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魔王出発

(ソ連製のРБМК(RBMK)-1000型原子炉を元にした新型原子炉が建設中だと?)


 ティルブルクの大通り沿いに設けられた観客席に座りながらライネは昨日の出来事を反芻していた。

 顔には出さないように、これから行われるパレードと式典のシナリオが書かれた小冊子を読んでいるフリをしているが、気が気ではなかった。


 昨日、何の気なしに新聞を買ったところ、売り子が前世で使っていた秘密の合図をしてきた。


 新聞を何ページか捲り、人差し指と中指を差し込む。


 たったそれだけだったが、ライネが前世で東ドイツに潜入している時にチーム内でしていた合図の一つだった。


 この合図を知っているのは5人。そのチームのメンバーだけだった。


 狐につままれた気分のまま。念の為、尾行を撒くように人混みを通り、公園のベンチで新聞を読み始めると知った顔が現れた。


 前世で東ドイツに潜入したチームの1人で、SIS時代の同僚だった。

 現世では東のゴブリンの国の情報機関に所属しているが、2年前に人狼の街ケシェフに潜入していた所をライネ達が摘発し、一度逮捕していた。


(くそ、腹立ってきた)


 前世、ライネはSISの作戦部長、ジョシュア・ロドネイだった。


 最後に記憶が有るのは、高速道路を走行中にパトカーに停車する様に指示され、路肩に停車し降りた所で拳銃を向けられた所までだ。


 転生後、偶然にも今世の両親として転生していた前世の両親から事件の事を聞いて驚いた。


 “秘密情報部MI6作戦部長、警官と銃撃戦”

 “警官を殺害して逃亡”

 “逃亡していた作戦部長、遺体で発見”

 “作戦部長の口座に海外から送金”


 全て身に覚えが無かった……。



 訳ではないが、海外からの送金以外は身に覚えが無かった。


 だが、朝のテレビニュースでこの事が報じられ、1時間後には秘密情報部(SIS)の同僚が防諜任務を担当するMI5の職員と共に家宅捜査に来たのだ。

 事情が判らない、同居していた両親を拘束し証拠品として家財を押収し、兄と妹も秘密情報部の施設で尋問される酷い対応だった。


 結局、東側に情報を流していたスパイだったジョシュア・ロドネイ作戦部長が情報の受け渡し中に警官に見付かり、銃を撃った事にされていた。息子を失い、その上国家を裏切ったとされ、母親は失意の中病死し、父親も半年後、後を追うように亡くなっていた。


 人生の殆どを国の為に尽くして来たのに、死後にその様な仕打ちをされたと聞き、ライネは憤慨していた。


 そしてライネの前世を知る、他の転生者に罵られた事も有り、ライネはジョシュア・ロドネイだった前世の事を隠し生きて来た。


 2年前に新たな魔王が降臨するまでは。


 魔王が降臨した際の一連の騒動で、アルトゥル共々正体が知れ渡り、冒険者ギルドに協力する形で防諜任務をしていた最中に、摘発したゴブリンの中に濡れ衣を着せてきた同僚が居ることが判ったのだ。


 取り調べの最中に、顔面に1発お見舞いし、鼻をへし折っていたが、もう1発お見舞いしておけばと思い始めていた。

 昨日、ベッドの中で考えていた時に、秘密警察に通報してやろうかとも考えたが、此方の正体がバレると厄介なので当面見送ることにしたが。


(詫びのつもりか知らんが、ホントか?)


 別れ際に渡されたメモに、原子炉がアルター民主共和国内で建設中と書かれていたが。


(重水炉は造られているのは聞いたが、黒鉛炉?オマケにソ連の技術だと?)


 ソ連領内に建設中の黒鉛炉の技術を国外に、それも東ドイツ出身者が多いアルター民主共和国に提供するとは考えられなかった。ソ連は東ドイツをワルシャワ条約機構に取り込んでいるが、第2次大戦の結果を踏まえ、潜水艦や核技術を東ドイツに提供していなかった。


 それが、異世界と言うだけで、簡単に渡すものか?

 せめて、ソビエト連邦に加盟したマルキ・ソビエト領内に建設するなら判るが……。


 軍楽隊が演奏を開始し、観客達が軍楽隊の方に目を向けた。

 小冊子に書かれた式次第を見ると、パレード前に行われる観客向けの軍楽隊の演奏だった。

 ライネは考えるのやめ、軍楽隊の演奏を楽しみ始めた。




 魔王専用列車を牽く、蒸気機関車2両が動輪が空転し、金属が擦れる音が構内に響いた。

 暫くすると、列車の連結器が音を立て、列車が進み始めた。


 定刻通り、9時丁度に魔王専用列車はカエサリアの駅を離れ、南西のビトゥフを経由する線路に入った。

 大森林の中に在る村々を通過し、30分もすれば丘陵地帯に出た。


「ふぅ……」

 そんな中、マリウシュは食堂車の窓から外を見ていた。


 転生者でないマリウシュは列車に馴れていないので少し酔っていたのだ。

 他にもトイレに籠もっている者や気分を紛らわそうと、外を見たり食堂車でアイスクリームを頼む者が居た。


(良く物を書けるな)

 マリウシュが紅茶を飲んで気を紛らしてる先で、記者の1人がメモに記事を書いていた。

 傍らには伝書バト代わりの魔法具、伝令ツバメが首を傾げながら記事が書き上がるのを待っていた。


「……よし、頼んだぞ」

 手の平サイズの木彫りの置物の様な伝令ツバメの脚には、カプセルが結び付けられており、記者はその中に記事を書いたメモと写真のフィルムを入れると蓋をし、伝令ツバメを窓から外に放した。


 今日の昼には新聞会社のデスクに届き、夕方には号外記事が出るだろう。



 列車が減速し、先頭の汽車が警笛を長めに鳴らした直後に、窓の外で工事車両と作業員が線路工事をしている様子が見えた。


「そろそろ、ビトゥフだな」


 ビトゥフ―ケシェフ間の貨物専用線の工事だった。

 現在は旅客・貨物列車が同じ路線を使っているが、貨物の量が増え、また危険物が市街地等を通るのは危険なので人が少ない地域を通る貨物専用線が整備されつつあった。



「しかし、魔王様大人しいな」

 最後尾の親衛隊用の車両に詰めている親衛隊の指揮官は時計を見ながら呟いた。


「本当に乗ってるのか?」

 普段なら議長のマリウシュを呼び出して仕事の打合わせをしたりと、忙しそうにしているのに今回はそう言った素振りがないのだ。


「シークレットサービスも前に籠もったままですね」

 警備で食堂車の先頭部分に立っていたカミルも不思議がっていた。

「……カミルよ、ちっと会議室を覗いて来い。議長が使うかもって言えば入れるだろ」

「了解」

 指揮官に言われ、カミルは列車の前に移動を始めた。



「静かだなあ」

 シークレットサービスも魔王に動きが無いので暇を持て余していた。


「部屋から出て来ないとか珍しいな」

 仕事をしていない時はフラフラと歩き回っている魔王が、今回は列車に乗り込んで以降全く姿を現さなかった。


「風邪でもひいたのか?」

「さあな。……そう言えば、今日は軍医を伴ってないな」

 普段は第3師団のショーン・ライバック大尉かポーレ族の医者を同伴させているが、魔王以外は護衛しか見ていなかった。


「秘書官のレフさんやゲーテルさんも居ないもんな」

「だけど、凱旋門の落成式や戦勝祝の警備よか良いけどな」

 数日前までは、2年前の内戦の戦勝記念行事と凱旋門の落成式典の警護が予定されていた。それが、魔王がドワーフ領を歴訪する事になり、第2師団長をしている魔王の妹のニュクスが式に出る事となり、警備は第2師団が担当する事になった。


 人混みに混ざりながら魔王の警護をするよりは列車に缶詰になっている方が楽なのは明白だった。

「ビトゥフを抜けるな……。後は、ずっと山岳地帯か」


 南西の穀倉地帯を抜けるとトビー山脈を永延と登る殺風景な眺めが広がる。


 距離的には短いが、超えるのに2時間近く掛かる難所だった。

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