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爆弾

「いえ、魔王様はカエサリアには……」

 カエサリアで行われている内戦の終結式典を警護している地元警察に、暗殺計画を報せる電話が掛けられた。


「所在についてはコチラでは把握はしていません」

『今日の式典に参加の予定は?凱旋門落成式に出るとばかり』


 度々、魔王の暗殺計画が発覚するが魔王が物々しい警護を嫌うので予定は一部の者しかしらない。オマケにその日の予定で警護を担当する機関も変えるので把握が難しかった。魔王の秘書官をしているエミリアに聞くという()も有るが、魔王の邸宅に在る秘書官のデスクに電話しても誰も出なかった。

 なので、FBIのダニエルはカエサリアでの式典に魔王が参加していると踏んで地元警察に電話したのだが。


「昨日、予定の変更を秘書官のレフ神官から受けましたが詳細までは……。ええ、妹君のニュクス様が代わりに出席し、警護も第2師団が行うと」

『元々は何処の機関が魔王様の警護を?』


「……そちらの御仲間のシークレットサービスが担当してます」




「外に出てブレーキを掛けろ!」

 魔王が乗る2両目と切り離された事に気付き、指揮所に居たシークレットサービスの指揮官が部下に指示を出した。


「援護を」

「1,2,3」

 拳銃を抜いたシークレットサービスの一人が先に外に面した通路に出てもう一人が後に続いた。


「クリア!」

「クリア!」


 切り離された列車側には襲撃して来た兵士は居なかった。

「右に在る」

 シークレットサービスの一人は拳銃をズボンに差すとブレーキレバーを引っ張りブレーキを掛け始めた。



「3両目で誰かブレーキを掛けてる」

 4両目と3両目を結ぶ通路に出ると、前方からブレーキ音がするのにマリウシュが気付いた。


「俺達もブレーキを引こう、マリウシュそっちのを頼む」

 カミルが4両目のブレーキを引き、マリウシュに3両目のブレーキを引くように頼んだ。

「……駄目だ、止まる気配がない」


 車両の前後に2つブレーキが着いており、3両目の2つのブレーキと4両目の前部のブレーキ、合計3つのブレーキを作動させたが、速度は落ちるどころか加速を続けた。


「飛び降りよう」

「はぁ!?」

 マリウシュが通路の柵を乗り越え視界から消えた。


「あいつ、マジかよ」

 議長のマリウシュを一人に出来ないので、カミルも嫌々ながら列車から飛び降りた。





「師団長、ちょっと」


 凱旋門の落成式と戦勝記念のパレードの出席を終え、第2師団が借り切っているホテルに到着したニュクス達一行がロビーに入ると留守を預かっていた当直士官が近付いてきた。


「何か有りましたか?」

 通常の報告であれば、ニュクスの控室として借りているホテルの1室に入ってから報告をする手筈だが、当直士官は人目を気にしつつ報告を上げた。

「魔王様の暗殺計画が判明したとFBIから連絡が」


 当直士官が声を潜めながら内容を告げると、ニュクスは無表情のまま前を見ていたが、微かに耳が動いた。


「詳細は入って来てるかしら?」

「詳しい事はまだです。ですがFBI本部で長官がお待ちです」

 30分後には政財界の要人と此処のホテルで昼食会が予定されていたがニュクスの判断は早かった。


「今からソチラに向かうとFBIに連絡をして。それと昼食会の開始を1時間後にずらして」

「了解」

 兄である魔王の代理として、政財界とのコネクション作りと維持をする必要があるが、緊急の案件ならば開始を遅らせてでも此方が出向いて説明を聞いた方が良いだろうと、FBI本部に向かう判断をした。


 FBI本部はこのホテルと同じ通りに在り、徒歩でも5分程度の距離だった。ニュクス一行は踵を返しホテルから出ると、ニュクスともう一人士官が乗って来た馬車に再び乗り直した。

「情報は入ってないわよね?」

 馬車が動き出すとすぐに、副官として使っている元騎士団長のランゲに尋ねた。

 2年前の内戦ではカエの近くに置かれ、未だ軍が部族の私兵や傭兵が主だった時期に組織を纏めるのに貢献してくれた。今も、騎士団時代の人脈から手に入れた情報を入手しているのでニュクスは全幅の信頼を置いていた。


「何も有りません。奴隷解放戦線(FELN)の残党も動きを見せていませんし、他の組織も……」


 馬車が通りに出て左に曲がり始めた時だった。


 ホテルで爆発が有り、爆風でニュクスが乗った馬車にも襲いかかった。


「きゃ!」

「危ない!」

 爆風でガラスが馬車の窓ガラスやホテルから飛んできた破片が飛び込んで来ると感じたランゲが反射的に席を立ち、小さいニュクスの身体に覆い被る。背中に何かが刺さった感覚は有るが、未だ痛みは感じない。ランゲは扉の方を振り向くと、馬車が倒れ始めていた。


「何が!?」

「爆発です」


 ニュクスが怪我をしないように身体を密着させると、馬車は完全に横転した。


「〜……!?」

 抱き抱えているニュクスが無事なのを確認したら、背中一帯で鈍い痛みが広がった。


「ランゲ……無事?」

「何とか」

 耳を澄まし、外で銃撃戦などが起きていないかランゲとニュクスは確認した。


「……怪我してる」

 ランゲの背中に手を伸ばすと生ぬるい感覚が有り、指で擦ると血だと判った。

「かすり傷ですよ」


 誰かが走り寄る音が聞こえ、しばらくすると声がした。


「「ランゲ様!ニュクス様!ご無事で!?」」

 騎士団長時代にランゲに着いていた双子の従士達だった。


「ニュクス様は無事だ、外は?襲撃は終わったか?」

「ホテルの中が爆発しただけです」

「他は動きがありません」




「マリウシュ!飛び降りてどうするんだ!」

 列車は遥か後方に下っており、応援は直ぐにはやって来れない。


「何をするか確認しないと」

「俺らだけでか?俺は拳銃と剣しかないし、お前はペンだけだろ!オマケに自分が議長だって判ってるのか?警護されなきゃいけない奴がなんで襲撃者に近付くんだ!」


 今でこそ各人狼部族を取り纏める議会の議長をしているマリウシュだが、そもそもカミルが所属するポーレ族の部族長だ。万が一の事があれば他のレフ家の者がポーレ族の部族長になるが、跡を継げるのはエミリア一人だった。


「部族の掟だ。魔王様を護るのがポーレ族と部族長の使命だ。黙ってみてられないよ」


 転生者の急増で、今までの価値観が重要視されることが少なくなって来ていた。部族間の因縁もこの数年で盛り上がってきた新国家への移行熱に当てられ無視されつつ有り、伝統として根付いてきた行事も忘れされようとしていた。


「新しく議長になっても部族長の責任は変わらない。無駄死にになろうとも何とかしないと」


 戦争が始まる前まで父祖たちが護って来た部族の誇りを一度は神聖王国に傷付けられ、魔王降臨後は魔王の配下として責務を払ってきた。

 此処でまた、部族の最後の誇りである“魔王の守護者”としての責務を果たせなければ、残ったポーレ族達は二度と立ち上がれなくなるだろうと、マリウシュは思っていたのだ。


「何か来た」

 聞き慣れないディーゼルエンジン音が前方から聞こえ線路脇の茂みに2人が隠れ様子を窺うと、魔王が乗る列車の脇を通り峠を下っていった。


「そうか、ココは複線区間だから後ろに連結するのに下っていったのか」


 しばらくすると、魔王が乗る列車が走る線に入って来たディーゼル機関車が2両目の魔王専用列車と連結され後ろに牽引し始めた。


「何処行くんだ?」

 この先は峠を下りきると単線区間に入るのでこの時間帯はビトゥフを通過して来た後続の貨物列車とぶつかる事になる。

 そうなると前に行く必要があるがゆっくりと峠を下り始めた。


「さっき見たく、レールを切り替えて何処かに行くんだろうな」

 走行している間に、先頭に連結されていた蒸気機関車2両のボイラーが爆発し中から蒸気を通す管や煙を通す管などが飛び出した。


「足止めか」


 直ぐに後を追えないように、蒸気機関車を破壊したのだ。

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