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呼び出し

「我々が警護してる車両の近くで発砲するとは、一体何を考えているんですか?」


 憲兵隊の竜人の少佐は中江宅の電話を借り、所轄の警察署に本部を置く特高警察へ抗議の電話を入れていた。


『我々は捜査を行っているだけです。それに関して、とやかく言われる筋合いは』

「警護中のマリウシュ議長が乗る馬車の目の前で発砲したんですよ。万が一の事が有れば、あなた方に責任を取って貰います」


 外交問題に発展する事を特高警察に伝えたが、特高警察側は態度を翻さなかった。


『通常の捜査の範囲です。……あなただって大陸では同じ事をして来たでしょう、大林少佐?』

「……大義を履き違えて好き放題してるあなた方と一緒にしてもらいたく有りません」




「アルターの巡洋艦。方位1-7-7。CPA通過、遠態勢に切り替わる」


 北から現れた4軸艦とアルターの巡洋艦が洋上で接近を続けていた。

「発令所、ソーナー。アルターの巡洋艦に針路変換の兆し有り。面舵と思われる」


 4軸艦の前方を通り過ぎる針路でアルターの巡洋艦は航行を続けていたが、ここに来て4軸艦が居る右側に舵を切った。

「潜望鏡上げ」


 2艦が何をしているのか確かめるべく、艦長は潜望鏡を上げるように指示を出した。


「っ!……逆光だ下げろ!」

 日が傾き初め、2艦が居る方向に太陽が有り潜望鏡で姿を確認し辛い上に、向こう側から目立つ可能性が有った。



「2艦の北側に遷移する。深度400につけ」

 潜望鏡が使い物にならないので艦長は、自艦を深場に着けることにした。

「深度400、下げ舵10」

「深度400」

「下げ舵10度」

 船体が前に傾き、立っている乗員たちは手すりに掴まり、椅子に座っている乗員達は転げ落ちないように踏ん張った。通常の深度変換では行わない急角度での降下で、船体が大きく傾くが乗員達は通常時と変わらず作業を続けた。


「深度100」

「前進半速」

 船務長が深度100メートルを越えたのを告げると、艦長は加速するように命じた。

「前進半速」

 

「発令所、ソーナー。アルターの巡洋艦、回頭を終えた模様。新たな的針3-4-0」


 船務長がソーナーの探知結果通りに海図に新たな針路を書き加えた。海上の2点を東西に行き来していたアルターの巡洋艦が北西に針路を変更した。


「大型艦と15分後に針路が交わります」

 

 アルターの巡洋艦が大型艦に気付き針路を変更したのは想像に難くなかった。

「発令所、ソーナー。アルターの巡洋艦を失探、方位1-8-2、的針3-4-0、的速12ノット。北からの目標も失探、方位2-6-0、的針2-1-0…」


 ソーナー員が海面上の目標を探知できなくなった事を報告してきた。海中の温度が急速に変化し、海面付近の音がしなくなるシャドーゾーンにカサートカが入ったのだ。

「前進原速」

「前進原速」


 海面付近の音が聞こえないのは、逆に言えばシャドーゾーンに居るカサートカの音も聞かれない事を意味していた。艦長は更に加速するように指示を出した。




「ふっー……」

 アルトゥルは自宅に着くと馬から降り、タメ息を吐いた。

 昨日、魔王を輸送用コンテナに載せ国境のトビー山脈にこっそり(・・・・)送り届けようとしたが、途中でコンテナが落ちたので余計に面倒な事になったからだ。魔王の姿を見たのはジェームズだけだったが、“落下したコンテナから少女が転げ落ちた”のを見た他の部下達が納得する理由をでっち上げるのが面倒だった。


 ……単純に箝口令を敷いてもいいが、ひょんな事から魔王を運んでた事実が他所に漏れるのは避けたかった。


 基地に忍び込んだ妖精がコンテナに潜んでた等の適当な理由をでっち上げたが、今度は破損したコンテナの回収と事故原因の調査で時間を取られた。


「疲れてるみてぇだから、ゆっくりさせてくれ」

「はい旦那様」


 馬の世話を任せている妖精に手綱を渡すとアルトゥルは玄関に向かった。

 今日は定時には上がれたが、昨日は家に帰れず疲れていた。


 着ていたコートをメイドの妖精に預けると、アルトゥルは台所に向い冷蔵庫を開けた。


「ルートビールで良いか……」

 ホントはビールを飲みたいところだが、今世はまだ16歳なので飲酒は控えていた。

 アルトゥルはルートビールの瓶を取ると冷蔵庫の扉の角に付いた栓抜きで開けて居間へと向かった。


 ソファに座り、ルートビールをコーヒーテーブル似億と読みかけの漫画雑誌を手に取って読み始めた。


「あら、おかえりなさい」

「うひゃ!?」


 背後から話し掛けられ、アルトゥルは漫画雑誌を放り投げた。


「そんな驚く?」

 アルトゥルに声を掛けたのは妻のドミニカだった。

 放り投げた漫画雑誌を空中で掴むと、アルトゥルは背後に漫画雑誌を隠した。

「居たのか、出張はどうした?」


 軍服姿のドミニカは大きなアイスの容器を抱えながらアルトゥルの隣に座った。


「無くなったのよ。昨日の騒ぎで」

 1クオート、4分の1ガロン(約1リットル)も有るアイスクリームの容器に直接スプーンを突き立てながら食べ始めたので、アルトゥルは2度見した。


「列車が途中で止まったから、ビトゥフから一晩馬を走らせて戻って来たの。街道も封鎖されてたから、お店の無い山道を進んだからもう大変だったは」


 だったら大人しくビトゥフで宿を取れば良いものを……。今世は女騎士で、爵位持ちなだけ有ってかなり無茶をする性格だった。

 アルトゥルも結婚後は「無茶しないでくれ」と頼んでいるが、周囲に相談無く軍の採用制度を使い、今は陸軍大佐を勤めている。


 なので面倒なことに……。


「電話だ」

「どっちかしら?」


 夫婦揃って専用の電話回線を持っているので、電話が鳴るとお互い自分の書斎を確認しに行く必要が有った。


(おいら)宛だは」

 自分のデスクの上に置かれた電話が鳴っていたのでアルトゥルは受話部を取った。

「もしもし」


 受話部を頭頂部の耳に当てたが、電話が鳴る音が聴こえたのでアルトゥル不思議そうに扉の向こうを見た。


『ロンか?今良いか?』

 電話を掛けて来たのはパオロだった。


「なんでぃ、パオロか。どうした?」

 電話口では軽口を叩いたが、向いの部屋でドミニカも電話を取ったので嫌な予感がした。


『ちょっと問題が起きた。……ドニーが原潜に乗ってる話を前にしてたよな?』

「あん?」

 急に前世の息子の話題が出たので、アルトゥルは受話部から一瞬耳を離し、睨みつけた。


「ああ、乗ってたけど。何?」

 突飛な内容だったので、ぶっきら棒な返事になってしまったがパオロは気にせず話を続けた。


『ロス級は詳しいか?』

「詳しいっちゃ詳しいけど」


 話が見えて来ないが、ドミニカにも同じ内容の電話が掛かって来ているようでロス級の事を聞かれているようだった。


『馬車でそっちに向かうから、それに乗ってカエサリアに向かう準備をしてくれ』

「構わねえけど、今から?」


 日が落ちた今から出向く事に違和感を覚えつつ、アルトゥルは了承した。

『そうだ、今からだ』

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