円盤
ドイツの科学は世界一!円盤を飛ばすことぐらい、どうて事は無いわ!
アルター民主共和国の首都エーベルブルグの郊外に建設された飛行場では人民軍航空軍が大慌てで作業をしていた。
〈砲弾は!?〉
〈85ミリ砲弾を500発かき集め、積み込みました。主砲弾は残念ながら〉
飛行服を着込んだ機長が整備長から説明を受けている眼の前。
格納庫から引っ張り出された直径30メートルも有る円盤が3機並んでいた。4方向、90度ごとに置かれた連装85ミリ砲塔と、底部には150ミリ単装砲が装備されていた。その内の1機で底部に繋がれていたホースが外され、整備士が蓋を締めた。
〈給油完了!〉
〈了解!エンジン始動!〉
『……。エンジン始動!』
機長の指示で、円盤の中に居た機関士がディーゼルエンジン2基を高圧空気で空転させ試運転を始めた。
蒸気機関車の様な音を立てながら、潤滑油を機械に回すためピストンがゆっくりと回り始めた。
潜水艦用の10気筒ディーゼルエンジンとほぼ同じだが、エンジンを冷やす冷却水を冷ますのに海水が使えないので外気で冷やすための大型のラジエーターが取り付けられ、さらにエンジンの燃焼にも使う外気を圧縮する吸気タービンも取り付けられ機械室は狭かった。
〈1番始動!〉
十分に潤滑油が回り、始動出来る状態になったので機関士はレバーを倒しエンジンを始動した。
試運転の時と同じ様に数秒間ピストンが回った後、燃料がエンジンに送られ一気にエンジンが回り始めた。
〈2番始動!〉
1番エンジンのけたたましい駆動音が響く中、もう1人の機関士が叫び手信号でエンジンの始動を告げるとレバーを倒し、もう1つのエンジンも始動させた。
〈敵艦隊は先行している第1戦闘航空団の黒竜と空中空母と交戦中と通信が〉
円盤中央の操縦席に上がってきた機長に無線士が状況を説明した。
〈場所は?〉
〈リンゲンの対岸です。5分も有れば追い付けます〉
情報から飛行経路を割り出していた航法士が答えたのを聞きつつ、機長は円盤後部から出たエンジンの排煙を確認した。
『機関出力安定。機内電力に切り替える』
「ガチャン」と機内のブレーカーが切り替わる音がし、一瞬だけ計器や機内を照らしていたライトが暗くなった。
『電力切り替え終わり。電源ケーブル外した』
副操縦士が油圧と高圧空気の圧力が上がり、操縦桿を四方に傾かせ機械の動作を確認した。
〈油圧、高圧空気ポンプ正常。浮揚装置動作正常。飛行前チェック終了。発進出来ます〉
〈了解、浮力中立〉
〈浮力中立〉
機長の右隣に座る副操縦士が席の中間にあるスロットルレバーを中間の位置に動かすと、駐機場に転がっている石等が地面から30センチ程浮き上がり空中をゆっくりと漂い始めた。
浮力が中立になり、機長が僚機に発進の合図を手信号で送ると、僚機の機長が“発進準備良し”の返事を手信号で返した。
〈発進!〉
「戻せ!両舷後進一杯!艦水平!」
飛行船と衝突した吾妻は艦首を30度下げた状態で降下を続け、雲の中に入ろうとしていた。
「もどーせー!」
「両舷後進一杯!」
「第1砲塔異常なし!」
飛行船の先端と衝突した第1砲塔だったが、相手の飛行船が軽かった為、被害は全く無くCICも衝突で吹き飛ぶ乗員は居なかった。
「高度4千!」
「舵中央!」
面舵に切っていた方向舵は中央に戻ったが昇降舵は未だに下げ舵方向に向いており、降下を続けていた。
「速度は!?」
「ログ速200!」
「艦水平!」
艦長の問に船務士が答えた直後に操舵員が艦が水平になったことを報告した。
だが、艦の降下は続いており急いで対処する必要が有った。
「高度3500!」
「上げ舵10度!両舷前進一杯!」
艦首を上げ、降下を続ける艦を上昇させる必要が有った。
「高度3000!なおも降下中!」
「反重力装置の出力上げろ!」
飛行艦は電気を流すと重力に反発する特殊合金を用いた反重力装置を浮遊装置に用いていた。
「出力105%」
機械室から報告を受けた機関士が艦長に報告を伝令した。
「艦長了解!高度報せ!」
「高度2800!降下止まりません!」
「もっと出力を上げろ!」
「高度2700!雲の下に出ます!」
高度を報告していた船務士が叫んだ。
「上空!飛行艦!吾妻です!」
ジュブル川の南岸に到達していた第2師団の兵士達は雲から降りて来た吾妻を指差した。
川の対岸からドワーフの艦隊が上昇し、暫く経つと砲撃の音が鳴り響き段々と近付くので、ほぼ全員が雲を眺めていたが。大きな爆発音に続き吾妻が高速で降りてきたので兵士達はどよめいた。
「妙ですな」
第4連隊の指揮官バナハ大佐は吾妻が艦首を上げながら降下しているのに違和感を感じた。
「速度が速すぎる。通り過ぎるぞ」
傍らに立っているヤツェク長老も違和感に気づいた。
吾妻は船体が重く、速度変換に時間がかかった。
それなのに、雲の上から現れた吾妻は速度を更に増していた。
いくら着陸するのは捕虜を乗せている駆逐艦だけとは言え、吾妻が高速で突き抜けては護衛の意味はなかった。
「降下止まりました!現在高度2500!」
「上昇だ、高度1万」
「右後方、駆逐艦“磯雲”と“山雲”が追従してきます」
「待て、上昇待て!」
一度は上昇を指示した艦長だったが、船務士の報告で指示を取り下げた。
雲上から追ってきた2隻の他に、僚艦も視界が悪い雲の中で降下している可能性がある。その状況下で不用意に雲の中に入り衝突でもしたら墜落は免れない。
「雲の範囲は?」
「予報ではトビー山脈の麓まで雲が広がっています」
船務士が答えたが、提督と一緒に乗り込んでいた艦隊司令部の気象幕僚が補足の説明をした。
「雲の高さは概ね変わらず広がっている予報です。ですが前線は発生していないので風は強くありません」
雲の切れ目から上昇しようにも、数百キロ先の山脈まで雲が広がっていた。
「磯雲に赤外線通信。上の状況を聞け」
「了解」
「前方下方、人狼の第2師団と人民軍地上軍」
「砲撃戦用意!」
地上に展開する人民軍に撃たれる事を想定し、艦長は“砲撃戦用意”を下令した。
「艦長、磯雲からの連絡では“他の僚艦は上空で待機している”そうです」
「よし上昇開始。高度1万5千」
「上昇、高度1万5千。上げ舵10度」
「上昇、高度1万5千。上げ舵10度」
「艦長、下の連隊に計画変更を報せる発光信号を打ってくれ」
「了解」
「また、雲の中に戻って行くぞい」
上空を通り過ぎた吾妻と駆逐艦2隻が上昇を始め、雲の中に消えようとするのを見送りつつ、ヤツェク長老は呟いた。
「ん?」
吾妻の上部に置かれた航海艦橋から短く光り、発光信号だとヤツェク長老も気付いたが。
「ーー・ ーー ー・ ー・ー?何の事だ?」
「ーー・ーー ー・ー・ーです。作戦変更です。このままドワーフ領まで戻る時の合図です」
雲の中に3隻が突っ込み消えるのを眺めながらバナハは信号の意味を伝えた。
「捕虜は!?無事なのか?」
「ええ、無事な時の符号です」




