コシュカ王国の大型艦
「前進微速」
「前進微速」
北側に周り込めたカサートカの艦長が指示を出し始めた。
「深度150につけ」
「深度150、上げ舵5度」
「上げ舵5度」
シャドーゾーンから出て、ソーナーで水面の様子を探知できる状態になるため発令所は再び慌ただしくなった。
「発令所、ソーナー。アルターの巡洋艦を再探知、方位1-6-0、遠態勢。4軸の大型艦を再探知、方位1-7-0、遠態勢」
当初の見積もりより、東寄りに進路を変えた2艦の方位を艦長達は海図を照らし合わせながら確認した。
「潜望鏡で撮影する、露頂」
「露頂する、深度15」
「露頂する、深度15」
海面に近付くにつれ、操舵員は艦橋を水面に飛び出させないように慎重に潜舵を動かした。
「アルターの巡洋艦、速力5ノット」
「露頂、深度15」
「潜望鏡上げ」
最初に潜望鏡を上げた時より2艦に近い位置だが、既に日が落ち、潜望鏡が目撃される恐れは少なかった。
「ESM探知！ESM探知！方位1-7-0、Sバンド帯、感度強い！」
潜望鏡が海面に出た瞬間、電波探知装置からけたたましい電子音が響いた。
「下ろしますか！？」
「待て、もう少し。……マーク、大型艦との距離3千だ！」
潜望鏡を大型艦の方向に向けたが、既に暗く夜間航行用の灯りを着けていないのか艦影を辛うじて確認できる程度だった。艦長は潜望鏡のモードを夜間用の暗視装置に切り替え必死にシャッターを切った。
「下ろせ！」
艦長の命令で乗員が大慌てで潜望鏡を下ろした。
「2艦は並走して手旗で信号を送り合ってる。大型艦はコシュカ王国の海軍旗を揚げていた」
艦長が上の様子を説明し始めたが、外から甲高い音が鳴り響いてきた。
「方位1-7-0より探信音！」
「前進原速、深度250急げ！」
「下げ舵一杯！」
「発令所、ソーナー。キャビテーションノイズ発生」
浅い深度でスクリューを高速で回したので、負圧で海水が沸騰した泡がスクリューを叩くキャビテーションノイズが発生した。
「方位1-7-0からエンジン音、回転翼機と思われる」
更に海上で新たな動きが有るのをソーナー員が報告した。
「間違いないか？」
急角度で潜航する中、艦長は器用に手摺を伝いソーナー員の近くまで来た。
「航空機用のタービン音が聴こえました。……大型艦、動き始めました」
大型艦が急加速し、アルターの巡洋艦から離れ始めたのをソーナー員が気づいた。
「1,2番、次に撃つ！コシュカ王国の大型艦」
「1,2番、用意良し！」
水雷長がコンソールの安全装置のスイッチを外し、何時でも撃てる状態にした。
「撃てっ！」
「てぇー！」
水雷長がスイッチを押すと、発令所前方の発射管室から2発大きな金属音がした。高圧水流で魚雷が押し出されたのだが、まるでスレッジハンマーで船体を叩いた様な音が響いた。
『1,2番射出。……艦長！舵を戻して下さい！ワイヤーが発射口に当たって悲鳴を上げてます！』
カサートカが急角度で潜航するので、魚雷を目標付近まで誘導するワイヤーが発射口で擦れたのだ。
「下げ舵10度」
「下げ舵10度！」
潜航角度を浅くするように艦長が急いで指示した。
「艦長、ソーナー。0-1-0方向に何か着水しました」
「爆雷か？」
回転翼機からの攻撃を艦長は警戒していたが、どうも様子が違った。
「探信音、ソノブイです！」
〈全速で回せ、急げ！〉
アルターの巡洋艦は大慌てで移動しようと必死だった。コシュカ王国の重巡洋艦・コルチャークと接触後、突然、重巡洋艦が動きだし慌ただしく対潜ヘリを飛ばし始めるた。何が起きているか判らず、呼び掛けたが返事は無く。そうこうしていると、魚雷の航走音が聞こえるとソーナー員から連絡があった。
〈コルチャーク、対潜ロケット砲を発射！〉
ロケット砲弾の発射音に混じり、見張りの兵士が叫び声が聞こえた。
大きく面舵回頭するコルチャークの艦主部分に置かれた12連装のロケット砲から4発の対潜ロケットが発射された。
「着水音、直上！」
「艦長、回避を優先しよう」
静かに状況を見守っていた政治将校からの提案だった。このまま沈められて、コシュカ王国とアルター民主共和国が接触していた情報を持ち帰られなくなる位なら、一旦逃げた方がマシだった。
「魚雷起動！ワイヤー切れ！前進一杯！下げ舵一杯！」
「魚雷起動！ワイヤー切れ！」
「前進一杯！」
「下げ舵一杯！」
頭上から船体を激しく叩くような振動と音が聞こえ、カサートカは激しく揺らされた。
「発令所、ソーナー。新なロケットの着水音！……魚雷です！捕捉されてます！方位0-2-0！別の魚雷も探知！方位3-5-0！」
「取り舵一杯！ジャマー用意！」
「とーりかーじ、一杯！」
敵の魚雷が放つ探信音が放たれる間隔が少しずつ短くなって来た。その分だけカサートカに迫っているのだが。
「魚雷は回転翼機が落とした物か？」
「いえ、回転翼機は南に移動してます、2発の魚雷は大型艦からかと」
ミサイルで対潜魚雷を飛ばす装備はソ連海軍にも有る。艦長はコシュカ王国の大型艦がソ連の原子力巡洋艦にそっくりなのを思い出しながら思案した。
「こちらの魚雷、大型艦のウェーキに入りました。大型艦を捕捉しました！」
ソ連の長魚雷は水上艦が出す航跡波をジグザグに追い掛け追尾する追尾方法を採用していた。逃げようと速く走れば走る程、航跡波が立ち魚雷が追尾して来る。
「深度500！……深度550！」
「下げ舵0！深度600を維持」
カサートカの方も危機的状況なのは変わらなかった。魚雷に追尾され続けているが、気付けばかなり深くまで潜航していた。安全深度はまだ余裕が有るが、艦長は深度の維持を指示した。
「深度600、速力30ノット！」
「戻せ！針路0-0-0宜候」
「もどーせー！針路0-0-0宜候」
取り舵回頭を続けていたが、真北に針路を取り逃げの体勢に入った。
「宜候0-0-0！」
「大型艦より航走音……。ジャマーの様です、コチラの魚雷が針路を変え始めました！」
大型艦の追尾を始めていた魚雷が、命中寸前になって大型艦から離れるのをソーナー員が探知した。
「艦長、舵中央、前後水平左右傾斜なし！」
「艦長了解。……向かってくる魚雷は？」
「2本とも後方の死角に入りましたが、100ヤード後方を毎秒20メートルの速度で沈降中。おおよその深度500」
ソーナー員が直前まで魚雷の位置を掴んでいた画面を指差しながら説明した。
「ジャマー射出！上げ舵一杯！」
「ジャマー射出！」
「上げ舵一杯！」
〈方位3-4-0方向で爆発を探知…もう一度爆発です！〉
ソーナー員が報告した北北西方向に水柱が上がったのをアルターの巡洋艦が確認した。
〈艦長、コルチャークが停船しました。……発光信号です。“予定通り南下する”との事です〉
〈了解……。党本部に連絡。我々は帰投する〉
