列車の使い方
「……何やってんだお前?」
パンツ一丁の状態のカミルに、親衛隊の大尉が話し掛けた。雪が積もっていても可笑しくない気温の場所で部下が裸同然の格好をしているので心配になったのだ。
「この先に居る見張りを倒そうと」
カミルはバツが悪そうに鉄道の先に視線を移しつつ服を着始めた。
「俺達で何とかする。それより列車は何処に行った?」
シークレットサービスの局員が5人程崖を登り、見張りの死角から近付こうとしていた。
「見てません。この先に居る筈なんですが」
ドワーフ側から来た列車とすれ違ったことを考えると、矛盾する話だが魔王が乗った列車を見ていないのでそう答えるしか無かった。
「この先は単線だろ?どうなってる?」
国境付近の詳細な地図を広げながら親衛隊大尉はボヤいたが、事実、ドワーフ側から貨物列車が通過していたのは大尉も見ていた。
「この先に地図に描かれていない分岐が在るのかもな。複線化工事は未だだが、作業用に資材置場や作業車を入れておく待避線は造られている可能性が有る」
親衛隊大尉の疑問に答えつつ、シークレットサービスの課長は双眼鏡を覗き見張りの2人を監視していた。
「まあ、あの2人に話を聞くか」
ロープを使い崖の上から降りて来たシークレットサービスの局員2人に踏み付けられ、地面に倒れた2人組に局員は銃を突き付けアッと言う間に制圧してしまった。
「手慣れてるな」
「海兵隊上がりだからな」
〈外れた、開けられるぞ〉
一瞬だけ列車のドアを動かし、開くことを確認した襲撃者はドアを再び閉めた。
〈交代する〉
溶断作業をしていた襲撃者達が下がると、代わりに全身防護服を来た男達が作業を続けた。銃を持ち周囲を警戒していた襲撃者達も防護服を着替えた男達と入れ替わる形で坑道の奥へと移動し始めた。
〈慎重にな……〉
交代して作業を始めた襲撃者は、ゆっくりとドアに開けた穴の1つに管を近付け、密着させると磁石で固定させた。
〈っ!?〉
坑道の奥に行こうとした襲撃者の1人をクゥイントゥスが後ろから羽交い締めにし首を閉めた。
(っと……)
人目に付かないように引き倒し、意識を失ったのを確認するとベルトを外し縛り上げた。
(何だろな?)
坑道の3,4ヶ所に散る形で交代した襲撃者達の中には防護服を着込んで戻ってきており、見える範囲では全員が防護服を着込んでいた。
〈よし良いぞ!〉
〈排気装置稼働〉
1人が電話機に指示を出すと、奥の方で機械の駆動音が鳴り響き、音がする方向に風が流れ始めた。
『作動良好』
〈流せ!〉
「何処の誰だ?答えろ」
見張りをしていた2人組を後ろ手に縛り上げ、シークレットサービスの局員は尋問を始めた。
〈何処から来た?〉
2人共人間で、1人は金髪なのでアルターの出身だと見た目で判ったので、ドイツ語が判る局員が聞き直したが2人共押し黙ったままだった。
「全然喋んないな」
尋問とは別に、4人掛かりで2人が持っていた荷物を調べているが、アルター人民軍の軍装品で間違いなさそうだった。ドイツ語で注意書きされた懐中電灯にラジオ、アルターの国営企業の刻印が彫られた半自動小銃にナイフ等だった。他にも雑嚢に個人携行されている包帯や消毒薬、私物なのかコーヒーガムにチョコや飴がある程度だった。
「ん?」
そんな雑多な物に紛れ、革製のケースに薬品が入った注射器が収められていた。
「Atropin……アトロピン?」
使用済みか判断できるように、ケースは紙製のシールで封がされ、中の注射器も紙製のシールが貼られていた。
「何だそれ?」
「さあ?」
「抗生物質か?」
各情報部がこぞって出している“軍装品の解説本”にも描かれていない物なので4人共コレが何なのか判らなかった。衛生兵が持っているとされる抗生物質に似てはいたが、見張りが2人共衛生兵だとは思えなかった。
(斥候の話だと、この先に歩哨がたっている鉱山と鉄道の線路が在ると)
尋問中の課長にシークレットサービスの局員が耳打ちした。
(近いか?)
(すぐ近くです、本線から列車を引き込んだ可能性が高いと)
課長は捕まえた2人を見てから1人の首根っこを掴んだ。
「何を?」
急に課長が動き始めたので尋問していた局員は驚いた。
「訳せ。……あの音が聞こえるか?」
「……Hörst du?」
課長が指差したドワーフの領地方向から汽車の汽笛が聞こえてきた。課長は線路脇に男を座らさると縄を手に取った。
「魔王様を何処に連れて行った?」
課長は男の両足に縄を結び付け、線路脇の電信柱に縄の反対側を結び付けてから首に縄を掛けた。
「何処に連れて行った?」
更に背中を蹴り、男を横にすると首に縄掛けると縄をレールの下に潜らせ、男の頭がレールの上に来るように縄を引っ張った。
「あ、ちょっと」
真っ当な政府機関がやるような事では無く、まるでマフィアの手口だった。男は線路に頭を固定され汽車が来る方向を見続ける形になった。
〈何を!?〉
課長が縄を思いっきり引っ張り男の首が締まった。
〈……!っが!〉
自分の首の骨が軋む音と、レールを通じて伝わってくる列車の振動が聞こえてきたが気道を塞がれ声が出なかった。
オマケにレールが冷えているので顔面が段々と麻痺して来た。
「やり過ぎです」
「吐けば助けるさ」
人が言い争っている声が聞こえているが、レールから伝わる音が段々と大きくなり、それしか聞こえなくなってきた。そして、カーブの先に汽車が見えた男は恐怖に負け、叫び始めた。
〈答える!外してくれ!〉
何とか声を振り絞り精一杯叫んだが、首に掛けられた縄が緩む事は無く、益々首に食い込む感覚があった。
〈…!あ……あ゛ー!〉
必死に叫ぼうとしたが、息を吸うにもやっとな程締め付けられ視界が歪み始めた。
意識を失うか、死ぬ直前だったか。
急に縄が緩み、男は無理矢理起こされると汽車が警笛を鳴らしながら背後を走り去った。
「話してくれるか、そうか。そりゃ良かった!」
満面の笑みの課長の顔が見えたが、男は恐怖で膝が震え、自力では立てなかった。




