騒動の結末
「先に戻っててくれ」
師団長のアルトゥルへの報告に時間が掛かると思い、パオロは馬車の御者をしている部下に先に戻ってるように指示を出した。
「帰りはどうします?」
「タクシーでも拾うさ」
無事な左手で鞄を持つと、パオロは背中で馬車のドアを閉じアルトゥルの家の正門から家に入って行った。
「しかし、デカイなあ」
本来の第3師団長の官舎はケシェフに在るが、ニューレキシントンのこの家はアルトゥルが私費で建てた物だった。
コロニアル調の白い建物なのだが、庭に置かれた感謝祭の飾り付けの落ち葉やカボチャが暗闇の中でも存在感を示していた。
「はーい」
パオロが帽子を取り、玄関をノックすると中から女性の声がした。
「パオロ・グエラ大佐です。師団長に用件が有り参りました」
わざと軍の中で使う堅苦しい言い回しでパオロが用件を言うと、玄関が開き小さいメイドが顔を出した。
「こんばんは、グエラ大佐。どうぞ入ってください」
妖精のメイドに玄関の中に誘われ、彼女の手を借りつつコートと帽子を脱ぐと、メイドはそそくさと台に乗りコートと帽子を壁に掛けた。
「ありがとう」
「旦那様は後から来ますので、執務室へどうぞ」
3階まで吹き抜けになっている玄関から案内された廊下に歩いてる途中、上の階から物音と話し声が聞こえた。
「早かったな」
“U.S.Army”と背中に書かれたツナギを着てタオルを頭に巻いたアルトゥルが執務室に入って着た。
「何時もと変わらんが……何してるんだ?」
「水漏れで駄目になった壁を直してたんだ」
パオロは執務室の机に置いた鞄のダイヤル錠を合わせ中の書類を取り出し、アルトゥルは机の反対側に立った。
「業者に頼めば?」
「自分達で直せるし、節約だよ」
(だったらもう少し小さい家でいいだろ)とパオロは言い掛けたが、黙っておいた。
「で、ドワーフの艦隊が何と交戦したって?」
パオロは鞄からデカデカとCIAのロゴが印刷された紙ファイルを出して机の上に置いた。
「円盤だとさ」
紙ファイルを開きアルトゥルが白黒写真を手に取ったタイミングでパオロが一言だけ喋った。
「おい、宇宙戦争はパラマウント映画の作品だろ。訴えてやる」
「H・G・ウェルズじゃねえよ!ドイツ野郎の新兵器だ!てか、お前は著作権者じゃねえだろ!」
そもそも、原作者はイギリス人だし。この世界は異世界なのでベルヌ条約が存在しないので権利は有耶無耶だった。
「来週のパレードに出す予定だった物を引っ張り出して来たんだと。他にも飛行船やら竜騎兵やら……飛行船はリンゲンの防空基地、竜騎兵と円盤はエーベルブルグから飛来したそうだ」
円盤の上に操縦士が乗っている物や、格納庫に収まっている物、果ては飛竜と並んで飛んでいる場面を写した写真をアルトゥルは順番に眺めた。
「ツブラヤ?」
「……ついでに言うとハリーハウゼンでも無いぞ。いい加減映画から離れろ」
パオロに言われてもアルトゥルは怪訝そうな顔のままだった。
「ふっー……つってもよぉ」
アルトゥルは椅子に座ると頭に巻いていたタオルを取り、右手で頭頂部の右耳を掻き始めた。
「何で円盤?」
「いや、知らんよ」
正直、2人共釈然としなかった。
円盤状の物体は真っ直ぐ飛びにくく、安定しないので空中で回転すると2人は考えていた。
結局のところ、矢と同じでジェット機の様に細長い物体のほうが結局安定性が高いのだ。
「元CIAの連中が写真を持ってきたんだ。信じるしか無いだろ?」
「でーもよぉー」
そして、情報源も怪しい物だった。
CIAは主に大使館員や潜入させたスパイに情報を集めさせたり、対象国の協力者から情報を得るヒューミントを主に行っているが、偽の情報が紛れ込んでいる可能性が高いのだ。対象国の協力者が金銭目的で売り付けてきた情報がそもそもデタラメだったり、対象国の情報機関が意図的に流した偽の情報、CIAの局員が手柄を立てようと情報をでっち上げたりと信用できないのだ。
そのため、DIAやNSA等の他の情報期間が集めた情報と照らし合せ“本物”かどうか判断を下すが……。
「元NSAの連中が傍受した無線で“Luftshiff”とか“Haunebe”って単語が出てきてるとか」
パオロが次に取り出したファイルから傍受した無線の内容を解読した書類を手に取り、アルトゥルは円盤が写った写真と書類を交互に見た。
写真の円盤に白いペンで“新型飛行艦 Haunebe”と注意書きされてはいた。
「円盤はどうでも良いとして……。何でぃ、9時間前の無線か」
暖炉の上に置いた時計で時刻を確認すると、もう夜中の10時になりそうだった。
「ドワーフの艦隊は引き揚げたんじゃねえの?」
「可能性はあるな。それと第2師団の無線やケシェフの師団本部との電話の通信状況を確認したが、13時頃から一切通信をしていない」
「現地に引かれた通信網は盗聴出来てないか……」
「ああ、交換を現地の野戦司令部で行ってるからな、通信網が独立している」
パオロが指揮する情報保全隊が電話を盗聴しているのは、ケシェフの交換台を経由する電話線とカエサリアの交換台を経由する電話線だけだった。
そのため、第2師団が戦地で個別に管制している電話線との会話は盗聴できないのだ。
「総司令部から第2師団への通話は?」
「ああ、電話を掛けてるが第2師団側が誰も出ないみたいだ。無線も自動応答しないんで受信してるか判らないな」
ドワーフの艦隊が人民軍と交戦したタイミングで第2師団が完全に通信を止めた。師団長のニュクスの性格を考えると撤退か新たな攻勢か……。
魔王から聞いていた話では、バナハ大佐が率いる第4連隊が“勝手に”ドワーフの艦隊と接触を持とうとしている可能性が有るとの事だったが。
「ニュクスもグルか……」
「魔王も1枚噛んでると思った方が良いかもな」
「艦隊からは“捕虜を連れ帰港する”を意味する光信号がありました。その後は雲の上に消えどうなったかは」
第4連隊の野戦司令部に出向いた師団長のニュクス相手にヤツェク長老は事の経緯を説明していた。
「艦隊は人民軍と交戦していたようですが、連隊の被害は?」
ニュクスの興味が連隊の方に移ったので、ヤツェク長老の隣に居た連隊長が説明を始めた。
「連隊は攻撃を受けておりません。人民軍は艦隊追撃を優先していたようです。南東方向の人民軍地上軍との前線までの間、黒竜の死骸や飛行船の残骸を幾つも墜落しているのを確認しています」
バナハ大佐はニュクスの前に広げた地図でジュブル川の南岸から人民軍地上軍と対峙している前線までの間を指でなぞった。
「そうですか……」
無表情のまま、ニュクスは押し黙った。
「今後の事はコチラで何とかします。バナハ大佐は計画通り兵を動かして下さい」
「ハハッ」




