転移門
アルトゥル達が前世で暮らしていた世界と今いる世界を繋ぐ転移門は幾つも存在するらしい。その内の一つ、現在コシュカ王国と共同で管理しているアイギス基地内に在る転移門は他の転移門の稼働状況の監視と妨害を行っていた。
元々は現アルター民主共和国での摘発を逃れてきたネオナチ組織が異世界に工作員を送るのに使っていたが、2年前にニュクス率いる人狼の軍が制圧している。
「アイギス基地の監視部隊の話だと、大西洋上で小規模の爆発が有ってその直後に緯度経度が同じだったホテルの地下と入れ替わったそうよ」
「2年前にフランツが向こうに飛ばされて以来、転移門自体が動かせねえんじゃ?」
軍が制圧する直前、ネオナチが転移門無理やり使い工作員の引き揚げ作業を始めていたのを偶々居合わせた当時冒険者だったショーンと仲間達が魔王ロキから聞き、妨害したのだが、その時冒険者のフランツが1986年のニューヨークに飛ばされてしまった。
直前の強引な転移門の使用も祟り、向こうの世界と今いる世界の均衡が不安定になり、これ以上の事故を防ぐために行き来自体が出来ないように処置を施されていた。
「コチラ側の転移門で動いた物は無いは、アチラの世界側……。モスクワとチェコを始めとした東側の転移門もアラスカの転移門も稼働していない」
2年前の事件以前はソビエト連邦がモスクワやチェコの転移門を通じ現アルター側やマルキ・ソビエトに兵器や技術を持ち込んでいた。結果的に、転移門が動かなくなったことでアルター側にこれ以上武器や技術が流入する事を防いだ事になるが。
「確かかい?」
「ええ」
軍服に着替えたドミニカが分厚い鉄の扉を開けシェルターに入ってきた。
「ドミニカも来たし、判った事を全部話すは。他言は無用よ」
ドミニカが敬礼をしようとしたが、ニュクスはファイルを長机の上で開き新聞記事の写しを見せた。
「ジョージフィールドが行方不明になったことを報せるアメリカの新聞。大西洋上で任務中だったと」
アルトゥルも前世でよく見た大手新聞会社の記事だっった。
縮小されA4サイズなのでランゲが虫眼鏡を鞄から出し、アルトゥル達に渡した。
「今日の日付……?発表まで短いな」
日付はコチラの世界と同じで、記事の内容は行方不明になって僅か1日でアメリカの大統領が記者会見で発表したとなっていた。
「マクソン……?」
ドミニカは大統領の写真を眺め始めた。
「ああ、俺は予備選挙で負けて、マクソンが候補者になったんだ。言ってなかったっけ?」
「聞いてないわよ、アナタの方が人気があったでしょ」
ドミニカに適当に空返事をしながらアルトゥルは記事の中に書かれた乗員名簿を慎重に黙読した。
「名前がねぇ……」
2度3度と乗員全員の名前を見たが、息子のドナルドの名前は書かれてなかった。
「え?」
「ここ、だよ。ほら、乗員名簿」
ドミニカも虫眼鏡越しに乗員名簿を注意深く読み始めた。
「アイギス基地の担当者に確認したけど。2ヶ月前にハワイの司令部勤務になってたそうよ」
「……何処に書いてあんの?」
「へ?」
記事の隅々まで目を通したアルトゥルが顔を上げた。
「これにゃ書いてねえけど、他の記事もずっと手に入れてんのか?」
そもそも、この記事自体どうやって手に入れたのか?アルトゥルは気になった。
「……知りたいの?」
「教えろ」
「どうしようかな〜」
滅多に冗談を言わないニュクスがオチャラケて見せたのでアルトゥルは尻尾をパタつかせた。
「……向こうの通信は傍受してるし。記事も毎日手に入れてる」
「どうやってだい?」
「……知りたい?」
軍隊において「知っておくべき立場の人だけが知っている必要があると言う“Need to know”の原則」が存在する。その原則に則れば、今まで陸軍中将の立場に有ったアルトゥルがその情報に触れていない以上、コレからも知る必要が無いのは明白だった。今まで、秘密の場所でニュクスが見せてくれた情報は、その原則を破り、好意で教えてくれただけだからだ。
「いんや、別に……」
ニュクスが含みが有る満面の笑みを浮かべたので、アルトゥルは視線を逸らした。ニュクスの笑顔は“これ以上知るにはそれ相応の対価を払え”と悪魔の宣言と同等の物だからだ。
「艦長、ソーナー。後方確認終わり、異常なし」
コシュカ王国の大型艦との戦闘後、爆発音に紛れ逃げ切ったカサートカは低速で海底を這うように潜航を続けていた。
「艦長了解」
コシュカ王国の大型艦は南西に、アルターの巡洋艦は東へと航行し。かれこれ10時間以上近くを航行する船が居ない状況だった。
「船務長、露頂する。艦隊司令部に報告する」
「了解。前進原速、上げ舵5度。露頂する」
「上げ舵5度、前進原速」
艦後方の原子炉区画に詰めていた機関科員は速力通信機が短くブザーを鳴らしながら動いたので慌ただしく動き始めた。
『機械室、発令所。露頂する、前進原速』
「露頂する、前進原速。機械室了解」
艦内電話でも速度変更の指示が届き、気が張り詰めていた機関科員達は安堵の表情を浮かべた。
その気になれば丸1日、場合によっては数週間もアメリカの原潜や水上艦に追い回される事にすっかり馴れていたが、やはり追尾されていない事が判り通常の態勢に戻る瞬間は気分が良かった。
「潜望鏡上げ」
艦長は水上を確認する為に艦長は潜望鏡を上げるように指示した。
「……全周目標なし。衛星マスト上げ!」
「了解。衛星マスト上げ」
潜望鏡を上げたまま、人工衛星を介し通信を行う為のマストを上げるように指示し、艦内にマストをせり上げる油圧シリンダーの音が響いた。
「感度良好。艦長、艦隊司令部より入電有り」
衛星マストが完全に上がり、起動した瞬間。ムルマンスクの北方艦隊司令部からの暗号電文が幾つも飛び込んだ。今いるのはソ連本土が無い異世界だが、世界の壁を隔てて通信する技術をソ連は持っていたのだ。
「見せろ」
印刷機から出て来た指示を見た艦長は目の色を変えた。
「……艦内マイクを入れろ。帰還命令だ」




