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艦隊見学

 一体全体、どうしてこうもややこしくなったか。

 トマシュは地下鉄駅から地上に向け走っている間、考えを巡らせていた。


 そもそも、魔王の妹イシスの護衛としてドワーフ領に入っていたのだが、気付けば港生がヤクザの事務所に盗みに入るのを手伝っていた。


(次から次へと面倒ばっか……)


 トマシュは心の奥で悪態を吐いた。

 出入り口に繋がる階段は2,3人利用客が登り降りしていたが、その間をイシスと一緒に器用に避けながら駆け上がった。


「あの男は?」

「後から来た男だ。1人追ってくる、列車から付けて来た男だ」


 追い掛けてくる刑事がいることをトマシュはイシスに伝えた。魔法が得意なトマシュは、ある程度の距離なら相手の気配や魔力を検知し距離と位置を知る事が出来た。

 出入り口から出て、中華街の門が見えたがトマシュは背後から追いかける刑事に意識を向けていた。


「右!入って」


 向こうからコチラが見えていないのを確認し、トマシュはイシスの手を握り、屋台の間を抜け建物に入った。


「出て来た」


 見られないように、イシスと息を潜めていると刑事が出てきた。

 一瞬、地下鉄の出口付近で刑事は立ち止まると、門がある北の方へと走って行った。


「行ったけど、竜人街に向かったよ」


 トマシュはゆっくりと通りに出て竜人が行き交う門の方を見た。

 遥か東、魔王ズメヤが治める襄王朝から逃げて来た竜人達が住む竜人街。転生者が増えた最近は中華街とも言われているが、トマシュは一瞬物思いにふけった。


 10年ほど前に祖父母に連れられ此処に来た事があったが、その時に比べ竜人の数が増え、通りに面した雑居ビルも、最近上の階が建て増しされたのかチグハグに伸びていた。少し前まで人狼の街で見掛けられた避難民が住むスラム街の様な雑多な風景に一瞬ノスタルジーを感じたのだ。


「どうする?港生の家に行けないはよ」

 ヤクザでは無さそうだが、後を付けられている以上港生の家付近で待ち伏せされている可能性も捨て切れなかった。


「河津飯店に行こう。そこなら大丈夫」

 竜人街の反対方向だが、河津飯店ならドワーフの公安機関やヤクザの目は届きにくい。……ただ、訳ありの人が多いので治安が悪いと言われていた。


「おっと」

 再びトマシュがイシスの手を掴み物陰に隠れると、警官隊がトラックで乗り付けてきた。


「イソゲ」

 トラックからバリケードを降ろし、車両で乗り付けられない様に車道を封鎖し始めた。

「裏道から行こう。巻き込まれた面倒だ」

 自分達に関係する事だと容易に想像できた。トマシュ達は裏通りの人混みに紛れ河津飯店に向かった。


 



「30ミリ機銃とロケット弾の被弾痕です。船体の装甲区画は無事でしたが表面の砲座などは被害を受けました」

 進空式を終えた魔王一行はドワーフの第2艦隊見学の為、長浜の飛行場に移動していた。


「航行に支障は有りませんが、後部指揮所や高射装置が被弾し対空戦闘能力が落ちました」


 今は吾妻の士官室でアルターに捕らわれていた物理学者達を救出した際に吾妻が負った損傷部を写真で見させて貰っている。機関部や戦闘指揮所(CIC)を囲むように筒状に装甲区画が設けられていた吾妻だったが、外側は比較的装甲が薄くその分損傷が多かった。

 与圧された艦内から外を確認するために取り付けられたアクリルガラスの窓や、比較的薄い外板が大口径砲で撃ち抜かれて乗員が外に吸い出されたり、急な減圧が原因で意識が混濁し倒れる乗員が居た事も大きく影響していた。


「……酸欠で倒れた乗員が多いと聞きましたが、高圧空気の呼吸装置は?各部屋に吸気用の管が有ったかと?」


 各乗員に呼吸用のマスクが支給され、与圧が破れた際はそれで呼吸を維持できる様にはなっていた。だが、先にドワーフ海軍と被害状況を調査していた海軍調査団の報告では約30名が酸欠で倒れた事実が伝えられていた。

「配置に着くのを優先し、呼吸マスクを着けなかった者や、手順を飛ばし高圧空気弁を開けていなかった部署が有りました。今後の戦訓として、手順を徹底させる事で対処致します。それと、乗員が使う呼吸マスクに小型の気蓄器(ボンベ)を装備させ高圧空気に異常が置きても対応できるようにする予定です」


 現用の呼吸マスク自体に改善の余地があるのも事実だった。

 吸気用の高圧空気管と呼吸マスクを接続している長さ3メートル半のゴムホースが邪魔で乗員が移動し辛かったり、空気感が破れた時に一気にマスク内が減圧する危険があった。

 改善案として、ゴムホースと吸気マスクの間に一方向にしか空気が流れなくなる逆止弁と数分間呼吸出来るだけの気蓄器を着けた物をドワーフ側で開発が進められていた。


「アイタッ!」

 説明を受けながら通路を進んで居ると、魔王の背後で誰かが頭を打った音が聞こえてきた。


「大丈夫ですか?」

「ええ、なんとか」

 同行していたマリウシュが扉を潜ろうとして頭をブツケたのだ。


 身長149センチの魔王も気を使う程、身長1メートル程度しかないドワーフの身長に合わせた吾妻の中は狭く、身長2メートル近い他の人狼達は通るのもやっとだった。


「ああ、マリウシュ。なんなら外で待ってても良いぞ」

 腰を曲げた状態で通路を進むマリウシュに魔王は声を掛けた。

「大丈夫ですって」


 這うように進むマリウシュを心配して魔王は声を掛けたのだが、マリウシュ本人は違う意味に捉えた。


(カミル達が連れ出している筈です。ご心配なく)

 核物理学者達の身柄をこっそりと移す件だと思いマリウシュは魔王に耳打ちした。


(いや、アンタが居ると邪魔くさいだけよ)

(良いじゃないですか、滅多に見れるもんじゃ無いんですし)


 議長という立場を抜きにマリウシュは物見遊山気分で飛行艦の見学に参加していたが、魔王はキチンと海軍大将の公務として今回の見学に臨んでいた。


(……せめて静かにして)

 背後に居られるだけでも身長差故か威圧感があり、何より先程から方々にブツカル音が五月蝿かったのだ。


(判ってますよ……っ!?)


 頭を上げたマリウシュが後頭部をしたたか打ち付けその場にうずくまった。


「……言わんこっちゃない」

 正直、魔王はこんなマリウシュが議長なのが今更ながら心配になった。

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