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接触

〈ボルトアクションライフルが200挺に連装15ミリ機関銃が4挺……期間は?〉


 ティルブルクのホテルの会議室で、ライネは渡された書類を確認していた。先週の第2師団の攻撃で故障した銃火器が多く、兵士達では手が回らないので民間業者に修理を発注することになりライネが立ち上げた業者にも一部が割り振られたのだ。


〈今年中に間に合えば……〉

 発言した人民軍の士官が慌てて口を閉じたが、ライネは書類を見つめたままだった。


〈他に入り用な物は?医療品や被服などは?〉


 うっかり、口を滑らしたと思っていた士官だったがライネからの提案は理解できなかった。


〈ヒルブルグさん。貴方の会社は金属加工と食品販売だった筈ですが〉


 偽名で呼ばれたライネは書類から顔を上げた。


〈私の会社では有りませんよ。市井の治癒師や縫製が得意な婦人方に伝手がありましてね。必要でしたら口利きいたしますよ〉


 会社の職員を求人した際に募集に応じた人や、転生者の集まりに積極的に顔を出していたので、ライネには当てがあったのだ。


〈それは嬉しい話ですが〉


 兵站担当の士官からは非常に魅力的な話だった。人狼からの奇襲で人民軍は人的被害は少なかったが、物資を浪費していた。特に医薬品は傷病兵の治療に使うため常に必要だったが在庫は心許なく、本国に補給を申請しているがいつ届くか判らなかった。


〈ヒルブルグさん、コレは友人としての助言ですが……〉

 士官は小声で前置きをし、身を乗り出した。


〈あまり事業は広げ無い方がよろしいですよ。ココは西側では有りません。会社を没収されますよ〉

 ライネは師団長と市長だけでなく党関係者や軍関係者に付け届けをしており、目の前で忠告してきた士官にも珍しい舶来品の詰め合わせと婦人用に高級織物を贈っていた。


〈今はまだ良いですが、戦争が落ち着いた時には……〉


 士官はアルター社会党が掲げる社会主義の理念、“富の再分配”を理由にライネの会社が接収されるのではと危惧したのだ。


 アルター民主共和国ではアルター社会党員が役員を務める国営企業の各人民公社が設立され、一定以上の規模を持つ私企業を人民公社に編入する動きが過去にあった。


 だが、企業経営に明るくない党員による人民企業の経営不振や都市を股に掛けて活動していた商会の解散による経済への混乱が戦争継続と人民の生活に多大な影響を与えると判断され、民間企業の活動は黙認されていた。


〈その件は対策を考えていますよ〉


 もちろん、神聖王国の時代から存在していた商会やアルター民主共和国成立後に起ち上げられた民間企業は政府と党の方針に対応していた。

 役員の給料を抑え、党関係者への献金や政府への寄付を積極的に行い体制への忠誠を示していた。


〈縫製の方は党の婦人会に管理をお願いします。治癒師は医学アカデミーが〉


 ライネの場合は関係者への袖の下(・・・)だけではなく、政府や党への人材紹介や物品提供で貢献していた。


〈私の商会も党の地方企業委員に役員をお願いしています。ゆくゆくは人民公社化しても良いように〉


 ライネは書類をまとめて、自分の鞄に詰め始めた。


〈では、銃火器の修理は書類の通り。医薬品と被服は党を通じて改めて連絡をいたします〉


〈ええ、お願いします〉




 ライネがホテルから出ると通りに人だかりが出来ていた。


(パレードの予行か)


 駐屯する人民軍が明日の軍事パレードの予行練習で、本番に準じたコースを行進していたのだ。

 街を東西に横断する大通りでのパレードなので通行規制が敷かれ、規制の解除を待つ人や見物人で大通りから少し離れたホテル付近も人混みが出来ていたのだ。


(戻れないな)


 予行練習が始まる前に大通りの向こう側に位置する自分達の商店に戻るつもりだったが、思いの外時間が経っていたようだ。

 ホテルの入り口から少し外れた所に移動したライネは暫く考え込んでから大通りとは反対の方向、南へと歩きだした。



〈1部くれ〉

 途中、新聞を売っている売店を見つけ、ライネは地方紙を1部買う事にした。


〈50ペニヒです〉


 ライネは財布から、党本部が刻印された50ペニヒ硬貨を取り出し売り子に渡すと再び歩きだした。


 気が向くまま、大通りと並行しているそこそこ広い通りに出ると、今度は左に曲がり東へと足を向け、街の中心にある党の地方本部の裏手をゆっくりと通り過ぎてみた。パレードを観るために通りに集まる人混みを縫いつつあるき続け、今度は建設中の鉄道駅と路面電車のターミナルに出ると右に曲がり南へ向かって歩き出した。


 街の通りを右へ左へ、または市民が利用する青空市場の隙間を通り抜け、結局ホテル近くの公園に辿り着くと遊歩道を歩き噴水脇のベンチに座り新聞を読み始めた。


 大通りで行ってる予行練習を観るためか、公園内の高台や遊具、果ては木に登る等している市民を横目にライネが新聞を読んでいるとベンチに犬を連れた老婆が近づいてきた。


(5ヶ年計画の達成……、党主導の農業生産を称える記事か)


 大型の農業用オートマタが巨大な鋤で畑を耕している写真が載っていた。昨年の倍近い面積に作付けを行い、今年の収穫量を大きく越えるだろうと記事では謳っている内容だった。


〈結構手広くやっているな〉


 ベンチの端に腰掛けた老婆がぶっきらぼうに声を掛けてきた。


〈なに、単なる小遣い稼ぎさ〉


 新聞を捲り、2面を読みつつライネは老婆を横目で見た。

〈よく化けてるな〉

 シワシワの老婆だが、話し方と声は若い男だった。


〈婆さんにしか化けれんよ。背が低いんだ。だが、シュタージ(秘密警察)の連中の目を誤魔化すには都合がいい。こんな婆様がゴブリンだとは誰も思わん〉

 老婆に化けているのは、ジュブル川の遥か上流。東の山岳地帯に住むゴブリンの1人だった。


〈そっちはどうやって検問を抜けた?やっぱり下水か?〉


 街に出入り口に設けられた検問所では、出入りする人物が転生者かどうか。転生者の場合は、前世は何処の誰だったか、魔法具で調べられるのだ。

 それも、通常の書類手続きの合間に裏に居る元神殿勤めの神官だった党員がやるので誤魔化しは効かなかった。


〈正面からだ。魔王が誤魔化す方法を教えてくれてな。東ドイツのマクデブルク出身で、元人民公社の営業部に居た男だとアイツ等は思ってる。……そっちはどうした?〉


 まさかの正面突破だと聞き、老婆に化けたゴブリンは内心驚いた。


〈取り敢えず中に忍び込んで、適当なアパートに住んでる婆様のフリをしてるんだ〉


 足が悪くて、出歩くのが億劫な老人に化け、本人達が知らない所で成り済まして出歩く手法を取ったゴブリンからすれば羨ましい話だった。


〈直ぐバレないか?〉

〈だからキチンとした身元が欲しい……。まあ、手に入ったが〉


 再び新聞を捲り、ライネは劇場で上演されるオペラをチェックし始めた。


〈所で、何のようだ?〉


 わざと人混みを抜け、尾行を撒いて来たライネだったが、シュタージに誰かと話している所を見られるリスクは避けたかった。


〈協力してくれ。昔のよしみで、ロドネイ部長〉


 ゴブリンに前世の事を持ち出され、ライネは深く溜め息を吐いた。


〈私の死後にKGBとの2重スパイだと報道したそうじゃないか。残念だが協力するつもりはない〉

〈アレはMI6の発表じゃない。テレビ局が勝手に報道したんだ〉

〈だが、乗っかったろ?違うか?〉


 新聞を畳むとライネはベンチから立ち上がった。


〈それに、私はもうイギリス人じゃない。……じゃあな〉


 ライネが一歩足を踏み出したタイミングで、ゴブリンは呼び止めた。


〈鉛筆を見てないかしら?わざわざ家から持ち出したのに〉


 ライネが振り向くと、ライネの足元にまで、わざとらしく鉛筆を地面に転がしたゴブリンが左手にクロスワードパズルの本を持ってニコリと笑っていた。


〈ああ、ココに在りますよ〉

 鉛筆を手に取り、ゴブリンに手渡した時に耳元で囁かれた。


「黒鉛炉の情報を持っている。それをソチラに渡す」

 ライネの手から鉛筆を受け取ったゴブリンは変わりに小さいメモ用紙をライネに握らした。


「Danke schön」


 ライネにお礼を言うと、ゴブリンはクロスワードで遊び始めたのでライネは公園を後にした。

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