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ソ連の影

 魔王座乗を報せる旗をマストに掲げている、飛行巡洋艦“吾妻”と滑走路を挟んだ先。駆逐艦“夏雲”に乗り込んだカミルは案内係の憲兵の後を付いて歩いていた。腰を曲げながら狭い艦内で頭を打たない様に注意しつつ歩き続け、艦内の士官食堂に案内された。


「こちらです」

 開け放たれた扉の向こうに食堂の椅子に座りながら、紅茶を飲んでいた人狼の1人がカミルに気付き席を立った。

「カミルか?」

「お久しぶりです、エバン・レフ神祗官」


 4年前、死別したのだと思っていた先代神祗官であり、物理学者でもあるエバン・レフ博士がカミルに歩み寄った。


「大きくなったなあ……。もう、18か?」

 身長も4年の歳月の間に越され、すっかり大人になったカミルを感慨深く眺めながらレフ博士は涙を浮かべた。


「コレから新阜の大使館まで護送します」

 エバン・レフ博士を含め、救出された物理学者は12名。体の大きな人馬や小さいドワーフ、ゴブリンも居るが基地内で目立つのは容易に想像できた。実際、杉平幕府側も、物理学者を救出してから夏雲から一歩も出さずにいた。


「外に有蓋貨車を待機させています。それに乗ってください」


 飛行場無いの各所に貨物用の線路が敷かれており、夏雲が駐機している真横にも線路が伸びていた。カミル達は護送にその線路を使うつもりでいたのだ。





「……!」

 路地から大通りに出る直前にトマシュは気配に気づき物陰に隠れた。

「警察官だ」


 姿は見えないが魔法で気配を探り、動きから警官だと判断した。


「此処を渡らないとだけど……上から行く?」

 トマシュとイシスが目指す河津飯店に近付きつつあるが、先程から警官隊が通りに検問を敷き始めた。


「いや、目立つんじゃないかな?」


 トマシュが頭上を見上げたが、ビルからビルへと通りの間を跳んで回る竜人の姿があった。


「……あ、大丈夫そうだね」


 比較的身体が上部な竜人達は違法に増築されたビルの合間を飛び交うのは日常茶飯事だったようだ。


「エルナが待ってる筈だし急ぎましょ」

 イシスの身の回りの世話をしている人馬の少女エルナを河津飯店で先に待機させていたが、ほっとく訳にもいかなかった。




『貨物は予定通り出発しました』

 基地の内線電話で親衛隊大尉から報告を受けた警備担当の士官は時計を確認した。

「判りました。こちらも予定通り進行しています。警備状況の変更は1時間後に」


 魔王の方も駆竜艇に乗り、長浜沖を航行している第1艦隊の戦艦“紀乃”に向け飛び立った後だった。

 魔王は戦艦“紀乃”を見学した後、同航する水上艦艇の説明等を受けてから、駆竜艇で新阜の宿泊先に戻る予定だった。


「中佐、第1艦隊から急ぎの用です」

 電話中に部下がメモを渡してきたのでドワーフの士官は内容を読みつつ、思わぬ横槍に眉を顰めた。


「……魔王様から伝言だそうです。“よくやった”と……コレだけか?」

 そのまま読み上げたが一言しか内容がないので士官は部下に確かめた。

「はい、急ぎ伝えてくれと」


「急いで伝えてくれと言われたらしい」

『そうでしたか、ありがとう御座います。後は予定通りに事を運んでください』




「……異世界ではジョージフィールドの1件を巡り米ソ間の緊張が高まりつつ有るようです。1964年のキューバ危機の再来との見出しが書かれた新聞もあり、テレビでも連日速報が流れるそうです」

 魔王の留守を任されているニュクスの元には異世界での出来事が事細かに報告されていた。


「今朝の報道では北大西洋を監視するソーナー網が複数の爆発音を探知した事と、ジョージフィールドの船体が深さ200メートルで発見された事が報道されています。その後、速報で一部の乗員が艦内で生存しているとも伝えられました。現在、アメリカの第2艦隊が現場海域に急行中です」


 ヴァージニア州のノーフォークから原子力空母エンタープライズを始め殆どの艦が現場に向かうことを伝える写真を眺めながらニュクスは考え事をしていた。


「境界は安定しているのかしら?万が一ジョージフィールドの様にこちらの世界に来てしまっては色々と問題が有る」

 単純にこちらの存在がアメリカ合衆国に知られるならそれで良い……。むしろ、アルター民主共和国がソ連と国交を持つ様にアメリカ合衆国と国交を結ぶべきだという意見も多い。

 だが、原子力空母や原子力巡洋艦を含む大規模な艦隊がコチラの世界に転移してきた際に再び爆発事故が起きた時に放射性物質が拡散する恐れがあった。


「向こう側で何かしらのショックが起きない限りは大丈夫です」

 白衣姿の科学者が答えた。

「具体的には?」


「今までの報道とコシュカ王国からの報告を纏めますと、恐らくジョージフィールドは魚雷の爆発事故を起した模様です。その事がきっかけで爆発した船体前部……特に発射管室の一部が世界の境界を越えコチラに現れたと推測されます。現在はこの様な転移事故を防ぐために境界線の力場を補強しておりますので心配はご無用です」


「そう……」


 問題が無いならそれで良いが……。


「問題はソ連側です。今朝未明、何かが北方で境界を通過し異世界へ移動しました。コシュカ王国の見立てでは原子力潜水艦が1隻異世界のアイスランド沖に転移したと。どうやら我々の監視範囲外で転移することで監視に引っ掛からずに行き来している可能性が出てきました」

 海軍の情報将校が異世界の地図でアイスランドとグリーンランドの間付近を指し棒で示しながら説明した。


「……コシュカ王国のアカデミーの報告では、陸上の転移門から離れるほど精度が落ちて転移に失敗するリスクが高まると」

 今まではそうだと聞いていたニュクスは白衣姿の科学者に質問した。


「理論上はそうでした。ですが、転移先の世界から誘導されれば精度が上る可能性が有るそうです。今回の原子力潜水艦の転移はソ連のムルマンスクから誘導が有ったことを示すデータが観測所で得られました」

「妨害は可能?」

「出来なくはありませんが、危険がないかはコシュカ王国側と確認を取らねばなりません」

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