イスカンデル
「ホテルの地下は潜水員が調べたけど、ジョージフィールドの船体構造物は見付からなかった。船体は向こうの世界に残っているか、まだ完全に沈んで居るかは判断が着かないそうよ」
ニュクスが見せた資料には、ホテルの地下に出来た空洞が直径200ヤードも有る完全な球体だと記載されていた。
「水は抜かなかったので?」
ドミニカが質問してきた。
「水を抜くと圧が下がって崩れんだよ……早い時期に生コン流して硬めねえと辺り一帯崩れんぞ」
アルトゥルはそう説明したが、ニュクスはすぐに否定した。
「コレから魔法で地盤を固めてから一旦水を全部出して調べるはよ。転移門が在るか調べないといけないから」
「……」
まさか、水を抜くとは思わずアルトゥルは唖然とした。
「ここ以外にもガイウス・マリウス陸軍学校近くの公園や、郊外の農場でも地下空洞が無いか調べるし。……何か2人に関わる事なら先に伝えるし、それ以外なら何時もの報告会の時に知らせるは」
徐々に明らかになってきたが、広範囲で爆発や海水が吹き出している場所が存在した。順次、第2師団の工兵連隊や第3師団の工兵大隊(注:師団の編成は各師団毎に違いが大きく。特に第2師団はニュクスの方針で他師団の倍以上の規模、連隊規模で工兵を運用していた)が派出され調査が進められつつ有った。ジョージフィールドの乗員が発見された事で、放射線の有無も確認しながら慎重な調査が求められた。
「資料は一旦回収します」
アルトゥルとドミニカが読み終えた資料を副官のランゲが手早く回収した。
「ああ、あんがと」
資料に欠落が無いのを数え、ランゲは資料を鞄にしまった。
「私は師団司令部に戻るから、何かあったら連絡を」
2人に見送られながら、アルトゥルの屋敷を出たニュクスとランゲは馬車に乗り込むと軍服の襟元を緩めた。
「言う必要は有ったと?」
鞄を空いた席に置きながらランゲが質問した。滞在先のホテルから師団司令部に帰る途中、反対方向のニューレキシントンに寄る程の事だとは思えなかった。
「あの2人に知らせない訳にはいかないは。アルトゥルは家族の事になると弱いし」
あの夫婦は前世でも結婚していたが、中々曰く付きだった。前世でアルトゥルが大統領選の予備選挙に出ている最中、ドミニカが交通事故で亡くなり、そのままアルトゥルは予備選挙から退き1年経たずに亡くなってしまった。
今回も前世の息子が亡くなった可能性が有ると知るや、狼狽したと報告を受け早めに伝える事にした。
「他所に利用されるのも癪だし」
「本当にそれだけかな?」
ランゲの一言にニュクスが一瞬ムッとした表情を見せた。
「それだけよ。別に深い意味は無いは」
本当は、アルトゥルとドミニカが心配なので規則を破ったのだが、ニュクスはその事を暗に指摘されあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「エバン・レフ博士達をどのタイミングで移動させますか?」
ドワーフ側からの質問に魔王に同行している親衛隊の大尉は周囲の様子を注意深く探りながら口を開いた。
「魔王様が第2艦隊の見学を終え第1艦隊に移乗する際、私を含め何人か第2艦隊に残ります。その後は魔王様とは別れる形で先に新阜に向います」
当初は魔王と共に第1艦隊に乗り込み、行動を共にする予定だったが国境地帯での誘拐事件を受け別行動になった。
「憲兵隊と特高警察が目を光らせていますので警護はお任せを」
「頼みます」
アルター側からの妨害が予想され、親衛隊とドワーフ海軍の担当者は警戒していた。魔王に随行する人員の内、エバン・レフ博士を含む救出された物理学者の身柄移送の件すら知らない者が殆どだった。魔王の警護を担当するシークレットサービス側に知らされておらず、親衛隊でも知っているのは大尉以外は数名だけだ。マリウシュ議長が信用できる親衛隊員にのみ移送を任せたからだ。
建物の外からファンファーレが聞こえ、窓から外を見ると大量の風船が空に上るのが見えた。
「新型艦の進空式もそろそろ終わります」
ゆっくりと、建物の屋根の向こう側に貝紫色に塗装された船体が浮かび上がるのが見えた。
魔王が斧で縄を斬るのを合図にドワーフ海軍の軍楽隊が人狼海軍の軍楽の一つ『我らの空』の演奏を始めた。
連装16インチ砲を6基、飛竜を始めとした対空目標用の連装5インチ砲16基。その他、機銃や爆弾倉を備えた全長250メートルを超える巨艦が古代エジプト王を象徴するハヤブサの旗を艦橋にたなびかせながら、ゆっくりと浮かび上がる姿に参列者達は感嘆の声を上げた。経済、軍事的にアルター民主共和国に遅れていた人狼が、ようやく追い付いた事を象徴する大型艦の雄姿に涙を浮かべる人狼海軍兵士も居り、建造していた船渠周辺は熱気に包まれた。
「コレで我々も引けを取らない……」
ドワーフ側の技術だけでなく、転生者の造船・航空関係者の叡智が結集しただけの事はあり。ドワーフが持つ“屋代”型飛行戦艦よりも20メートル長く、性能も全体的に上回っていると言われている。ドワーフ側もこの新鋭艦の技術を使った新たな飛行艦建造を進めていた。一時的にとは言え、技術的に肩を並べたことに多くの関係者が熱狂したのだ。
「てか、衝角要らんだろ」
魔王がゴネて艦首に着けさせた衝角と艦首に描かせたホルスの眼が悪目立ちしていたが、殆どの参列者は艦に近い位置に居るので未だ気付いていなかった。設計に携わった技術者の一部が、新聞に載るであるで有ろう悪目立ちする部分を思い出していた。




