職務代行
自分の執務室に妹のニュクスと戻った魔王は周囲に誰も居ないことを魔法で調べると自分のデスクから紙ファイルを出した。
「ドワーフが救出した物理学者は長浜の海軍基地に留まっている。駆逐艦“夏雲”に乗ったままでな」
表紙にロゴはなく。右上に極秘と赤い印が捺してある紙ファイルを開くと、狭い“夏雲”の食堂で笑顔で食事をしている人狼達の写真が挟まっていた。
「狭くない?」
立ってる人は首を横にしており、座ってる人も狭いのか肩を竦めながらカレーを食べていた。
「ドワーフは背が低いからな」
そう言った魔王と妹のニュクスも身長は低いが、ドワーフは更に低く妖精並みの1メートル程度しか身長がなかった。
「この事はエミリアには?」
写真と一緒に挟まっていた救出者リストの一番上に在る“エバン・レフ博士”の名前をなぞりながらニュクスは質問した。
「まだ言っていない。今回の件は何も……」
父親は死んだものだとエミリアは思っていたようだが、アルターの収容所に他の物理学者達と一緒に収容されているという情報を元CIAの局員が掴んだ。
アルター民主共和国に潜入させているスパイに命じ慎重に調べさせた結果。南岸一帯に人狼が進出した際に、本土の別の収容所へ移送される事が判り今回の作戦が秘密裏に計画された。
「エバン・レフ博士達が生きていること自体、報告会に出てたメンバーではレオンしか知らんし。それと今回の救出作戦の事を知っているのも、当事者だった第2師団の一部とドワーフ側の海軍関係者だけだ。ロキもフェンリルも真実は知らん」
ドワーフの魔王であるロキと補佐をするフェンリルに知られて妨害されるのは避けたかった。
「艦隊の乗員は?」
「上陸させずに艦に留め置かれてる。……保全措置で我々がレフ博士を引き取るまで続け、幕府に対してもシラを切ってる」
「身柄の引き取りは?」
「私が出向く」
「出向く?」
目を細めながら書類を見ていたニュクスは目を細めたまま魔王の顔を見た。
「魔王が行くまでもないでしょ?」
「ドワーフに依頼していた新型戦艦の新空式に私が参加する事にした。ついでに首脳会談を行う。同行者は海軍長官、陸軍長官、国務長官、商務長官…」
「ああ、そう」
同行者の多さから物理学者達を随行員に紛れ込ませ本土に移送する意図を理解したニュクスは書類に視線を戻した。
「警護は誰が?」
「ブレンヌス達を連れて行く、それとアルトゥル達から提案があったシークレットサービスを同行させる」
シークレットサービスの人員は半数が転生者で残りは転生者で無い新規採用者だった。それだけだと不安なので、ゴーレムのブレンヌス達を同行させるつもりでいた。
「エミリアとリーゼは?」
「此方に残す。何があるか判らんしな」
「んー、そう……」
身の回りの世話をしてくれる2人が居ると判るとニュクスは途端に興味をなくした。
「と、言うわけだ。明日の凱旋門落成式から代行してくれ」
「ふーん、……はあっ!?」
ニュクスが目を見開き、書類から顔を上げたが、魔王は転移魔法を使い一瞬で町娘の格好に着替えていた。
「じゃ、アルベルトと会う約束してるからよろしく」
「ちょっと、待ちなさい!」
見た目通りの優しい口調になった魔王は、止めようとするニュクスの目の前から転移して姿を消した。




