峠
「どいて!」
3両目に向かう扉の前に立っていたマリウシュとカミルを押し退け、人猫の若い男が扉に鍵を掛けた。
「前部施錠完了!」
見た目こそ一般的なガラス窓付きの扉だが非常に分厚く、中身は飛行艦の与圧扉と同じ物で、内側から施錠すれば扉の四隅で真鍮製のピストンが伸びロックされ空気も遮断される代物だった。
「うわ!」
側面の扉の外に現れた迷彩服姿の男と窓越しに目が会い、マリウシュが叫んだが、扉の外側から鈍い音がした後、男が見えなくなった。
「Scheiße!」
扉の見た目に騙され、扉越しにマリウシュを撃った兵士だったが、銃弾が跳ね返り自分の方へ破片が飛んできた。
〈どうした!?〉
〈弾が跳ね返った。ただの扉じゃないな〉
砕けた鉛玉が左腕の上腕部に当たり、迷彩服の表面が破けたが、幸い出血はしていない様だった。
〈吸着地雷を〉
他の兵士から三角錐状の対戦車地雷を受け取ると、兵士が扉のケッチ部分に張り付けた。
「磁気地雷だ!」
様子を窺うために扉の窓から外を見たカミルが叫んだ。
磁気で装甲板に張り付き、モンロー・ノイマン効果で装甲を貫通する、対装甲兵器だった。
「隠れろ!」
爆風で扉の装甲板が車内に吹き飛んでくるので身を隠す必要があった。
カミルは事情が飲み込めないマリウシュの肩を掴むと物陰に隠れたが。
「?」
「君もだ!」
警護担当のシークレットサービスの職員をしている人猫の若い男も、“磁気地雷”がなんだか判らずその場に立っていたが、カミルが慌てて物陰に引き込んだ。
〈伏せろ!〉
キャップを外し中の索条を引いた兵士は信管が作動したのを確認すると吸着地雷から離れた。
5秒後に吸着地雷が爆発し、兵士達が扉に近付いたが、吸着爆弾を仕掛けた場所の塗装が剥げ、焦げ茶色の金属が表面に見える様になっただけだった。
〈硬ぇな。何ミリ有るんだ?〉
銃弾を受け付けない事から、装甲が施されているのは判っていたが、吸着地雷が効かないとは流石に思わなかった。
〈まあ、良い。魔王は2両目だ〉
他の列車に用は無かった。邪魔をされなければどうでも良かった。
〈前に行くぞ〉
連結器が一斉に音を立て、列車がゆっくりと動き始めたので兵士達は前へ移動を始めた。
「来た来た来た!何で俺が居る時に来んの!」
2両目の魔王専用車から様子を見ていた親衛隊のクゥイントゥスは真っ直ぐ向かってくる敵兵を見て慌てて頭を下げた。
「どうしたの?」
人猫の女性が、奥の魔王の部屋から顔を出した。
「姉御、彼奴等よその列車を気にしないで真っ直ぐこっちに来ますぜ」
車両は全部同じデザインで、編成も日によって変えているので何処に魔王が居るか判らない筈だった。それなのに襲撃した兵士の殆どが2両目に集まって来た。
「内通者かしら?まあ、他の人に迷惑が掛からないから良いんじゃない?」
呑気な様子の人猫の女性は、魔王の部屋に戻った。
「鍵掛けてなさい。あと、入って来たら適当にあしらっといて」
「何アレ?」
カミルに言われるがまま、物陰に潜み床に伏せたが、大きな音がした以外は何も起きなかったのでマリウシュは耳から手を離し耳を澄ませた。
「アルターが使う爆弾だけど……効かなかったのか?」
車体が揺れ、列車が進み始めたのがカミルにも判った。
「本当は大穴が開く筈だけど。こりゃ、魔王様が気絶する位じゃないか」
雷の音や銃声で気絶した“前科”が有る魔王ならこの騒ぎで気を失っている恐れが有った。
「君、4両目に武器は?」
厨房車に何が置かれているのか判らないので、一緒に伏せていたシークレットサービスの男に聞いた。
「局員が持ってる拳銃ぐらいです。後は3両目の武器庫に」
カミルが窓の外を見ると、加速がついて来たのか沿線に並んでいる電柱が後ろに流れていった。
「速度が出てきたけど、彼奴等も乗ってるだろうな」
車内に入れなくとも、車両の間の通路は柵が置かれただけでその気になれば外から飛び乗れた。其処に襲撃して来た兵士が居ることは容易に考えられた。
「でも、妙ですよ。わざわざ襲ってくるなんて」
居合わせたシークレットサービスの男は不思議がった。
「橋や崖を通っている時に爆破すれば十分なのに、何で」
急峻な場所を線路が通っているのだ、暗殺なら仕掛け爆弾が一番手っ取り早い筈だった。
「何だろうな……。っと止まったぞ」
急に停車したのでマリウシュは身構えた。
「魔王の暗殺って確かか?」
書類を読み直すオズワルドにギブソンは聞き返した。
「ああ……、確かだ書いてある。今日、ドワーフ領に向かう魔王をトビー山脈で襲撃する計画のようだ」
「今日?魔王はカエサリアで式典に出るんじゃ?」
魔王が歴訪するという情報はFBIには届いていなかった。
「そうだと思うが、確認したほうが良いだろうな」
ダニエルも式典に出るものだと思っていたので半信半疑だった。
「それで、どんな計画だ?」
だが、第1報を関係機関に報せる前に計画の内容が判らなければ2度手間になる。
「ん!?」
3両目で短機関銃を取り出し、弾を込め終えたシークレットサービス達は列車が再び動いたが直ぐに異変に気付いた。
「バックしてないか!?」
前方に引っ張られる感覚からそう判断したが、直ぐに前に居た他のシークレットサービスの叫び声が聞こえた。
「切り離されたぞ!」
「……2両目の魔王が乗る車両と3両目の連結を解除し、後続車両を切り離すそうだ」
「切り離しても、護衛が後ろから追い掛けられるんじゃないか?」
オズワルドが書類を何枚か捲り、鉄道の路線図を出した。
「此処の峠で切り離し、後続車を引き離すそうだ」
ドワーフ領との国境まで遠いが、全行程の中で一番急な峠の頂上だった。
「なるほど……、後ろの車両は一気に……2マイルは下るな」
ダニエルは感心したが、オズワルドは図を一枚出した。
「3マイルは下るそうだ。こっちの峠までな」
襲撃者の誰かが計算したのか、予想停車位置も書き込まれていた。
「なんか、不味くないか?」
4両目にいるマリウシュも異変に気付いた。
「後ろに進んでる。……切り離された!3両目から切り離された!」
緩やかなカーブだったので、切り離された2両目と蒸気機関車が見えカミルが叫んだ。
「やばい、出るぞ」
マリウシュが側面の扉を開けようとしたが、吸着爆弾の影響で歪んだのか中々開かなかった。
「こっちだ」
3両目との通路の扉を開け、カミルが慎重に周囲を見渡し、誰も居ないのを確認した。
「それで、切り離してどうするんだ?」
列車を切り離し、護衛達が離れたところで、列車の往来が多い地点なのでそんなに長い時間は停車していられないと、ダニエルは思った。
「……先頭に2両編成された蒸気機関車と荷物を乗せている1両目の列車と魔王が乗る2両目を切り離し、待機していたディーゼル機関車で牽引して連れ去るようだ。そして、支線に逃げ込み、バーナーで列車の扉を破り魔王の身柄を確保した後、可能ならアルター領内まで移送するそうだ」
「移送が可能でなかったら?」
ギブソンの問に、オズワルドは少し考えてから答えた。
「……その時は、薬物で魔王を毒殺して逃亡するそうだ」




