闇討ち
〈よせ、撃つな!撃つな!〉
視界が砂埃に遮られる中、誰かが銃を乱射していた。
突然鉱山内に風が吹き荒れたと思えば、突然砂煙が立ち込め、何かが襲いかかってきたのだ。
放たれた銃弾が、天井や床で跳ね返るひどい状況だったが、パニックが広がっているのか手当たりしだいに銃を乱射するので流れ弾に当たる者が続出していた。
そして、砂埃越しに赤い閃光が見え1人が叫んだ。
〈爆発するぞ!伏せろ!〉
アセチレンのタンクに銃弾が当たり、噴き出したガスが引火したのだ。
防護服を着た男が砂埃の間に見え、シークレットサービスの局員が短機関銃を一発放つと防護服を着た男の胸に当たり、男は倒れた。
「中に戻ってるな、排気装置が奥に在る筈だ」
吹き出てきた砂埃が、出て来た鉱山の入り口に吸い込まれるので局員の1人が叫んだ。内部に排気装置が置かれ、其処から空気を吸い出しているのなら、毒ガスは排気装置の方へと移動する。今から入る鉱山の入口には高濃度の毒は存在しない事が考えられた。
それなら、簡易式のガスマスクでも十分対応できる。
幸い、視界が砂埃で遮られている為、襲撃者が持っている半自動小銃の射程内に飛び込めた。ここまで近づければシークレットサービスの局員が持っている短機関銃の方が利があった。
シークレットサービスの局員達は死角から攻撃を仕掛けつつ鉱山の入り口に迫った。
「中から負傷者だ」
砂埃が晴れて来たが、肩を抱えられた負傷者が運び出されて来た直後、再び中から砂埃が吹き出てきた。
〈何が襲ってきてるんだ!?〉
銃を乱射していた仲間が断末魔を上げ、血飛沫が飛んで来た。
〈判らん!〉
サリンは皮膚からも吸収されるので身体を覆う防護服が必至だった。列車に乗っている魔王や護衛が防護服を持っているとは想定していなかった為、サリンを散布したが何かが襲い掛かってきていた。情報には無かったオートマタが居た可能性も有り、急いで排除する必要があった。
〈散水機を作動させろ!〉
出処不明の砂埃で鉱山内の視界が遮られているので、襲撃者達は散水機で鉱山内に舞う砂を水で流し視界を確保しようとした。
〈うわっ!?〉
散水機に水を流そうと元栓に走った男は何かに蹴躓き、地面に倒れた。
〈……ぅあ!?〉
何に蹴躓いたのか振り返ると、砂埃越しに薄っすらと切り落とされた人の脚が見えた。
時折痙攣している脚から顔を背け、這いずりながら元栓に向かったが、今度は真横を走って逃げてきた誰かが、息を漏らすような小さいうめき声の様な断末魔を上げ、目の前に投げ飛ばされてきた。
投げ飛ばされて来た奴は知った顔だった。床に肩からぶつかり、まるで木偶人形の様に仰向けに横たわった仲間は恐ろしい力で無理矢理首を回されたのか、ガスマスクが外れた顔面が背中側を向いていた。
「ん?」
背後で声がしたと思ったら、急に首根っこを掴まれ無理矢理起こされた。
〈ぁ!?〉
喉仏の辺りを力強く握られガスマスクを強引に引き千切られると写真で見た顔だった。
〈ま、魔王……ツェーザル……〉
皮膚に触れるだけで中毒症状を起こす神経ガスのサリンを使った。だが魔王はマスクの類を一切着けず、眉間にシワを寄せながら顔を覗き込んで来た。
“魔王は血が通った生き物では無いのか?”
そう疑問を覚えた男は段々と視界が暗くなり意識を失った。
「コード87だ。魔王様が拐われたとシークレットサービスの連中が電話でやり取りしてる、そっちはどうだ?」
元CIAのレオンは同じ元CIAの知り合いに電話を掛けていた。
『FBI本部にも通報が有った。第3師団と海兵隊が兵を出すとかで詳細な情報を送ってる。それと、妹君のニュクス中将が長官と地下に入った』
元CIAの職員を集められ、対外諜報機関として活動しているが、他の国内機関や新聞会社で情報を集めている内部スパイを何人も派遣していた。
その内部スパイ達が口を揃えて“魔王が列車で移動中だ”“国境付近で誘拐された”と言うのでレオンは参っていた。
「そうか判った。……ああ、ありだとう。今度奢るよ」
受話部と送話部が別れた、一見レトロな電話を机の上に置くとレオンは深くため息を吐き、右手で顔を覆った。
「……いや、無いなあ」
電話の盗聴に使っているヘッドホンを頭頂部の耳に着けた部下が振り向いた。
事の発端はシークレットサービスに潜り込んでいる内部スパイからの連絡だった。
『ジョージが旅行に行く途中に傘を落とした』
シークレットサービス本部が入った合同庁舎近くのレストランからの間違い電話のフリをした連絡だったが、ありえない内容だった。
「やはり魔王様が拐われていると?」
アパートの一室を丸々借り、レオンの部下達5人は電話を盗聴したり、向かいの建物を望遠レンズが着いたカメラで覗いていた。
「ああ、軍も動いてるそうだ」
“ジョージ”は“魔王”を“旅行”は“外遊”を示す暗号だった。”傘を落とした”の意味を考えると誘拐された事になるので関係先に聞きまくったが、どうやら事実のようだったが。
「……ニュクス中将はFBI本部に居るのは良いとして、イシスはドワーフ領で間違いないよな?」
顔が同じで瞳の色しか判断材料が無い、魔王と妹のニュクスの他に人猫のイシスと言う妹が居るが、彼女は在ドワーフ大使館に配置され国内に居なかった。
「ドワーフ側の外交職員と一緒に相撲の観戦に行ってます。ドワーフ側は竜人の子供で、こちら側はトマシュ・ジェワフスキと人馬のエルナも同行しています」
大使館に派遣されているとは言え、具体的に仕事をしている雰囲気はなく、元冒険者ギルド長の孫と人馬の女の子を連れて連日遊び歩いていた。今も港町の吉田で相撲を見ているのは報告が上がっている。
「……3つ子なのは把握してるが」
レオンはいよいよ考えが纏まらなくなり、窓の外を見た。
「じゃ、アレは誰だ?」
向かいの建物の所有者は第3師団のアルトゥル・カミンスキーの弟で、カミンスキー重工業の社長を務めるアルベルト・カミンスキーが所有するアパートだったが建物の窓に見覚えの有る姿があった。
カーテンの隙間からアルベルト・カミンスキーと談笑している魔王が見えるのだ。




