爆弾テロ
「大変だ!カエサリアで爆弾テロだ!」
証拠資料をFBIのロゴ入りの木箱に収め、撤収作業をしていたFBIの捜査員達に、電話を掛けるために公衆電話まで行っていたダニエルが叫んだ。
「何処がやられた?」
「セントラル・ホテルと劇場、他でも爆発したかもしれないそうだ」
今日は戦勝記念日として政府が定めた祝日-Federal holidays-で、街には市民が大勢居る。その状況下での爆弾テロだとしたら、被害が大きいのは容易に想像できた。
「俺達はどうする?上からの指示は?」
カエサリアでのテロ事件であれば、ケシェフのFBI支部にも応援の指示が来ても可笑しくはなかった。
「未だ無いが、早く引き揚げたほうが良さそうだ」
「重傷者だ、右大腿部に裂傷が2ヶ所」
怪我の程度を示すトリアージタグを手首に着けられた重傷者が、カエサリアの中央病院に運ばれて来た。
「何処からだ?」
今まで100人近い負傷者が荷馬車で運ばれてきたが、今運ばれて来たのは陸軍学校の制服を着た生徒だった。
「ガイウス・マリウス陸軍学校近くの公園からだ。向こうでも爆発したらしい」
陸軍学校はカエサリアの郊外に在り、馬車で30分も離れた場所だった。
人狼部族の何処かに市民権が有れば、種族を問わず15歳から20歳の男女が入学でき、3年間の教育課程終了後に下士官候補として部隊に配置されるか、部外者と同じ陸軍大学校の入試を受けるか選ぶことができた。
「軽傷者は向こうで治療してるが、重傷者は設備がないから搬送する事になった」
生徒と職員を合わせると500人近い人員が居るので、学校内に診療所を設けられているが、本格的な手術は不可能だった。
「後、何人来そうだ?」
「10人以上は。全員赤タグだ」
集中治療室のスタッフは既に手一杯で、病院の外にも処置待ちの患者で溢れていた。
「中央病院に負傷者が搬送されてますが、処置が追い付いていないようです」
右眉に出来た切り傷に絆創膏を貼って貰いながら、ニュクスはホテルの前に衛生隊が設営したテントの中で報告を受けていた。
「師団から軍医と衛生兵を派出させて。移動には飛竜を使って速やかに行って」
幸い死者は出なかったが、師団長付きの幕僚として同伴していた士官の半数近くが爆発に巻き込まれ、第2師団の命令系統も混乱していた。
今、ニュクスが指示を出した相手も、普段は馬車の御者を担当している兵卒で人が居ないので緊急で司令部要員に入れられていた。
「終わりました」
「ありがとう、他の負傷者の手当をお願い」
師団長のニュクスが最初に治療を受けたが、テントの外には一般人を含め、重傷者が控えていた。
ニュクスは目立たぬ様にテントの裏から出ると、現場検証をしている各機関の捜査員の間からランゲの元従士だった双子が現れた。
「ニュクス様、FBI長官が本部でお待ちです」
「ありがとう」
治療中のランゲの代わりに副管業務を代行していた2人に礼を言うと、ニュクスは3人で爆発が有ったホテルを右手に見つつ瓦礫が散乱した通りを歩きFBI本部へと足を進めた。
(一体誰が?)
FBIを始め、転生者の諜報組織や公安組織を競わせテロの情報を集めさせているが、今回のテロについては一切情報が無かった。それどころか、アルターの中枢に潜り込ませている内通者からの報告も無い状態だった。
「師団長、この先は危険です」
ホテル爆発現場を調べていた、師団の工兵隊に呼び止められた。
「何か有ったの?」
「地下に空洞があります、崩落の可能性がありますので」
「空洞?」
爆弾の残りが見付かったのかと思えば、意外な答えにニュクスはホテルの方を見た。
「地下の倉庫や建設中の地下鉄ではなく?」
ホテルの地下にシーツなどを洗うリネン室や倉庫が在る事をニュクスは知っていた。
「詳細は不明ですが、地下に続く階段の途中から空洞が存在します。底が見えないので、投光器を取り寄せて詳細を調べるまでは危険ですので」
完成から1年も経っておらず、基礎は鉄筋コンクリートで固めてある筈のホテルの地下にいきなり大空洞が出来るとは信じられない話だった。
「判ったは、迂回します」
通りを横断し、隣の通りへとニュクスは急いだ。
「爆発で……でしょうか?」
「いや、爆発なら土砂が地上に出てる筈でしょ。消えたんじゃない?」
ランゲ曰く、元従士は兄の方が転生者でしっかりしているが、弟の方は何処かのんびりしているそうだが。
「いや、そうかも知れないけど、1階部分が吹き飛んだんだ。爆発で地下に落っこちた可能性も有るでしょ」
正直、今喋っているのが兄の方なのか、弟の方なのかニュクスには判らなかった。
「地下に前から空洞が在ったって考えてるの?無いんじゃないの?カエサリアを建てる時に魔王様が徹底的に調べてたでしょ」
「かなり深い場所だから気が付かなかった可能性も有るでしょ」
2人が話してるのを聞き流しつつ規制線を越え、野次馬の間を抜けながら通りを進むと、地下鉄の工事現場が見えてきた。
「ん?」
トンネル工事の為に、通りの真ん中に開けられた穴にも野次馬が混じっていた。
「何かしら?」
様子を見ようとニュクスは背伸びをしたり、その場で跳ねたりしたが、身長が低いので何が起きているのか見えなかった。
「むっ……」
普段なら副官のランゲが持ち上げてくれるが、一緒にいるのは双子だった。
「あ……」
「持ち上げます」
ニュクスの様子に気付いた双子が2人がかりでニュクスを持ち上げると、ようやくニュクスは中の様子を見ることが出来た。
「水?」
頭一つ分飛び出たニュクスが見たのは、トンネルが完全に隠れる程の泥水が工事現場に溜まっている様子だった。
「下ろして」
下ろしてもらったニュクスは周囲に兵士が居ないか周りを見渡し、目に入った警官に近付いた。
「あの、水が溜まってますけど何があったんですか?」
将官の軍服を着ている少女に話し掛けられ、警官は驚きつつも緊張しながら答えた。
「ホテルで爆発が有った直後に水が吹き出したんです。今日は工事はしてないのにいきなり」
転生者の将軍や、部族のお偉いさんの子息が将官をしている例が有るのを知っていた警官は知っていることを全てニュクスに伝えた。
「そうでしたか、ありがとうございます」
FBI本部に向け足を向けるとニュクスは双子に耳打ちした。
「爆発と関係がありそうだから調べておいて」
「「了解」」
「どうしたものか」
魔王が乗る列車が襲撃者達のディーゼル機関車に連結され、東の方へと走り始めた。
「応援を待つしか無いだろうけど」
カミルが振り返った坂の先に親衛隊やシークレットサービスが乗った後続車両が居る筈だが、随分下ったのか来る気配がなかった。
「追い掛けるか」
「いや、なんでよ」
たった2人。オマケにマリウシュは本当にペンしか持っておらず、カミルは拳銃と短剣しか持っていないのだ。
「何処行くか探らないと」
「何処行くって……ああ……」
“んなもん、レールを辿ればいいだろ!”とカミルは言い掛けたが、この先に在る国境の検問所に行かずに何処かに行かなければ逃げられないのは明白だった。
「行こう、見失うと大変だ」
とは言え、2人だけで追うのは危険だと尻込みするカミルを他所に、マリウシュは目立たないように草むらに隠れながら後を追い始めた。
「全く……」




