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待ち伏せ

「ちょっと失礼」


 マリウシュとカミルは厨房車の左側に走る通路を通ろうとしたが、配膳の準備でシークレットサービスが何人も居て中々通れなかった。

 列車に乗り込んでいる乗員全員の食事の調理はシークレットサービスの職員が担当し、前4両への配膳もシークレットサービスの担当だった。

 

「何か有りましたか?」


 2人が後部から現れたので、シークレットサービスの担当者が話し掛けてきた。


「あー……」

「会議室を使いたいので会場の設営を」

 言葉に詰まるマリウシュに変わり、カミルが説明したがシークレットサービスの担当は首を縦に振らなかった。


「今日は終日使えません。残念ですが、お引取りを」


 正直、予想外の答えに2人は戸惑った。


「何故ですか?」

「魔王様からの命令です」

「議長の私が使いたいと言っても?」


 魔王は各部族から選出された議員が集まる議会を優先させてきた、議長のマリウシュに一切話しが来ていないのは初めてだった。


「ええ、誰も前に通すなと」


「おっと」


 山間部をゆっくりと進んでいた列車が急に止まった。


「なんだ?」

「少しお待ちを」


 マリウシュ達に待っているように伝えると、シークレットサービスの担当者は列車の前の方へ向かった。




「確認取れた。先月、此処の倉庫にビトゥフから鉛の鉱石として貨物列車で運んだ記録があった」


 ダニエルがビトゥフの支部に確認の電話をしている間も、他のFBIの捜査官達は測定器片手に事務所を調べていた。


「鉛ね……。まあ、ウランが完全に崩壊すれば鉛になるとは言うけどな」

 ギブソンは不機嫌そうに書棚を開けるとファイルを取り出した。


「何処に運ぼうとしてたかだな。過去に同じ様な荷物は通関してたか?」

「過去に3回。今年の8月から毎月20日に通関してる。量はマチマチだ。8月は2200lb(ポンド)(約1トン)、9月は500lb(ポンド)(約220キロ)、10月は700lb(ポンド)(約320キロ)」

 

 ダニエルが聞いた内容を書いたメモを読み上げると、他の捜査員が書類の1つを手に取った。


「同じ重さの荷物が“船舶部品”として出荷されてるぞ。行き先はジュブル川沿いの港町。シェーランの造船会社のラーガン造船だ」

 捜査官が読み上げた書類はカーボン紙で文字を写した伝票の控えの様だった。


「こっちはケシェフを出る日時がマチマチだな。8月は21日、9月は10月1日、10月は28日だ」


 元の世界と同じく1年365日で、月も12ヶ月で曜日も7日間。

 書類の日時に共通点が有るかと思ったが、曜日すら合っていなかった。


「この倉庫はそのラーガン造船の持ち物かな?」

 ダニエルが手帳から顔を上げ、事務所を見渡したが、会社名が書かれた物は無かった。

「さあな。税務署の連中曰く“納税記録は個人名義”だと」

 ギブソンが押収した鍵を使い、施錠された書類ロッカーを慎重に開けるとクリップで止められた紙ファイルが1つだけ入っていた。

「これは……不動産の権利書だ。トビー山脈に在る古い鉱山……」


 紙ファイルは分厚く、何枚も書類が束ねられていた。


「Dieselkraftstoff……、ドイツ語でディーゼル燃料。Eisenbahn、線路」

 知っている単語だけ読み取ったが皆目検討がつかない。


「鑑識に回すか?」

「いや、オズワルドが判る筈だ。ダニー、連れてきてくれ」



 


「何で止まった?」


 マリウシュ達に話し掛けていたシークレットサービスが3両目に在る指揮所に行くと騒ぎになっていた。


「非常ブレーキが作動したらしい」

 指揮官が短く答えたが、指揮所は内線電話が引っ切り無しに鳴っていた。


「ええ、誰かが非常ブレーキのケーブルを引いたとしか」

 8両目の親衛隊から掛かって来た確認の電話にシークレットサービスの1人も答えていた。各車両の左右上部に張ってあるケーブルを引くと、機関車に非常ブレーキの信号が行き運転士が手動で非常ブレーキを掛ける仕掛けになっていた。


「なので、後部の確認を……もしもし?もしもし?」


 急に頭頂部の耳に当ててる受話部から音がしなくなったので、シークレットサービスはフックスイッチを何度か押した後、何度も話し掛けた。


「電話が切れました!」


「こっちもだ」

 他の電話も通話が切れ、外から銃声が聞こえてきた。


「襲撃だ、武器を出せ」


 指揮官が首に掛けた鍵を手に取り、武器庫の扉を開けてる横でシークレットサービスは腰に着けていた拳銃を抜いた。



「3時方向!重機関銃!」

 窓ガラス越しに様子を見ていた親衛隊の隊員が高所に重機関銃が居ることに気付き叫んだ。

「伏せろ!伏せろ!」

 迫撃砲弾の飛翔音も聞こえ、親衛隊の隊員たちは車両の中で伏せた。


「敵襲だ!急いで動かせ!」

 車両に銃弾が当たる音が響き渡ったが、1発も貫通しなかった。

 全部の車両が厚さ15センチの装甲板に覆われており、窓も防弾ガラスだからだ。


 だが、それのせいで車両自体がかなり重く、再び発車しても十分に加速するまで時間が掛かる。


「Los!Los!Los!」

 襲撃者達が列車に近付くには十分な時間だった。




「ディーゼル機関車の仕様書だな」

 倉庫の事務所に呼ばれたオズワルドが最初に読んだ書類の説明を始めた。

「どんな?」

 ダニエルが最初に想像したのは石炭の代わりにディーゼル燃料を燃やす蒸気機関車だったが、そんな物ではなかった。


「一般的なディーゼルエレクトリック機関車だよ。ディーゼルエンジンを回して作った電力でモータを回すな。だが、これは特別仕様で改造してある」


「改造はエンジンか何かか?」

 ギブソンの質問にオズワルドは書類を注意深く読み直し、見落としがないか確認した。


「車輪の幅だな。レール幅は此方のほうが広いので機関車も1インチ広げたそうだ」

 わざわざ、機関車を持ち込む理由が判らない。オズワルドは次の書類に目を向けた。


「チェーザル……暗殺?カエサル暗殺と書いてあるぞ」

 オズワルドは流し読みしつつ、全体に目を通すとダニエル達を見た。


「魔王暗殺の計画書だ。トビー山脈で待ち伏せるらしい」




「銃声だっ!」

 銃声に気付いたマリウシュが4両目から飛び出し、3両目に移ろうと通路を渡ると、2発跳弾が掠め火花が散った。


「危ないって!」

 慌ててカミルが首根っこを掴み4両目に引き込んだが、狙い撃ちにされていたのか、マリウシュが立っていた辺りにもう4,5発弾丸が飛んで来た。


「歩兵が持ってるライフルでさえ、数キロ飛ぶんだ。身体を曝さないほうが良い」


 マリウシュとは違い、戦に出ていた経験があるカミルは銃弾が飛び交う状況に慣れていた。


「彼奴等誰だ?」

「緑の迷彩……アルターみたいだ」


 カミルが顔を出した窓ガラスに弾が1発当たり、全面が真っ白にひび割れた。


「武器は?」

「拳銃と短剣だけ、そっちは?」

 カミルが持っているのは9ミリ拳銃と親衛隊が儀礼用に持つ幅たり15センチの短刀だけだった。


「ペンぐらいだ」

 一方、議長のマリウシュは武器を持ち歩いていなかった。


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