連邦捜査局
「準備は?」
「良いぞ」
FBIのロゴ入のジャンパーを着て、短機関銃を構えた男達が工業地帯の倉庫の1つを取り囲んでいた。
「1,2,3」
鉄製の扉に1人が爆弾を仕掛け、数を数えると、3コール目で扉の蝶番と鍵穴が吹き飛び、扉が倒れた。
「FBIだ!」
「動くな!連邦捜査官だ!」
男達は元FBIに所属していた捜査官達。治安維持を担当している各部族の垣根を超え、人狼領内で起きる犯罪に対応するために、アメリカのFBIを手本に組織されたのだ。
中に突入した捜査官は床に並べられた木箱の間を抜け奥に進むと、物陰で拳銃を抜く男に気付き発砲した。
「銃を持った男!9時方向!」
FBIの捜査官が発砲したので拳銃を抜いた男は物陰に一度引っ込んだが、銃撃が止むと撃ち返してきた。
「もう1人!奥の階段の上!」
倉庫の奥に在る事務所の2階部分の扉が開き、もう1人の男がセミオートライフルを発砲してきたので、倉庫に突入した捜査官達は木箱に隠れたが、.30口径級の銃弾は容易に木箱と中の荷物を貫通した。
「あ゛ぅっ!」
「ダニー!」
捜査官の腰の辺りに銃弾が当たり、血飛沫が散った。
「Men down! Men down!」
「生きてるよ!ケツを撃たれた」
撃たれた捜査官は地面に伏せ、撃たれた辺りを手で擦った。
「ああ、尻尾は無事だ」
「動けるか?」
「もう1人、事務所の窓だ!」
事務所の2階の窓が割られ、そこからもセミオートライフルで銃撃が始まった。
「ダニー、そこに居ろよ」
撃たれた捜査官の様子を見ていた捜査官は短機関銃を窓に向け発射しながら、その場を離れた。
もし、その場に留まって撃たれた捜査官に流れ弾が当たるのを危惧しての行動だった。わざと目立つように短機関銃を乱射し、丈夫そうな柱の影に隠れた。
「右から3番目の窓だ」
「見えた」
外で待機していた人馬の狙撃手と人猫の観測手が倉庫の明かり取り用の窓越しに、事務所の扉から銃を撃つ男を確認した。
「風速0,距離500,同高度」
「標準」
双眼鏡を覗く観測手の指示に合わせ、狙撃手は大口径の15ミリ狙撃銃で狙いを付け、引き金に力を込めた。
「撃て」
男の身体が弾け飛び、遅れて銃声が響いた。
「えげつねぇ」
対オートマタ用に大口径の狙撃銃を配備したが、実際には人に向かって使われる事が多かった。だが、元々は装甲を施されたオートマタ用の装備であるため、生身の人が銃弾を食らうと、ほぼ即死するのだ。
「退き始めたぞ!」
大口径狙撃銃の発砲が始まったので、FBIと対峙していた男達は裏口へ走り始めた。
背中を見せて走る男に、捜査官の1人が2発短機関銃の弾を浴びせ男は倒れた。
「止まれ!」
裏口から出て来た男達は待ち構えていた捜査官達に銃を突き付けられ拘束された。
「痛たたた……」
撃たれた捜査官が担架に乗せられ、外に待機していたFBIの馬車まで運ばれて来た。
「お尻を撃たれたそうじゃないか、ダニー。ギブソンが笑ってたぞ」
馬車まで歩いて戻って来た軽傷の捜査官の手当をしていたFBIの医者はそう言うと、ケラケラ笑った。
「保険会社に電話しないと。コレ高く付くでしょ?」
入院することを心配するダニエルを横に、医者のオズワルドは笑いながらピンセットを手に取った。
「いや、弾を摘出して直ぐに治癒魔法で治すよ」
馬車の荷台ではなく、臨時で設けられた診察台に乗っていた担架を置かれたのでダニエルは怪訝な顔をした。
「え……、マジで?」
「直ぐに捜査に復帰したいだろ?少々痛いけど我慢してくれ」
「はい、どうぞ」
オズワルドの助手が猿轡を口に嵌めて来たので、ダニエルは青褪めた。
「フゥフゥフゥ!(おいおいおい!)」
傷口にピンセットが当たる感覚があった。
「ぬぅーーーー!」
「弾は抜けたみたいだな。治すぞ。歯を食いしばれ」
「ア゛ーーーーーーーーッ!」
ダニエルの叫び声が聞こえて来たので、倉庫の中を調べていた捜査官達は声がした方を見た。
「何だ?」
「どうせダニーだろ。オズワルドにケツをイジられてる」
捜査官のギブソンの一言に、同じチームのメンバー2人は笑った。
「アイツがケツを撃たれたのは2度目だな。最初はアーカンソーでATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)と合同で捜査してる時に、ギャングに22口径で撃たれた」
ギブソンとダニエル、オズワルドは前世からFBIで一緒だった。オズワルドは検視官だったが、ギブソンとダニエルはコンビを組んでいた。
3人共今世はビトゥフに住んでおり、オズワルドは町医者、ギブソンは衛兵、ダニエルは法務官をしていた。
2年前に自分達の部族ヴィルノ族と魔王を巻き込んだ事件の当事者になってしまい、その捜査過程でダニエルの公金横領がバレたが、「魔王の元で部族の垣根を越えた連邦捜査局を作れば罪に問わない」とチェスワフ部族長に言われ、今はFBIを模した警察機構の一員となっていた。
基本的に部族の領地を越えた軽犯罪から、殺人、誘拐、テロ、更にはスパイの摘発と業務は幅広かった。
今日は非人狼の奴隷が違法に売買されていると匿名の通報があったので踏み込んだのだが、予想に反して抵抗が激しく面食らっていた。
「人狼に……人間。奴隷は居たか?」
「いいえ、人が大勢居た形跡は有りますけど。手錠や足枷、檻と言った奴隷を拘束する物は見当たりません」
犯人グループは人狼が2人に、人間が3人。
だが、奥の事務所や倉庫には数十人が寝泊まりしている形跡があった。
「武器はアルター製のセミオートライフルですよ。……嫌な感じですよ」
人民軍に少数配備され始めたセミオートライフルを持っているとなるとスパイの可能性が高かった。
「荷物を開けるか」
ギブソンは立て掛けてあったバールを手に取ると木箱に近付いた。
「あー……何かあった?」
両手で尻を撫でながらダニエルが歩いて戻って来た。
「奴隷は居ないし、そもそも居た形跡は無い。有るのはアルター製の武器だけだ」
「そうかい」
左手で尻を叩きながらダニエルは跳ねながら近付いてきた。
「……まだ痺れる」
「アーカンソーの時みたいに介護が必要じゃ無かっただけ運が良いだろ。ほら、手伝え」
もう1つバールを目にしたギブソンはダニエルに手にしていたバールを手渡した。
「スパイの武器庫だったのかな?」
ダニエルがボヤきながら高さ2メートル以上有る正方形の木箱の側面にバールを突き刺した。
「だったら良いけど…なっ」
ギブソンも反対側にバールを突き刺すと、2人は息を合わせ木箱を抉じ開けた。
「よし、開けるぞ」
釘が抜け板が外れたので2人は慎重に板を床に置いた。
「……あー、何だ?」
潜水士が背負うボンベの様な物が1ダース程、転倒防止の木枠に収まりぎっしりと並んでいた。
「C2H2……アセチレンだ」
ギブソンが光石のライトで照らすとバルブ付きのボンベの側面に化学式が見えた。
「ビトゥフの会社の商品か」
化学式の横に、ビトゥフの街の紋章と会社名が記載されていた。
「有り触れたもんだが、照会してみる」
工業用のアセチレンバーナーの燃料だが、ダニエルはビトゥフの支部に問い合わせることにした。




