瀝青ウラン
「これもアセチレンか……良く爆発しなかったな」
弾が貫通した木箱の蓋を改めて眺めながらFBIの捜査官は背筋が寒くなった。
「こっちは……よく判らん石だ」
木箱には管理のための4桁の番号が振られて居たので捜査官は自分のメモ帳に番号を記載した。
「コレもビトゥフを経由か。金属の原石?」
ビトゥフの貨物駅で通関手続きをした事を示す烙印が外した木箱の蓋に記載されていた。
「ああ、どれもコレもビトゥフ経由だ。妙だな」
当初の通報通りなら、人狼領内の組織が関わっているだけなので可笑しくはないが犯人グループがアルター製の武器を持っているなら話が変わってくる。
2年前に起きた奴隷と農民の反乱当時、占領下のファレスキから大森林を経由し大量のアルター製の武器がビトゥフ周辺の反乱軍に出回った。
西にはドワーフとの国境、南には国交が無く紛争状態の人馬との国境。FBI等の連邦捜査局だけでなく、ビトゥフを統治しているヴィルノ族の部族兵が街道や街中で目を光らせており、最近出回ったセミオートライフルは別ルートで持ち込まれた筈だ。
「コレじゃないか?」
捜査員の1人が、通路の奥に在る金属製の棚に置かれた1メートル四方の木箱にライトを当てながら大声で叫んだ。
「箱には何も記載が無いが、棚に手書きで番号が振ってある」
正規の輸送ルートを通っていない荷物だと判り、他の捜査官2人掛かりで木箱を床に置いた。
「軽いな」
「空なだけだと良いけどな」
見た目の割に軽いと聞き、訝しげながら2人を呼んだ捜査官が蓋を手に持って見ると簡単に開いた。
「確かに空……」
蓋を外し、ライトを当てると中に幾つかカラフルなカードが目に飛び込んできた。
「……大変だ」
直ぐに“何か”だと気付き、ライトを当てた捜査官が叫んだ。
「全員現場から出るな!放射性物質だ!」
「緊急即応チームを呼べ!」
見付かったのは放射線測定カード、いずれも使用済みで相当量被曝した物だった。
窓の外に映る大森林を右手に見つつ、カミルは前の車両に向かっていた。
「予定通りなら、そろそろ昼食の時間だ。配膳の用意を……」
魔王に同行している政府高官達の食事の準備をする同僚達の話を聞き、カミルは自分の懐中時計を懐から出した。
(11時20分か)
乗ってる全員の食事は、先頭の蒸気機関車を除いた列車の4両目に連結している厨房車から政府高官達と記者が使う5両目の食堂車と8両目の親衛隊用車両、そして2両目の魔王の列車と3両目のシークレットサービスの車両に運ばれる。
(巻き込まれるかな?)
車両間での食事の移動中は、連結器の上を通る狭く揺れる通路を通るため、通行は出来る状態では無くなる。
下手したら、“会議室で30分以上待ちぼうけを喰らい、自分が8両目に戻った時には冷めた食事を取る羽目になるのでは”と、カミルは考えた。
(てか、凄い所を通るな)
カミルが食堂車に移動する途中、下を除くとレールと枕木の隙間から沢が見えた。列車が山間部に入りつつあり、小さな谷間に掛けられた木製の橋をゆっくりと通過していたのだ。
「おい、カミル」
食堂車に入ると、マリウシュに呼び止められた。
「ちょっと良いか」
マリウシュが車両の前の方を親指で示したので「良いですよ」とカミルは短く答え、2人は食堂車と厨房車の連結器に掛かった通路に出た。
「どうした?」
「魔王様は確かに乗ってるよな?」
マリウシュも魔王の気配が無いので不審に思っていた。
「乗ってなきゃ可笑しいが、誰も呼び出されないから隊長も不審がってる。内線電話も後ろにシークレットサービスからしか掛かって来ない。それで、今から様子を見に行くところだ」
マリウシュは振り返り厨房車の窓から中を窺った。
「警備のシークレットサービスは見えないな」
念の為、カミルは列車間に這わされた内線電話の通信線を目視で確認した。
「さっきまで居たけど」
突然、先頭の方から汽笛が聞こえ、2人は耳を立てた。
「まずい、トンネルだ」
煙を多く出す蒸気機関車がトンネルを通ると、車内に煙が充満するため、通過する前に汽笛を2回鳴らす決まりだった。
「入ろう」
マリウシュが先に厨房車に入るとカミルが後に続いた。
「馬車は問題ない」
通報を受けて倉庫に駆け付けた緊急即応チームが大きな装置を方手に持ち、空いた手で放射線を検知するガイガー=ミュラー管を馬車に翳しながら一通り調べたが大きな数値は出なかった。
「1人ずつ前に出て下さい」
一方で捜査官達は緊急即応チームが張ったテントの中に移動させられ、放射線検査を受けることになった。
ココでも馬車と同じくガイガー=ミュラー管を捜査官に翳して、放射線の強さを確かめるが、1人の捜査官にガイガー=ミュラー管を近づけると装置の針が触れ、“ガガガッ”と音が出た。
「……上着を脱いで」
全身を覆う白衣に活性炭入の防護マスクを着けた緊急即応チームの医者に言われ、捜査官の1人がFBIのロゴ入りのジャンパーを脱いだ。
「手袋もだ」
木綿製の手袋も外してもらい、再度計測すると反応は無かったが、ズボンに管を近付けると再び音が鳴った。
「ズボンも脱いでくれ」
「マジか」
11月も下旬に入り、寒いのにズボンを脱ぐことになり捜査官は嫌になった。
「大丈夫だ、金○が死ぬ値じゃない」
測定をしている医者にそう言われたが、捜査官は嫌そうにズボンを脱いだ。
「3人の被服から放射線が出た。だが、詳しい被曝量は判らんが、大した値じゃない」
全員の検査が終わり、緊急即応チームの医者と話し合ったオズワルドがテントの中に現れ捜査官達に説明をしたが全員不安気だった。
「例えばどれぐらい?」
捜査官の1人が手を上げながら質問した。
「骨折の検査で浴びるレントゲン1回程度だ。なに、アラン・シェパードの方が多く浴びたぐらいだ」
アメリカ初の宇宙飛行士を例に上げ説明されたが、目に見えない物なのであまり納得できなかった。
「で、3人は一緒に倉庫を調べてたよな。何を触った?」
正直不安だが、気にしないことにしたギブソンが3人に質問するとテントの中は静まり返った。
「ビトゥフからの荷物だ。アセチレンのタンクに鉱石それと例の放射線測定カード」
着替えのジャージに着替えた捜査官の1人が答えた。
アセチレンのタンクはギブソンとダニエルも触ったが殆ど放射線が出なかった。
「鉱石か放射線カードか」
「鉱石はどんな見た目でした?」
隅で聞いていた緊急即応チームの医者が質問してきた。
「石の中に鉛とかタールの様な金属が含まれてました」
「ピッチブレンド……」
緊急即応チームの医者は呟いた。
「瀝青ウランか、それだけか?」
ギブソンが詳しく聞くと捜査官は緊急即応チームに渡したジャンパーを指差した。
「ジャンパーのポッケにしまったメモに番号を控えました。ビトゥフを通関した荷物です」




