専用列車
「10時に軍用列車が臨時で動くから、貨物車を全部本線からどかせとさ」
ビトゥフの街の南側の車両基地で貨物列車の編成を担当している事務所に駅の通信士が臨時の時刻表を持って現れた。
「10時に?何処から?」
「カエサリアからだと。本線の近くに危険物を置くなとワザワザ追記してあるから、要人か海軍の荷物だろ」
ビトゥフは人狼領地の南東に位置しており、ドワーフとの国境が近かった。その為、ドワーフ領地に向かう鉄道路線がビトゥフを経由しており、貨物列車や客車列車が頻繁に行き来していた。
通常であれば、前日の夜までに翌日分の軍用列車の運行予定が届き、それに合わせて列車の運行計画を決められていた。
「後、4時間か」
貨物列車の運行担当者は通信士から新しい時刻表を受け取ると、時刻表と壁に掛けられた黒板にチョークで書かれた貨物列車の運行予定と編成表を見ながら暫く考えた。
ドワーフ領から到着した貨物列車やコレからドワーフ領へと向かう貨物列車はビトゥフ南側の車両基地に隣接する操車場で、行き先に合わせ編成を変えるのだが、貨物列車の発車と臨時の軍用列車が被るかが心配だった。
「43号と7号は“仕分け線”から出してビトゥフ駅のフォームに入れられるか?」
「何とか行けます」
内線電話で操車場の様子を聞いていた係員が答えた。
危険物を運ぶ予定がない2編成を旅客駅の中に入れる方向で作業にあたる事になった。
「5番ホーム。9時発、吉田行の列車が参ります!発車予定時刻は9時10分になります!」
ビトゥフから北。カエサリアの中央駅で駅員が叫ぶと、停車中の旅客列車の周囲に居る乗客はホームの壁に設置された時計で今の時刻を確かめた。
列車の運行は定刻より遅れるのが日常的だが、遅れが10分程度で済んだので乗客達は売店や売り子から菓子等を買ったり、トイレに向かう等、列車に乗る用意をし始めた。
『5番ホーム。カエサリア発、ドワーフ領、吉田市行の列車が参ります』
小型の蒸気機関車が12両編成の客車を牽引しながら、ゆっくりとホームに入ってきた。
時刻は8時半頃。
客車の1両目から4両目は1等客車で、個室で区切られたコンパートメント車となっており、5両目は食堂車、6両目から12両目は2等客車で、中央に通路が在る開放座席車になっていた。
乗務員がドアを開けると、2等客車の乗客は席を取ろうと乗り込み始めたが、1等客車の乗客はのんびりしていた。
1等客車は座席が指定されているので、急ぐ理由が無いのだ。一方の2等客車は全席自由席。おまけに、座席に対し乗客が多いので、座りたい乗客は我先にと乗り込むのだ。
「混んでるなあ」
初めて列車に乗るドワーフの青年は揉みクシャになりながらボヤいた。
身長2メートル近い人狼の中に身長1メートル程度のドワーフが混じり込んで居るわけだが、うっかり踏み倒されないように、甚平姿に桁の高い下駄を履き頭の上には風呂敷包みを乗せ、両手を挙げながら歩いていた。
2等客車に何とか乗り込み、空いた席を探しに中へ進むと空席が見えた。
「よいしょ」
空いてる席に荷物を包んでいる、唐草模様の風呂敷を投げ、席を確保したドワーフの若者は何とか席まで辿り着くと木製の座席に飛び乗った。
「やれやれ……」
乱れた甚平の裾を直しながら、席に座ったが、もう2枚銀貨を払って1等にすれば良かったかと後悔し始めた。どうせ2等客車の運賃銀貨10枚。……青年の給料一月分の切符代は会社が払ってくれている。
「大変ですね」
4人掛け対面式の向かい側の席に座って座っていた人狼の男に話し掛けられた。
「いや、もう馴れましたよ」
下手すると、子供にまでぶつかられるので、ドワーフの青年は避けるのに馴れていた。
「帰郷ですか?」
「ええ、出張から戻る所ですよ」
青年はカエサリア郊外の海軍施設に大型機械を納品した業者に勤めていた。何時もは軍の駆竜艇や駆逐艦に便乗して移動していたが、今回はタイミングが合わず列車でドワーフ領まで戻る事になったのだ。
「オイ見ろ、魔王様専用車だ」
乗客の誰かが叫び、人狼達が窓の外を見たので青年は窓を見ようとしたが座高が低く今一見えなかった。大急ぎで下駄を脱ぎ、木製のベンチに立つと4つ隣の1番ホームに紫色の客車が入ってきた。
「珍しいですな。普段は見えないように貨物列車で目隠しするんですが」
向かいの席の人狼の男がそんな事を言った直後に、有蓋貨物車が隣の4番ホームに入ってきて殺風景な貨物車の壁面しか見えなくなった。
「順序が逆だ。どうなってる?」
部族長や政府高官の警護を担当する親衛隊の指揮官は魔王の警護を担当するシークレットサービスの担当者に質問した。
「手違いかな?確認させる」
ホームに到着した専用列車の中に異変が無いか、シークレットサービスや親衛隊員がチェックしているのを横目に見つつ担当者は事務所に向かった。
「全く……」
親衛隊の指揮官からすれば迷惑な話だった。
魔王だけ移動するのであれば、シークレットサービスの問題だが、今回は政府高官も移動するのだ。万が一テロが起きたら政府高官にも被害が出る。
普段は専用列車の移動は完全に隠しているが、人目が有る駅で目立って欲しくはなかった。
「異常有りません」
「よし、記者を乗せろ」
今回は初めてドワーフ領に訪問すると言う事で、新興メディアである新聞社の記者30人と国営ラジオの記者が取材のため乗り込むことになっていた。
先に記者達を乗せ、政府高官が乗る客車と魔王との会議室等を取材する予定になっている。
「記者と一緒か」
駅舎の2階に設けられた貴賓室で待機している政府高官の中で、議長を務めるポーレ族部族長のマリウシュは窓から列車を眺めながら呟いた。
「アルトゥルとライネの案ですけど大所帯ですね」
親衛隊少尉のカミル・ジェリンスキは迷惑そうな顔をした。
カミル本人は転生者ではないが、部下だった2人が余計な事を言いだしたので仕事が増えたのだ。
「身元の確認もしなきゃいけないから、1ヶ月掛かりましたよ」
名前と出身、今の新聞社での在籍状況だけでなく、転生者かどうか?転生者なら前世は誰だったか?現世でアルター民主共和国を始め他国と繋がりがあるか?
30人全員を調べるのは大変な作業だった。
「なんか、親衛隊は大変そうだな」
エミリアの従兄弟であるマリウシュとも幼馴染なので、マリウシュは気さくに話し掛けた。
「殆ど家に帰ってませんよ。エミリアが週末に帰ってきてますけどこの1月は会えず終いですよ」
「ありゃー……」
今回の訪問でエミリアも同行するのかとカミルは期待したが、エミリアはカエサリアに居残りになったので暫く会えない日々が続くことになった。
「乗車準備が整いました。乗車を開始して下さい」
親衛隊の兵士が貴賓室に現れ、乗車準備が出来た事を告げると各々ホームへ移動を始めた。
「そう言えば、魔王様を見ませんね」
普段なら、ちょっかいを掛けに来る魔王が姿を見せないのでカミルは訝しった。
「自室にギリギリまで籠もってるそうだ。……具合が悪いのかな?口数が少なかった」
駅に着いた時に、顔を合わせていたマリウシュは魔王が無表情だったのが気になった。今回は護衛が着いており、“普段同伴しているエミリア達が居ないのと、護衛のシークレットサービスや記者の目を気にして行儀良くしているだけなのでは?”と思っていたが、流石に貴賓室に現れなかったのは気になった。




