歴訪2日目
「本日のご予定は、午前9時から長浜の海軍基地と造船施設の見学。午前11時から“イスカンデル”の進空式。午後0時半から海軍奉行の海野大将と会食。午後2時からは第2艦隊見学、午後4時から第1艦隊見学となります」
昨日と同様に、滞在先のホテルの部屋でシークレットサービスの副局長から報告を受けた魔王だったが、椅子に深く座り何処か上の空だった。
「ご苦労、副局長。下がってくれ」
副局長を労い、下がるように命じると、副局長は敬礼し部屋から退出した。
「イシスからの連絡は無いのか?」
隣の和室に向い、魔王が叫ぶとブレンヌスが襖を開けた。
「未だ有りません。滞在先に確認した所、昨日出掛けたきり帰って来てないと」
魔王の同い年の妹、人猫のイシスを先月から新阜に滞在させ情報を手に入れていたが昨日から連絡がなかった。
「私が出向きましょうか?」
同じ人猫のニスルが捜索に名乗りを上げた。
慎重な性格だが、慣れないドワーフ領で逆に迷わないか……。魔王は一瞬心配になった。
「大林少佐と一緒に滞在先を見て来てくれ。正午までに私と合流出来ない場合は此処に戻れ」
憲兵隊の大林少佐となら大丈夫だろうと、魔王は判断を下した。
「哎ーー……!」
レンガ造りの建物の3階の窓から竜人の少年が落ちて来た。
「うわっ!?」
「何でぃ!?」
少年が落ちた先の垣根の側に居たドワーフの通行人達は驚いた。
それも、その筈である。少年が落ちてきたのは新阜の中心地。10階以上の高さのビル群が立ち並ぶオフィス街のド真ん中だからだ。
「ああ、ごめんよ!」
慌てて垣根から飛び出した少年は、ドワーフのご婦人にぶつかりその場に転んだが、直ぐに謝り大通りを走り出した。
「逃がすな!」
「あらあらあら……」
逃げて来た建物から黒い背広を着たドワーフの男が5人出てきた。思いの外早く追手が来たので少年は馬車や路面電車が通る大通りを斜めに横断し始めた。
少しでも追っ手の視界から逃れようと思っての行動だったが、身長160センチの少年は身長1メートル程度しかないドワーフの中では少年は悪目立ちしていた。
「あっ」
「ヤバっ」
少年が逃げる先の路地に潜んでいた、人狼の少年トマシュと魔王の妹イシスは追手に気付き慌てて路地の奥に走った。
「お、おいおい。置いてかねえでくれよ!」
あっと言う間に先を行く2人追いついた少年は走りながら話し掛けた。
「港生、追手が掛かるのにコッチ来るなよ!仲間だってバレるだろ!」
「そうよ!てか、失敗したの!?」
狭い路地の角を3人で曲がり、港生は懐から布に包まれた小箱を取り出した。
「いや、首尾よく手に入れたよ!……哎っ!」
港生が蹴躓き、小箱が地面に転げ落ちた。
「ちょっと!」
「嘘だろ!?」
慌ててイシスが転がる小箱を掴もうとしたが、右足で蹴り上げてしまい。今度は空中に弾け飛んだソレをトマシュが両手で掴もうとしたが、横からイシスが手を伸ばした拍子に掴み損ね、偶々空いていたビルの2階の小窓に飛び込んでしまった。
「え、え゛えぇ〜〜……」
せっかく苦労して手に入れた物が無残にも知らない建物に飛び込んだので港生は声を上げた。
「忍び込め!」
「簡単に言うな!」
本気で言ったイシスにトマシュが突っ込んだ。
「取り敢えず、逃げよう!」
地面から石ころを拾い、トマシュが建物の1階付近の外壁をその石で思いっ切り擦り、傷を着けた。
「港生の家で落ち合おう」
幸い、姿を見られたのは竜人の港生だけだった。この場をやり過ごし、後で小箱を手に入れるつもりでトマシュは2人に指示した。
「ああ、判った」
いの一番に港生が猛スピードで走り去った。
「ヤバッ」
突然イシスがトマシュの首に両手を掛けて壁際に引っ張った。
「えっ!?」
「追っ手よ」
イシスは背伸びをし、そのままトマシュの唇を奪った。
追手の男達が背後を走り抜ける間、トマシュは前屈みの状態で注意深く男達の足音を聞いた。
イシスの機転で人気がない場所で逢瀬している恋人のフリをしてやり過ごす事を理解できたが、上手くいくかは判らず走った事で乱れた息を整えるだけで必死だった。
「行った。向こうから帰りましょう」
2人を見て目を逸らしたり、そもそも無視して男達は走り抜けて行ったのを横目で確認しイシスはトマシュから離れた。
「何で帰る?」
男達が行った先とは逆方向に2人は歩き始めた。
「地下鉄とバスを乗り継ぎましょう。追っ手が掛っても巻けるでしょ」
「哎!」
路地を曲がり暫く走った港生は目の前から別の追っ手が現れたので慌ててもと来た道を引き返した。
「待てこら!」
「あらららら!」
今度は路地の反対側に追っ手が現れ、港生は完全に挟まれた。
「おらぁ!」
「うわっ」
振り返った港生は追っ手の男に殴り掛らかれたが、港生はギリギリの所で避けた。
「っはっほ」
2発、3発と続け様に殴り掛かられたが、港生は両手で器用に受け流し、相手の鳩尾に蹴りをお見舞いした。
「っご……」
「哎哟!」
だが、後ろから来た別の追っ手に尻を蹴られ、港生は苦悶の表情を浮かべながら仰け反った。
「ハァー……痛っ!」
若干、つま先立ちで尻を蹴ってきた男と距離を置いたが、男は掴み掛かって来た。
「ハッ!ホッ!」
胸ぐらに掴み掛かって来た背の低いドワーフの手を両手で弾き、脚を引っ掛けて転倒させると3人目の追っ手が懐から短刀を取り出し鞘から抜いた。
「おっとと」
突き刺して来た男の頭を反射的に右手で掴み、短刀を持った相手の手が身体に届かない様にしたが、直ぐに頭を掴んだ右手を切ろうと斬り付けてきた。
「あら!?うわっ!」
港生は慌てて右手を離し左手で男の頭を掴んだが、今度は左手を斬り付けようとしたので、大慌てで大型のゴミ箱に飛び移りそのまま目の前の建物の雨樋に飛び移った。
「よいしょ……」
下で追っ手達が「降りて来い」と叫んでいるが、港生はそのまま上へ上へと雨樋や建物の外壁を伝い登り始めた。
「猿みたいな奴だ、追うぞ!」
2人は建物の中に入ったが、短刀を持った男は口に短刀を咥え雨樋を登って来た。
「しつこいな……」
文句を言いつつも6階建ての建物の屋上にまで辿り着き、港生は目の前に見えた階段に通じる扉へ走った。
「うわた!」
だが、ドアノブに手を伸ばそうとした瞬間、建物の中を通り追い掛けてきた2人組がドアを開け飛び出てきた。
殴り掛かって来る2人を何とか避け、1人は鼻面をもう1人は脛を蹴って港生はドアに飛び込んだ。




