人街に滅多に入らない警官隊達は人目につかない路地でそんな事が起きてる事をまだ気付いておらず、道路の封鎖だけをしていた。


「っと……、ここで行き止りか」

 距離がある大通り側は誰も渡っている様子はないが、イシスとトマシュは建物の屋上から向こう側の建物に飛び移るつもりでいた。だが、建物の3階に昇ったところで階段が途中でコンクリートで塞がれていたのでイシスは面食らった。

「向こうだ、迂回できるかも」


 廊下を通り、別の階段から上がろうとトマシュは歩き始めた。


「?」


 人が住んでいる気配がない、妙に静かな廊下を半分進んだ辺りで、来た方の廊下で扉が突然開いた。


「っ!?危ない!」

 肉切り包丁を片手に斬り掛かってきた竜人の男の顔面をトマシュは殴った。

「前からも来たよ!剣は!?」


 転移魔法の応用で収納していたトマシュの剣を取り出すかイシスが訪ねたが、トマシュは「必要ない」と返した。

 15歳の子供だが竜人に比べれば背は高く、下手な忍者や冒険者より強いトマシュからすれば、数を頼りに仕掛けてきた竜人のゴロツキ相手に剣を使うまでも無かった。

 次々と扉の奥から現れた男達が襲いかかってくるが、トマシュはある男は頭頂部をまたある男は思いっ切り平手打ちをしたりと適当にいなしてみせた。


「下も同じだ!上へ」


 トマシュの言う通り階下から男達が押し寄せもと来た道に戻るよりもこのまま上に行った方が良さそうだった。

「全くなんなの…!?」

「あ!」


 イシスは鉄の棒で後頭部を思いっ切り叩かれた。

「あらら……」

 正直、眺めている場合では無い筈なのだが、トマシュはイシスを殴ったことでひん曲がった棒を持つ男の事を心配した。


「何すんのよ!」


 案の定、鉄の棒がくの字に曲がるほど殴られたのにも関わらず、イシスは殴ってきた男の顔面を思いっ切り殴り返した。

 イシスに殴られた男は床の上を2,3度跳ねながら廊下の奥へと跳んでいったが、その際に仲間の男を4,5人巻き込まれて床に倒された。


 イシスを始め、カエやニュクスが規格外に頑丈なのをトマシュは知ってはいたが。イシスは特に気性が荒いのか反射的に相手を殴り返すことが有り、トマシュは注意していた。


(大砲の弾を素手で止めるしな……)

 ある意味では護衛の意味はないが、“出掛け先で変に人を殺させないため”にとカエとニュクスから見張るようにと厳命されているのだ。


「キリがない!先に進むよ!」

 このままでは相手側に哀れな犠牲者(・・・・・・)が増えるので、トマシュはイシスに指示を出した。


 最悪行き止りでも、イシスなら壁を突き破るなど無茶をしてくれるので人気が無い方へと進むことにしたのだ。


 急所を正確に殴り付け、相手の身体を麻痺させ無害化するのトマシュに対し、イシスは相手の顔面や腹を音速を優に超える速度で殴り回るので襲い掛かって来た男達は狼狽えた。


「階段だ!」


 防犯のためか、金網のフェンスとドアで区切られた階段が見えたのでトマシュはこじ開けようとしたが。


「どっせい!」


 イシスがドアの金具部分を思いっ切り蹴破り、ドカドカと階段を昇っていった。




「ひぃ…ふぅ…ひぃ……」

 イシスとトマシュが大変な事になっているとは知らず、港生は地下鉄を使わないで走って竜人街まで走って戻って来ようとしていた。


「ふぁ!?」

 竜人街まで角を曲がると直ぐの書店前を通り過ぎようとした時、港生は店内に引きずり込まれた


「ふごがっ!?」

 口を塞がれ港生は暴れた。

「騒ぐな」


 港生の視界に兄2人が飛び込んできた。口を塞いでいたのは大林少佐の方だった。

「何やったんだ、お前!」

「へえっ!?」


 大林少佐に問い詰められ、港生は目を泳がした。


「警察がガサ入れに来たんだ。ヤクザ連中の事務所に忍び込んだお前を捜しにな。今度は何したんだ」

「あ、その……」

 港明に問い詰められ、港生は観念したのか訳を話し始めた。


「近所の(いん)さん居るじゃん。近所のお婆さん」

「ああ」

「居るな」


 3人と同じ村出身の竜人の老婆が話に出てきたので2人は相槌を打った。


「亡くなったお爺さんの遺品の金印が盗まれたってんでイシス達と捜したんだよ。そうしたら盗んだ奴の居場所が判ったんで取り返しに行っただけだよ」

「“行っただけ”って言うが、相手はヤクザの事務所だったんだぞ!」


 港明が窘めたが、港生には響かなかったのか言い訳を始めた。

「そんなの知らなかったんだよ。こそ泥がどっかの古物商辺りに持ち込んだもんだと思って忍び込んだらドワーフのヤクザは居るわ何だで。取らずに逃げようにもイシス居るから手ぶらで帰ったら五月蝿いし」


「少佐、よろしいですか?」

 書店の店員に化けた大林少佐の部下が店の奥から出てきた。


「何か?」

「ヤクザが竜人街に入ったそうです。警官隊に動きは有りませんが」




「また行き止りだ!」

 2階分階段を昇っては壁に当たり、また違う階段を探して昇ってを繰り返したが、8階辺りでまた階段が塞がっていた。

「面倒くさいわね、もう壊そうか?」

「駄目」


 イシスなら建物ごと壊せるが、そんな事をされては周りに被害が及ぶのでトマシュは即答した。


「だって上に行けないし……ん?」


 廊下に移動した2人の前に杖を持ったドワーフの女が仁王立ちで待ち構えていた。


「!」


 杖の端を握りしめたドワーフの女はゆっくりと中に仕込まれた刀を抜いた。


「仕込み刀だ……」


 左手に鞘を右手に仕込み刀を持ちドワーフの女が構えたので、トマシュはイシスに下がるように右手で合図した。

 桐の杖に偽装した仕込み刀をドワーフの女の構え方からかなりの使い手と判断しての事だった。イシスも剣術に長けているが、ドワーフの使う剣術をあまり見たことがないイシスに戦わせる訳にはいかず、トマシュ1人で戦う決心をしたのだ。

「はい、剣」

「ありがと」


 イシスは異空間にしまっていたトマシュの剣を渡すとドワーフの女に視線を向けたままゆっくりと退いた。

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