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中江宅にて

 −ファレスキの北西150浬(約280キロ)

  ソ連海軍哨区

  派遣原子力潜水艦 971型潜水艦

  NATOコード:アクラ級

  K-326艦 『カサートカ』


挿絵(By みてみん)


「方位314。近態勢変わらず」


 ソーナー員の報告通り、航海科員が海図に自艦位置から314方向に向け線を引いた。

「近態勢か……」


 ソビエト連邦に新たに加盟した異世界のマルキ・ソビエト連邦への軍事支援として、ソ連海軍北方艦隊から秘密裏に派遣されていた。

 ファレスキから北は人間の領地が広がり、遥か向こうに魔王ユリアが治める人猫のコシュカ王国の領地が在った。その為、占領地のファレスキと人間の領地を行き来する貨物船やアルターの軍艦が訓練をしている以外は存在しない海域だったが。


「レーダーで位置を探る、露頂しろ」


 沿岸から離れ、貨物船が航行する航路からは外れており、尚且アルター側の海軍基地ではなく北方向から接近してくる船は初めてだった。


「露頂する、上げ舵5度、深度15」

「上げ舵5度」


 船務長の指示で操舵員が潜舵を動かし、カサートカは海面に向けゆっくりと浮かび始めた。


「深度15」

「深度15異常無し、左右傾斜なし」

「潜望鏡上げ」


 海面にマスト類を上げれる状態になると、艦長指示で潜望鏡が上げられた。


「艦影無し。潜望鏡下げ、レーダーマスト上げ」

 艦長は素早く全周360度を見渡し、水上の見える範囲に船が居ないのを確認した。


「艦長、1走査(スイープ)だけ行います」

 船務長が逆探知を警戒し、レーダーは1周だけ回す事を艦長に告げた。

「よし、行え」


「艦長、ソーナー。新たな目標探知。方位1-2-0。近態勢」

 ソーナー員が別方向から接近する目標を探知し、その事を艦長に報告した。


「艦種は判るか?」

「蒸気タービンの3軸……。アルター人民海軍の巡洋艦です」


 事前に周囲を行き交う船が推進機やエンジンから出す音紋を収集していたが、珍しい3軸推進の蒸気タービン艦はコンピュータで参照するまでもなかった。


「的速12ノット」

 スクリューの回転数からソーナー員が巡洋艦の速度を割り出し艦長に報告した。


「レーダー感あり。方位3-1-3。距離2万ヤード(約10浬)。小目標と思われる」

 レーダー員が先に発見していた目標の方位と距離を報告してきたが、南東から接近してくる目標はレーダーに映らず報告できなかった。


「レーダーマスト降ろせ」

 艦長指示でレーダーマストが降ろされたが、発令所内は俄に騒がしくなった。


「小目標なのは確かか?」

 船務長の問にレーダー員は答えた。

「ヨット程度の大きさでした」


 レーダー画面に映った映像通り、小さな目標なら問題は無かったが、ソーナーからの報告とは矛盾していた。

「ソーナー、船務長。310方向の目標は4軸の大型艦で間違いないか?」

「船務長、ソーナー。310方向の的艦、4軸推進の蒸気タービン艦に間違いなし」


 ヨット程度の大きさの船が4軸の蒸気タービン艦の筈は無かった。最低でも20ノット以上は出る大型艦の可能性が非常に高かった。


「ソーナー、艦長。120方向の目標の進行方向報せ」

「艦長、ソーナー。120方向の目標、西進していると思われる。最接近距離(CPA)、約5浬」


 カサートカの南約5浬付近を東に抜けるとなると、2つの目標は南西方向で接近する形になる。


「深度200、シャドーゾーンに入って接近する」

「了解、艦長」

 アルターが何かをしていると察した艦長は、水上から探知されにくい深度を一気に進み、北から近づく謎の船の近くに移動する事を決断した。




「社会の価値観が劇的に変わり未来が見えなくなった人々はイデオロギー(社会的思想)に熱狂したが、結果的に人々の良心を蝕んでいった。やがて戦争にまで発展したが、仕掛けた側の人々の熱狂は止まず。仕掛けられた側の人々も復讐心や家族を守るためにまた熱狂していった。どちらの側も大勢の若者が志願して、見ず知らずの人を傷付ける本当の地獄だよ」


 佐太郎は廃墟になった街の絵を真っ直ぐ指差しながら言葉を続けた。


「狂った人が行き着く先が判って、漸く大規模な戦争を忌諱するようになった。最近、君達が海軍と色々やっている様だが、そんな物は造った所で意味など無いぞ。使う人が狂うとどうなるか、それを知らなければ便利な道具と思って使う羽目になる。広島と長崎は原爆で破壊されたが、他の街は大量に爆弾をバラ撒いて破壊したのだからな」


「オジイサマ、アリマシタ」

 やす子が布に包まれた絵を見付け、机の上に載せた。


「これは君のお祖父さん達の昔の姿を描いた絵だよ。1940年、ロンドンで会った時のだ。左からチェスワフ、ヤツェク、ミハウ、それとフィリプの4人だ」

 佐太郎はそう言うと布を外し、額に入った絵を取り出した。航空服姿の3人とベレー帽を被った人間が描かれた絵だったが、正直今の4人とはかなり見た目が違っていた。


「チェスワフ…ヤツェク…ミハウ…フィリプ…」

 カミルがメモを取ったが、マリウシュは頭を頭を傾げた。

「チェスワフ叔父さん、小さいな……」

「てか、ミハウ部族長、歯が欠けてるな。……4人共煙草吸ってるし」


 今世では50代の4人だったが、絵だとかなり若い雰囲気だったが。


「でも、4人共。年甲斐も無く騒ぎ起こすし何か似てるよね」

 10代の頃に実家でトラブルを起こし、冒険者になった4人の悪評は孫のマリウシュも耳にタコができるほど聞いていた。

 

「4人がポーランドを脱出した後、チェスワフ達3人がイギリス空軍に志願して暫く後に会った時の絵だよ。フィリプは亡命ポーランド人の陸軍部隊に入ってた。前世で集まって最期にパブで飲んだ時のな。わしは日本に戻った後、空軍に志願した3人は戦死し、フィリプとも音信不通になってな」

 佐太郎は一通り説明すると再び布で包み、4隅を結んだ。


「さて、そっちは何か持って帰るかね?」

 佐太郎は壁に掛けてる他の絵を指差しながら話した。

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