ニュース映画
報告会が開かれた、薄暗い会議室にスピーカーからファンファーレが響くとスクリーンの中央に『11月18日 杉平ニュース第25號』と大きく表示され左上に“SHK”と小さくロゴが表示された。
『海軍奉行発表―』
「……海軍省発表」
周りから「お前日本語判るだろ?」と、同時通訳を押し付けられたアルトゥルがスクリーン横の演台で同時通訳をしていた。
『吾妻、箕島を主力とする海軍第2艦隊はヴィルク王国第2師団を支援すべく出港』
軍艦マーチが流れると、マストに大将旗と16条旭日旗が翻る吾妻を先頭に、第2艦隊の飛行艦が飛行場から一斉に飛び立ち、乗員と地上の駐機場に並んだ兵士が帽振れをしている映像に切り替わった。
『11月14日、アルター民主共和国人民軍の防空網を突破』
ドワーフの領地から北のアルター民主共和国までの広域の地図が表示され、ドワーフの領地からトビー山脈を西の海側から迂回し、アルター民主共和国が占領するジュブル川南岸の人狼の領地に矢印が伸びた。
「実際は人民軍の監視所上空を飛び回って居ます」
冒険者ギルド長のエーベル女史が補足説明をした。
『翌15日、ヴィルク王国第2師団とアルター民主共和国人民軍が対峙する前線を南北に往復』
ジュブル川南岸付近の詳細な地図に表示が切り替わり、前線を示す凹凸の線と、南から矢印が伸び川の中央で引き返すと元の場所に矢印が止まった。
『この間、アルター民主共和国人民軍の航空部隊と会敵』
「コメートか?」
「何処で液体燃料と酸化剤を?」
「飛竜の火炎袋らしい」
艦隊の誰かが映像を撮っていたのか。激しい対空砲火に曝され、堕ちる竜騎兵や弾幕の隙間を通り抜け機銃掃射をするロケット戦闘機の映像が流れ、会議室内に話し声が響いた。
「この後流しますアルター民主共和国のニュース映画で詳細が出ます」
エーベル女史の一言で静まり返った会議室だったが、円盤が艦隊の周りを縦横無尽に飛ぶ映像が流れ再びざわめいた。
『竜騎兵50騎、空中空母2隻、ロケット戦闘機10機を撃墜、円盤型新型攻撃機3機を撃破致しました』
巡洋艦の主砲が放たれ、円盤が黒い煙の中に消える映像が流れ、今度は出港した飛行場に着陸しようとしている映像に切り替わる。
『第2艦隊は敵の猛攻を跳ね除け悠々と―』
他の飛行艦か飛竜が撮影したのか、2列に並んだ第2艦隊の飛行艦が先頭から滑走路に着陸する様子を上空から周回しつつ撮影した映像が流れた。
『無事に内地に凱旋し、海軍奉行、海野大将等の出迎えを受けました』
「何事もなく本土に凱旋し、海軍長官、うみ…」
アルトゥルは息を飲み、スクリーンに映し出した海野大将の顔を見た。
『なお、本作戦の指揮官は』
「……海野大将の出迎えを受けました。本作戦の指揮官は」
笑顔の海野大将が吾妻から降りて来た提督と握手している場面に切り替わり、アルトゥルは通訳を続けた。
『海軍第2艦隊司令官、蒲生紀平中将です』
フィナーレの演奏と共に飛行場の様子を上空から望遠で撮影した映像に替り、最後に“杉平放送協会”のロゴがスクリーン一杯に映りフィルムが終わった。
「次は第2師団が入手したアルター民主共和国のニュース映画です」
エーベル女史の次に流すフィルムの内容を言ってる横で。アルトゥルが演台から下がり、自分の席に戻った。
エーベル女史の部下2人はフィルムの交換に手間取っているようでアルトゥルが席に着いた後も映写機からフィルムが巻かれたドラムリールを取り外せていなかった。
「どうしたの?」
席に着いた後も顔を掻くなど落ち着かない様子だったアルトゥルにショーンが話し掛けた。
「いや、その……」
「海野長官は元海軍の人間で戦後は日本の議員だった。ロンとは家族ぐるみでの付き合いをしてた」
アルトゥルが言い淀むので、横で聞いていたパオロが前世でのアルトゥルと海野長官の関係を暴露した。
「えっと……つまり」
ジェームズがバツが悪そうにショーンとリーの方に視線を逸した。
「将軍も関係者……」
リーの一言に呼応するようにアルトゥルは鼻から溜め息を吐いた。
上院議員だったアルトゥルの前世、ロナルド・ハーバーと日本の衆院議員だった海野大将が非常に親しい事は有名だった。
アルトゥルは今回の事件に全く関与していないのはリーやジェームズは理解しているが、周りはそうは思っていないのは明白だった。
「ロンが日本の議員と笑顔で握手している写真は有名だからな」
ショーンの軽口に対し、アルトゥルは脇腹を肘で突き「うっせ」と文句を言った。
突然、アルター民主共和国の国歌が流れ、スクリーンに『11月19日 アルター民主共和国放送』とロゴが出た。
『11月14日から侵入していたドワーフ飛行艦隊は―』
「あれ?」
アルトゥルが同時通訳をしていた杉平放送協会のニュース映画とは違い、アルターのニュース映画はすでに音声が吹き替えられていた。
「え、俺のアレは何なの?」
「静かに」
不満そうなアルトゥルをパオロは冷たくあしらった。
『ジュブル川を越え、共和国オーバーエスタリンゲン州領空へ侵入しましたが―』
独特の抑揚の無い、ドイツ語のアナウンスが微かに聴こえる中、スクリーンには先程まで視ていた杉平放送協会のニュース映画の映像と同じ、飛行場から発信する飛行艦の様子が映し出された。前日公開された杉平放送協会のニュース映画を無断で使用したらしく、ロゴを切り落とすために映像の上下は切られていた。
『15日、国家人民軍航空軍により撃破されました』
占領地上空をジグザグに飛ぶ形で矢印が伸び、最終的にリンゲンに向け矢印が伸びる映像が流れた。
『突っ込むぞ!』
前方から綺麗に旋回する飛竜の様子を撮影した映像が映し出され、つづいて飛竜から撮影したと思われる映像に切り替わった。
『やれ!』
『飛竜に乗る魔術師達の攻撃で敵巡洋艦は炎上』
火球が巡洋艦に当たる様子が複数のアングルから撮影された映像が3つ順繰りに流された。
『空中空母からはロケット戦闘機が出撃』
風防を閉じたパイロットが風防越しに親指を立てると、ロケット戦闘機はゆっくりとカメラから離れ空中に放り出された。
「ベルX-1と同じく空中母機に懸下され、母機から乗り移れる様になっています。詳細は手元の資料に」
元CIAのレオンが構造について補足説明している間に、空中を滑空していたロケット戦闘機がエンジンを点火し飛翔を開始した。
『ロケット戦闘機の前に、敵艦隊はなす術無く―』
今度はロケット戦闘機のガンカメラ映像か。飛行艦の真下から高速で近付くロケット戦闘機が曳光弾とロケット弾の煙を曳きながら巡洋艦に攻撃をする様子が流れた。
『更に新型航空機、ハウニブによる攻撃で撤退を始めました』
円盤の四方に取り付けられた砲塔の内、3つが一斉に発射される映像の後、被弾し煙を上げながら飛び去る巡洋艦が映し出された。
「飛行艦と同じ反重力装置を用いた航空機です。ソレもお手元の資料に」
参加者の殆どは円盤の登場でヒソヒソ話を始めたがレオンの補足で資料に目を移した。そして、再び杉平放送協会のニュース映画から着陸時の映像無断で使用したのか、船体に穴が空いた様子の巡洋艦をアップで写した映像が流れ、ニュース映画は終わった。
「杉平幕府が艦隊を動かした意図は不明ですが、この様に杉平、アルター両国がプロパガンダ映画を国内で上映しています」
明かりが付き、海軍作戦部長が席を立ち説明を始めたが、会議室に居るメンバーの殆どが円盤について話していた。
「杉平のニュース映画で第2師団との関与に言及が有りましたが……」
元FBIの捜査官の1人が発言し、向かいの席に座っていたニュクスに視線を送った。
「確かに第2師団は16日までジュブル川南岸に展開していました」
ニュクスは淡々と答えた。
「しかし、先のニュース映画で言及された様に支援活動は受けておらず。むしろ、飛行艦の砲撃が地上に居る部隊に降り注いでいました」
「なぜ、前線を前へ?撤退を命じられていたのでは?」
他の参加者からも質問が出たが、ニュクスは眉一つ動かさなかった。
「撤退前の偽装作戦です。それ以上でもそれ以下でも有りません」
「だが…っ!」
質問者が食い下がろうとしたが、魔王が右手を挙げ発言を制した。
「この定例報告会は各機関、部隊が持ち寄った情報を交換する場だ。それに師団の指揮は師団長に全任している、今回の行動も議会からの要請が無い限り問題化するつもりはない」
魔王はそう言うと、右斜め前に座る議長の方を向き発言を促した。
「現時点では、第2師団に対する議決は有りません」
議長を務めるポーレ族、現族長のマリウシュは答えた。
「他に報告がある者は?」
魔王が参加者に発言を促したが、誰も手を挙げなかった。
「では、今週の報告会を終える」
魔王が席を立つと、参加者全員が起立し会議室を出る魔王を見送り報告会が終わった。




