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秘密協定

「我々からは精製したウラン(イエローケーキ)を提供可能です」


 地元企業関係者との会食の為、吉田のパールパレスホテルに移動した魔王は、控室で背広姿の海軍関係者にそう告げた。


「手始めに、既に精製済みの2000トンを空の石油輸送用貨車に載せ輸出いたします。その後はそちらの都合に合わせ便宜致します」


 人狼側のウラン鉱床から採掘したウラン鉱石を化学処理し、含有率を高めたイエローケーキを2000トンも輸出すると聞きドワーフ側の出席者は全員頭を下げた。


「お心遣い、感謝致します」

 背広姿のドワーフ海軍第2艦隊司令官の蒲生中将は謝辞を述べた。

 ドワーフ側の重大な課題の1つがウランの入手方法だった。人狼側から手に入れば、試験的に濃縮作業を行え、原子爆弾の製造に弾みが着く。


 人狼側が製造しようとしているプルトニウム型原爆は起爆に爆縮レンズを用いる。爆薬で球体のプルトニウム・コアに均一に圧力を掛けて圧縮、核分裂反応が始まる。球体に対し均一に圧力を掛ける爆縮レンズ方式は構造が複雑だったが、プルトニウム・コアに含まれるプルトニウム240が原因で自発核分裂……規模が小さい爆発を避ける為に必要だった。


 一方、ドワーフ海軍が製造しようとしているウラン型原爆は比較的構造がガンバレル方式で起爆が可能だった。……使用する爆縮レンズ方式に比べ威力は弱まるが、一応は核兵器だった。アルターへの威圧や水爆の開発へと繋がる技術だった。


 勿論、無償という訳では無かった。

 人狼側へは引き続き飛行艦の技術と経済支援、そして高濃縮ウランを輸出する約束だ。




 憲兵が警備する中江家の屋敷の正門を通り、マリウシュとカミルを乗せた馬車は敷地内に入った。


「かなり警備が厳重だな」

 正門の脇には憲兵が詰める詰め所が置かれていたが、真新しい漆喰から最近造られたことが判った。

「巡回も多いな」


 庭には犬を連れた憲兵、そして屋敷の中にも歩兵銃を担いだ憲兵が常に目を光らせていた。

 子供の頃に来た時は、“こんなに警備は居なかったが、こうも変わるものか”と。


 警護に当たる憲兵が馬車のドアを開け、マリウシュが馬車から降りると屋敷の前にドワーフのやす子さんが待っていた。


「さす子やん、お久し振りです」

 マリウシュとカミルが深々とお辞儀をすると、やす子も深くお辞儀をした。

 歳は20程だが、小柄のドワーフ故に2人より幼い印象だった。

「お久し振りです。マリウシュさん、カミルさん。どうぞコチラへ」


 屋敷の中に案内され、裏手の縁側を通り、屋敷の奥に向かった。


「お父上は?」

 てっきり、やす子の父親が居ると思ったが、居る気配は無かった。

「父は仕事で留守に」


 渡り廊下を通り、昔は無かった離れにまで案内された。


「オジイサマ、カミルサントマリウシュサンヲオツレシマシタ」

 やす子が障子に向い話し掛けると、中から「ハイレ」と返事が有った。


 やす子が障子を開け中に入り、マリウシュとカミルが後に続いた。


「良く来てくれた。2人共大きくなったな」

 ドワーフ領では珍しい、医療用のリクライニング・ベッドに横になっていたドワーフの老人、中江佐太郎だった。鼻に呼吸用の酸素チューブを挿入した状態でベッドから起き上がろうとしたが、直ぐにやす子が介助に入った。

「アア、アリダト」


 短くやす子に礼を言うと杖を片手に立ち上がった。


「お久し振りです、佐太郎さん」

 マリウシュとカミルは深々とお辞儀をした。


「わざわざ済まないね」

 ゆっくりとだが、2人に歩み寄る佐太郎の為に、やす子が酸素(ぼんべ)を乗せたカートを引っ張った。


「お身体の調子は?」

 カミルの質問に、佐太郎はニヤリと笑ってみせた。

「肺癌だよ。タバコはどうしても止められなくってね」


 人狼達は鼻が効くので基本的に吸わないが、ドワーフ達は煙草を吸う者が多かった。佐太郎も医者から再三止めろと言われているが、今でも隠れて吸っていた。


「今日、来てもらったのは2人に渡したい物が有ったからだ。……来なさい」

 2人に握手した後、佐太郎は部屋の奥の障子を開けた。イーゼルに無地のカンパス、絵筆に絵の具。その部屋は板の間だが、和室にはそぐわない絵の道具が中央に置かれ、壁には額縁に収まった油絵が並んでいた。よく見れば、壁際にはボール紙に包まれた絵も何十枚も立て掛けてあった。

 絵が趣味だと2人は聞いてはいたが、コレ程とは知らなかった。


「これは……自由の女神ですか?」

 カミルが絵の1つを指して尋ねた。転生者のアルトゥルが子供の時に描いた落書きの1つに似た銅像が有ったのだ。


「ああ、記憶を頼りにな。船でニューヨークに着いた時の印象が強くてね」

 アルトゥルが描いた絵と違い、背景の摩天楼や海の様子も描き込まれた風景画だった。


「全部、異世界の絵だ。気に入った物が有れば持って帰っても良いよ」

 軽いノリで佐太郎は言ったが、小さい物でも1片が1メートルを越え、大きいものはそれこそ3メートルを越えていた。持って帰るにはそれ相応の準備が必要だった。



「……わぁ」

 一部では見慣れた建築様式の建物だったが、人物は全て人間なのも2人には新鮮だった。とくに、マリウシュはサックスを演奏しているアフリカ系ミュージシャンを描いた人物画に目を引かれた。


「ニューオリンズ。ジャズ奏者だよ」

 タキシード姿のジャズ奏者と金色のサックスとの対比にマリウシュは思わず見入った。



「ドコシマッタッケ?」


 カミルとマリウシュが絵を眺めている間、佐太郎がやす子に話し掛けるのが聞こえた。カミルが横目で見ると、渡そうと思っていた絵を何処に置いたか失念したようで机の上を2人で探し始めていた。


「ん?」

 壁際に立て掛けてあった絵を見ようとボール紙を外したカミルは絵の雰囲気に驚いた。


「それは……東京だ21番の絵と同じ場所だよ」

 壁に掛けられている21番の絵では、華やかな雰囲気の町中で人々が行き交っている様子が描かれていたが、ボール紙に包まれた絵では一転して廃墟が描かれていた。


「戦争だよ。空から焼夷弾をバラ撒いてな」

 マリウシュが他の絵画をボール紙から出すと、骨組だけになったドーム状の建物と廃墟の絵だった。

「広島、8番と同じ場所だ」


「別の場所ですか?」

 似たような惨状から同じ街かと思ったが、違う様なのでマリウシュは佐太郎に聞いた。

「全く別の街だよ。……同じ国だが、人の恐怖に呑まれた」

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