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呑気な2人

「止まったな」


 列車が何処か暗い所に入り、暫く進んでから停車したので魔王が部屋から出てきた。


「どうする?」

 人猫の女は通路に置かれた休憩場所の椅子に、人猫の少女と座りながらノンビリ紅茶を飲んでいた。


「ふん……。ニスル、お前はクゥイントゥスと外に潜んでおけ」

「へいっ!」


 車両の後ろから名前を呼ばれたクゥイントゥスが走って来た。


「で、何処から出ます?」


「便所の床板が外れるだろ!さっさと行ってこい!」

「へいっ!」

 魔王に怒られ、クゥイントゥスはドカドカと足音を残しながら車両の前部に在るトイレに走った。


「ったく……」

「で、どのタイミングで仕掛けるの?」


 ニスルと呼ばれた人猫の女が魔王に質問した。


「外の奴らが入って来たら派手にやれ」

「ふーん、派手にね……」





「ジェリンスキ少尉とレフ議長の2人が行方不明だ?少尉は前の車両に行ってたが、誰か見てないか?」

「確認してきます」


 カミルとマリウシュが居ないのが、親衛隊指揮官の元に漸く報告された。


「彼奴等、どこ行きやがった?」

 ポーレ族で有名な商人一家の長男坊であるカミルとポーレ族部族長の末っ子だったマリウシュの悪童っぷりを知ってる指揮官は頭を抱えた。

 子供の内から、魔王城の中で入っては行けないと言われる場所に勝手に入るわ、宝物庫から魔法具を持ち出すわ、手を焼かされてきた。成人し、軍に入った今のカミルと部族長になった今のマリウシュからは想像できんが。


「隊長!シークレットサービスの局員が目撃してました!列車が切り離された直後に、厨房車から飛び降りたそうです」

「あの糞ガキ……」


 カミルはどうでも良いが(良くはないが)、議長のマリウシュが行方不明なのは大問題だった。指揮官はどうするか考え始めた。




「ビトゥフに待機してる予備の列車が来るそうだ、記者達をそっちに移す準備をしよう」

 暗号無線で指示を受け取ったシークレットサービスの指揮官が親衛隊の指揮車両に顔を出した。


「移したところで、魔王様はどうする?」

 魔王が乗っている列車に不具合が有った時に、速やかに移乗出来るように同じ編成の列車が最寄りの駅で待機している手筈なのは親衛隊の指揮官も知っていた。

 だが、肝心の魔王が居ない状況で発車したところで,

この場を離れる訳には行かなかった。


「応援部隊とさっき追い掛けたうちの局員達で対応しろだと」

「待った、うちの部隊からも人員を出したい。レフ議長とジェリンスキ少尉が魔王様の列車を追い掛けて行ったらしい」

「ああ、構わんが、うちの指揮下に入って貰う。良いか?」


「副局長!カエサリアからHF(短波)で暗号文が届きました」

 シークレットサービスの指揮車両から通信士が1人、シークレットサービスの指揮官の元に走ってきた。

「今行く」

 指揮官は首からぶら下げていた鎖付きの鍵を通信士に渡すと、通信士は指揮車両まで走って戻っていった。


「コチラからは1個班出す。後を追った連中はレール沿いに登って行ったのか?」


 通信士の後を追い、指揮車両に戻るシークレットサービスの指揮官に親衛隊の指揮官は叫んだ。


「ああ、そうだ。だが、彼奴等海兵隊上がりだから、急がないと撒かれるぞ」




「鍵だ」

 鍵を受け取った通信士は指揮車両の通信室に戻ると鍵を同僚に渡した。


「1,2,3」

 先に自分の鍵を金庫に差していた部長は鍵を受け取った通信士も金庫に鍵を差したのを確認すると部長は3数え、通信士と一緒のタイミングで鍵を回し、解錠すると金庫の扉を開けた。


「読み上げるぞ」

 部長がガラスケースを取り出し、ハンマーで割ると中に2つ折りの状態で入っていた赤い紙を取り出した。


「ノーベンバー、ズールー、シエラ、キロ、マイク、ホテル」

 部長が赤い紙に書かれたフォネティックコードを読み上げると、通信士が打ち出された暗号文の末尾に記載されたフォネティックコードを読み上げた。 


「ノーベンバー、ズールー、シエラ、キロ、マイク、ホテル、合ってます」

「確認は?」

「正規の電文です」


 万が一、誰かに暗号が解読され。偽の暗号電文を送られて来ても大丈夫な様に、確認用のアルファベットの文字列が合っていなければ命令は受理されない仕組みになっていた。確認用の文字列は、それぞれの通信室の金庫に入れられ、指揮官ともう1人然るべき立場に在る人が持つ鍵でなければ開けられない様に管理されていた。


「長官からか」


 送信者を確認するとシークレットサービスの指揮官は解読された電文を黙読し始めた。

「そうだ、魔王様を探索に行った連中に、“親衛隊が1個班、そっちに向かう”と連絡しといてくれ。レフ議長と少尉が列車を追い掛けていったらしい」

「了解」




「追い越した……様には思えないなあ」

 登って来た線路を眺めながらマリウシュは呟いた。

「でも、あっちはドワーフとの国境、向こうの警備隊が気付くと思うけどな」


 頂上が近く、峰を走るため殆ど傾斜が無くなった線路の先を見ながらカミルが答えた。


「……カミル、あの2人を何とか出来ないか?」

「何とかって?」


 カミルが振り向くとマリウシュは真顔で答えた。

「そりゃ、兵士なんだから」

「……無茶言うな。相手は半自動小銃を持ってるのに俺は拳銃と短剣しか持ってないんだぞ」


 カミルに言い返されたが、マリウシュ本人はいたって真面目に提案したようだった。暫く押し黙りながら何か考えている様だった。


「あ、そうだ。狼男化して襲えば行けるんじゃないか?」

 マリウシュの提案に、カミルは嫌そうに耳を倒した。


「ふざけんな。こんな寒いのに素っ裸にさせる気か!」


 マリウシュが言った狼男化は、2年前まで獣人症と恐れられていた人狼が狼男になる呪いだった。カミルが2年前、偶々魔王の目の前で狼男に噛まれ、狼男化したので伝染病ではなく呪いだと判ったのだが、未だに伝染病だと噂が立っているのでカミルは狼男になるのは正直嫌だった。オマケに身体が大きくなるため、衣服を全部脱いで変身するので余計に寒い山脈の上で変身したくないのだ。


「別に良いだろ、変身すれば毛だらけになるんだし」


 一方のマリウシュは相変わらず呑気な様子だった。

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