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廃鉱山

〈連結解除、バックさせろ〉


 薄暗い坑道に停車した魔王が乗る列車とディーゼル機関車の連結が解除され、ディーゼル機関車がゆっくりと後退し始めた。


(今)


 暗闇に紛れ、ネズミに化けたニスルとクゥイントゥスは列車の下から人気がない坑道の奥に身を隠した。


(鉱山ですかね?)

 列車とは別の鋼鉄製のレールが奥に伸び、ロープが結び付けられたトロッコの車列が並んでいるのが見えた。

(みたいね。でも、鉄製のレールか……)


 ビトゥフとカエサリアの間に銑鉄を製造する高炉と粗鋼を製造する転炉、それらを製品化する製造ラインを有す官営の製鉄所が建設中なのをニスルは思い出した。


商標(ロゴ)は……)

 ニスルはネズミに化けた状態のまま、レールの端に製造会社のロゴが無いか確認し始めた。


 人狼の領地では他にも小規模ながらも転生者達が高炉を造り鉄製品の製造をしていたが、レールに使う鋼鉄は少数の民営製鉄所が細々と造っており、殆どが西のドワーフ領や東のゴブリン領等から輸入された物だった。


(船のマーク?船会社かしら?)

 帆船のマークが彫られていたが、見覚えの無い物だった。



〈切り替えたぞ!前に出せ!〉


 ディーゼル機関車が入り口方向に消え、代わりに手漕ぎトロッコに押された長物車がゆっくりと近付いてきた。


〈5メートル!〉

 長物車の先頭に立つ男が叫ぶと、手漕ぎトロッコを漕いでた男達は漕ぐのを止め、惰性だけで長物車と手漕ぎトロッコは進み続けた。


〈4メートル!……3メートル!〉


 ニスルが顔を出し、長物車を見るとガスボンベが幾つか乗っているのが確認できた。


〈2メートル!〉

 魔王が乗る列車まで残り2メートルだと告げられ、手漕ぎトロッコに乗っている男がブレーキを掛た。


〈1メートル!〉

 徐々に速度が落ちつつも進み、とうとう長物車の連結器が魔王の乗る列車に当たった。


〈停止!〉

 数十センチ前進したが、3両とも完全に停止した。



「っとと……」

 一瞬動いた車内では、冷蔵庫からアイスクリームの容器を取り出そうとしていた人猫の少女がよろけていた。

「あら!?」

 そのまま後ろに倒れ、膝立ちの状態で車外の音を聞いていた人猫の少年の後頭部に臀部がぶつかり、そのまま頭の上に乗る形で2人共倒れた。


「ごらぁ!ユカ!何やってんだ、お前はよ!」

 顔面から床に突っ伏した状態で少年は叫んだ。


「だって勿体無いじゃん」

 全く悪びれる様子を見せず、ユカと言われた人猫の少女は両手で抱えているアイスクリームの容器をしげしげと眺めていた。


「退けよ!」

 後頭部に乗るユカを掴もうと両手を伸ばしたが、ユカは器用に飛び上がり、少年の両手は虚しく空を切った。


「セプも食べる?」

 そのまま退けばいいものをユカは少年の背中に飛び乗りアイスクリームを食べるか聞いてきた。


「何をだよ!?てか、降りろってんだ!」

 ようやくセプの上からユカが退き、頭頂部の耳がイカ耳状態になり尻尾もパンパンに膨らんだセプはユカの方を振り返った。


「アイスクリーム」

「……!?寄越せ!」


 セプが掴みかかろうとしたが、ユカはアイスクリームの容器を放り投げ、再び身体を躱して避けてみせた。いきなり目の前に飛んで来た容器を一度は掴みそこねたが、二度目に掴んだセプは容器をしげしげと眺めた後、ユカが何処に行ったか辺りを見渡すと冷蔵庫の前に居た。


「サイダーは?」

 ユカはリンゴが描かれた瓶を手に取った。

「いや、酒じゃん」


 英語風に“サイダー”とユカは発音したが、手に取った瓶はシードル(リンゴ酒)だった。


「別に良いでしょ」

「いや、それは駄目だろ」

 

 外では襲撃者達が忙しく作業しているのに、この2人は何処かのんびりしていた。

 




 外ではアセチレンガス切断機に火が付けられ、ドアを焼き切る作業が始まっていた。


(無理矢理入るみてぇですね)


 ドアが分厚い事もあり、一箇所に火を当て続けた作業に当たる襲撃者が一度作業を止め、切断面を確認し始めた。


〈どうだ?〉

〈ラッチ部分だけやりますが、結構掛かります〉


 分厚い鋼鉄製の扉の中、4ヶ所に真鍮製のラッチ()が設置されており、内側のレバー操作でロックされることを襲撃者達は知っていた。


〈よし、急げ。もう追手が迫ってるらしい〉


(内通者かしら?)

 どうも、コチラの動きを知られているようなのでニスルは心配になった。2年前に魔王が召喚された直後は、アチラコチラにアルター側のスパイや内通者が居たが、摘発を強化されてからは大規模な破壊活動は起きていなかった。


(……時間が掛かるみたいだから中を調べましょう。クゥイントゥスは入り口の方を見てきて。私は奥の様子を見てくる)

(へいっ!)





「寒ぅ!」

 結局マリウシュに押され、カミルは親衛隊の制服を脱ぎ始めていた。

「頑張れ、直ぐにモフモフ状態になって温かいから」

 線路脇の岩に腰掛けているマリウシュは口から白い息を吐きながら見守っていた。


 幼馴染とは言えこの男、中々のサディストである。


 標高3000メートル級の山々が連なるトビー山脈の中では比較的標高の低い部分を通る鉄道沿いだが、それでも国境付近は標高1500メートルをとっくに越えていた。いくら狼男化すれば毛が生えるとは言え十分に寒かった。


「うるせ!」


 そして、一番厄介なのがマリウシュ本人に一切悪気がないのとカミルが押しに弱いことだ。良くも悪くも凸凹コンビで、それ故に2人は息は合うが、その分若干トラブルメーカーであった。


「っ!?」

「わぁっ!?」


 カミルがパンツに手を掛けたタイミングで2人は口を塞がれ茂みに引きずり込まれた。



「誰だこいつ?」

「変態か?」


 首筋に刃物が当たる感覚に驚き、カミルが股間に尻尾を巻いているとスーツに防弾チョッキを着た男達に囲まれていた。


「おい!議長だ!」


 遠くで叫ぶ声が聞こえ、カミルの首元に当てられていた刃物が外された。


「ジェリンスキ中尉か?」

「違う、少尉だ」


 カマを掛けて、違う階級で話し掛けたが、カミルが訂正したので男達はカミルの拘束を解いた。


「シークレットサービスだ……なんで裸に?」

「……服を着てから話すよ」

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