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魔王の移動

「“コンテナに詰める”ってどういう事?」


 ショーンに肩を掴まれながら第3師団の司令部の1階に降りて来たが、裏口には向かわず貨物の積み下ろし場に案内された。


「コレに入って行けって事だろうね」

 ショーンが荷馬車に積まれた“XM-3”と書かれた長方形の箱を開けた。


「空中強襲で飛竜に荷物を乗せる余裕が無いから、空中投下できるコンテナを試作したんだ」

 本来なら重機関銃や迫撃砲、対戦車ロケットを中に入れるのだが、中の仕切りを取れば人が入れるだけのスペースを確保出来る作りになっていた。


「そんな予算、組んだ覚えは無いけど」

「議会を通さないで予算を確保するやり方って有るんだ」

 ショーンが手際よく、仕切り外すと中に身体を固定するベルトが3本設置されていた。


「人が入ることも想定して()有るから中にどうぞ」

 ショーンがカエを持ち上げコンテナに入れたが、カエが言葉尻に含みが有るのに気付いてショーンの手を握った。


「安全なの?」

「理論上は」

「試験は?」

「明日、Mr.ジョンソン(ダミー人形)が試験して。問題なければ来週、妖精のスタントマンが中に入って試験する予定だった」


 ショーンが指差した先に、胴体部分が凹んだダミー人形が転がっていた。


「ロンが魔法を使おうとして爆破しちゃっただけで試験で不具合が有った訳じゃない」

 カエが怪訝な顔をしたが、ショーンは有無も言わさずコンテナにカエを押し込めベルトを締めるとコンテナを閉めた。




「襲撃犯は制圧しました。死者9名、逮捕者11名。逮捕者の内、重傷者3名、軽傷者8名」

 シークレットサービスの副局長から報告を受けている間、魔王に化けているブレンヌスは終始無言だった。服に着いたサリンを洗い流す為に、予備の列車に移った時から口を一切開かなかった。


「通関手続きが済み次第、出発しますが……」

「まだ良い」


 初めて魔王が口を開いたので副局長は書類からゆっくり顔を上げた。


「記者に記事を送らせる時間を与える。良いな?」

「畏まりました」


 副局長が魔王の部屋から出ると、ブレンヌスは首元を緩め深いため息を吐いた。


「やっと喋ったと思えば、仰々しい言い方ってどういう訳?」

 背後に潜んでいたニスルがブレンヌスの後頭部を叩いた。

「変わらんだろ?」


 ブレンヌス本人はそっくり真似たつもりで、実際かなり似ていたがニスルは気に食わなかったらし。


「ふんっ!」

「それよりも、カエサリオン様は未だ現れんのか?何時までも列車を足止めできんぞ」

 通関手続きを終えるまで1時間は掛かる。その後、記者達が電報を送る時間が30分と考えると……。


「置いて行く訳にはいかないはね。現れなければ先に進みましょう」

「クソ……」


 いい加減、魔王の影武者をするのに飽きて来たが、このまま魔王が合流しなければブレンヌスが最後まで影武者を続ける必要が有った。




『マズイ事になった。最低でも国境地帯でコンテナを空中投棄してから戻って来てくれ。中身は聞くな』


 出発直前にショーンからコンテナを預かった際に言われた事をジェームズは反芻していた。

 ジェロネ()ズヴェルム(ワイバーン)15匹、竜騎兵に兵士が4人乗れる鞍を載せ大森林を南東に向け進んでいるが、飛竜種の中では小さく速度は遅かった。


到着予定時刻(ETA)まで10分』

 先導する飛竜の後ろに乗る航法士が光信号で到着予定時刻を告げると、インカム越しに竜騎兵が兵士に伝令した。


 トビー山脈まで最短ルートで飛んだが、地上から空を監視している部隊に自分達の事が伝わっているのかヒヤヒヤものだった。通常は飛行を制限されている地域のド真ん中を今正に飛行しており、地上の防空陣地から発砲される可能性が有った。


『正面より発光信号』


 トビー山脈の山頂付近から発光信号が送られて来た。


『ドワーフからの誰何(すいか)だ!返信急げ!』

 国境のドワーフ海軍の通信基地から

 竜騎兵が航法士に命ずると、航法士は正面に信号灯を向け返信を始めた。


 航法士が返信をしている間、ジェームズはコンテナの投下要領を確認し始めた。タイプライターの文字とイラストに混じり、現世での“夫”が仕様変更や補足で書き込んが手書きの文字が入り乱れ、正直読みづらかった。


 夫が経営する銃器メーカーが設計したM3ライフルは人狼の軍隊に広く採用されたが、魔王が次期主力ライフル銃として半自動小銃や自動小銃の設計を各メーカーに指示してから銃以外にも手を広げ始めた。ライバル会社の商品で、カミンスキー重工業の“XM-4半自動小銃”やビスカ工業の“XM-5自動小銃”との採用試験に勝てなかった時に備え、特殊部隊向けの装備の設計も始めたが……。


(本当に動くか?)


 正直、試作品の域を出ないコンテナを投下して作動するのかも心配だが、新商品を国境近くに投棄してそのままで良いのかも気にはなった。


『コード111?確かか?』

 無線機を聞いていた竜騎士がインカム越しに呟くのが聞こえジェームズは視線を前に移した。


『魔王が見付かったそうだ』

 竜騎士は短波無線機で“魔王確保”を意味するモールス信号を受信した事をジェームズ達に告げた。


「引き揚げるな、師団司令部から命令が有るまで作戦を続けろ」

『了解』


 竜騎士が編隊を組んでいる他の飛竜に作戦続行を光信号で告げ、そのまま飛行を続けた。


『ETAまで5分』

 降下開始が迫り、ジェームズはコンテナに装備されたパラシュートの用意を始めた。


『危ない!』

 急に飛竜が身体を捩った。


 振り落とされまいと、必死に鞍にしがみついていると飛竜の真横を飛行艦が通り過ぎた。


「ドワーフに返信したんじゃないのか?」

『アレは陸軍のだ』


 海軍の緑に塗られた駆竜艇と違い、灰色を基調とした迷彩柄の装甲艇だった。


「信号出せ!友軍にヤラれたら堪らん。ってうわ!」

 コンテナの金具が弾け飛び、飛竜から落ちた。




「待て待て待て待てぇ〜!?」

 落ちている事に気付き、カエはコンテナの中で叫んだ。正直、迷惑は掛けたが。此処まで酷い事をされるとは思わず、コンテナのハッチを叩いて外に出ようとした。


「うげっ!」

 パラシュートが開傘した衝撃で頭をハッチに打ち付けたが、急に回りが明るくなったのでカエは目を白黒させた。


「ふぎゃああああああ!?」

 ハッチが外れ、身体を固定していた筈のベルトも外れ魔王は空中に放り出された。

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