魔王の移送準備
「誘拐された筈なのに、何で俺の執務室に居るんだ」
そもそも、この一連の騒ぎの原因が呑気にお茶をしている状況が判らなかった。軍や公安と言った関係機関が“魔王救出”の手柄を挙げようとしているのに、これでは第3師団が陰謀に関わってると他所から思われかねなかった。
「朝から政府高官と列車で移動してたよね。……もしかして乗ってなかったの?」
ショーンに言われてカエは一瞬目をそらした。
「……乗ってなかったのか」
「アルベルトと会ってたんだろ?」
アルトゥルに図星を突かれカエは尻尾をパタパタとさせた。2年も付き合いが有れば、カエが不都合な質問をされ誤魔化そうとしているのは判った。魔王として公務している間は眉1つ動かす事すら稀だが、今の様に私服の時は子供の様な反応をした。
「何で会ってた?」
まるで子供を叱る親の様な口調でアルトゥルに話し掛けられ、カエは観念したのか訳を話し始めた。
「アルベルトに会いたいと言われて昨日から一緒だった」
「アイツと一晩過ごしたのか?16のガキだぞ!」
同い年の弟で自分も16歳だが、その事は棚に上げてアルトゥルは声を荒げた。
「あ、アルベルトは成人でしょ。それに今までも何度か……」
「お前、元々男だろ!妻子も居るのに、アイツと」
アルトゥルの様子から、カエは慌てて口を開いた。
「ちょっと、誤解だよ。今は女性だし、そもそも魔法を教えてるだけだで、接吻だってないし」
「嘘こけ!先週、一緒のベッドに入ってたろ!」
「……服着てたでしょ!」
「あの、ちょっと二人とも良いかい?何か頼み事が有って此処に来たんだろ?先に要件を聞いても?」
痴話喧嘩の様相になり、ショーンは2人を宥め始めた。正直なところ、気にはなるが時間が無かった。
「……アルベルトと会ってる時に監視してくる連中にバレない様にドワーフ領まで運んでくれ」
カエの要請にアルトゥルは渋ったい顔をした後、用心深く窓から外の様子を伺った。
「駅で尾行を巻いたから此処まで追って来てないよ」
「俺の弟を面倒に巻き込んだのか?」
見えるのは飛竜の厩舎と建設途中で工事が止まった滑走路や庭ぐらいで、特に変わった様子は無かった。
「元々、アルトゥルもアルベルトも見られてるでしょ。私が関わったから監視される様になった訳じゃ」
「アイツも監視されてるだぁ?何でだ?」
アルトゥル本人は自宅と職場、出先で尾行や盗聴をされていることは薄々勘付いてはいたが弟が監視されているのは知らなかった。
「いやでもあり得るでしょ、軍にロケット砲や飛行艦の部品を納品してる大企業の社長な訳だし」
ショーンの言うことは十分考えられた。
アルトゥルの提案で会社を起こした際、株式会社化したのだが、結果的にアルベルトの会社は一気に大きくなったからだ。それまでアルベルトが仕事をしていたケシェフの鍛冶ギルドを設立1年目には追い越し、政府が主導する国策企業に並ぶ大企業に急成長した。今では人狼の軍隊で使う銃器の3割を製造し、国策企業と一緒に飛行艦の設計まで行っている。
「そもそも、兄貴が第3師団長で叔父が2年前に反乱を起こしてれば暇な連中が探りに来るわな。……爺様の事がバレてるだろうし」
「やかましい!」
他人事なので割と冷静なショーンに比べ、アルトゥルはイライラしていた。
「俺だって出勤する時は毎回通勤路を変更するし、電話は盗聴されてるから不用意な事は言わねえ様にしてる。仕事の事も家じゃ話さねえし。それなのに不用意に弟に会われちゃ」
「向こうから会ってくれと頼まれて」
「あー、でだ。何で汽車に乗らなかった?そっくりさんが汽車に乗ったみたいだけど考え有っての行動でしょ?」
若干話が逸れ、2人が再び痴話喧嘩を始める前にショーンが話を本題に戻した。
……半分はショーンが原因だが。
「いい加減、監視が邪魔だからブレンヌスに影武者を頼んで同じ時刻に私とニュクス、イシスが人前に居る時間帯に駅から出発して貰った。監視してくる連中がアルベルトと会ってる私が他人の空似だと思えば監視も緩むと思って」
同じ時刻に同じ人物が違う場所に居るのは不可能だ。普段から、顔が同じ事を利用しニュクスに替え玉を頼んでいるのはアルトゥル達も知っていたが、4人目が出て来るとは思わなかった。
「ブレンヌスって声のでけぇオッサンだろ?」
「大男だよね?」
身長が2メートルは有る大男でカエとは性格も雰囲気も真逆なのに影武者をしたと聞き、2人は信じられなかった。
「幻覚?」
「変身?」
「どっちかと言うと変身だけど。電話や念話でアルトゥルにこの事を伝えて誰かに聞かれるのが嫌だから黙ってた」
「で、誘拐されるのも計画の内?」
ショーンの質問に、カエは「まさか」と前置きした。
「今さっき知った。アルターも今回の訪問は了承してるし国内に居るアルターの組織は一時的に活動を停止している。私が狙われるとは」
アルトゥルが何か言おうと口を開けた直後、デスクの上の電話が鳴った。
「後で全部吐けよ」
アルトゥルはそう言うと、デスクの上の電話を取り受話部を頭頂部の耳に当てた。
「私だ。……ご苦労。だが、荷物を追加してくれ。……いや、対戦車ロケットだ。ライバック大尉に届けさせる」
部下相手には訛らずに喋るアルトゥルだが、雰囲気も変わるのでカエは面食らった。
「ショーン、カエを対戦車ロケットのコンテナに詰めて飛竜に乗せろ」
「え!?」
困惑するカエの肩をショーンが後ろから引っ張り、ショーンは執務室の外に連れ出した。
「予備の列車が参りました。移乗して下さい」
親衛隊は魔王のドワーフ訪問に同行していた記者達を予備の列車に移す作業をしていた。
「カメラは没収されると思うか?」
汽車の何人かは襲撃された時に車外の様子を撮影していた。
「フィルムは隠さなかったのか?」
「ああ、しくった」
没収に備えてフィルムを交換していた記者もいたが、食堂車に集められた記者の大半はフィルムを交換する余裕がなかった。
「税関に到着後、通関手続き中に電報を使用可能です」
だが、親衛隊は特に記者から何かを取り上げる様な真似はせず、記事を送るための電報を税関で使えることを告げた。




