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艦隊対飛行船

「ええ。艦隊が交戦を……」

 情報保全隊(INSCOM)の副官はアルトゥルの邸宅に電話を掛け、集めた情報を報告していた。


「被害は把握できませんが……。隊長!」

 自分を含め8人居る、INSCOMの全員の夕食兼夜食として買った中華料理屋の手提げの紙袋を抱えながらパオロが部下の1人と戻ってきた。


「何が有った?」

 パオロは残った左腕に持っていた手提げの紙袋を入り口に近い無人の机に置くと、中に入っているテイクアウト用の紙箱を出し始めた。


「ドワーフの艦隊が人民軍と交戦しました」

「何時だ?」


「13時に北岸で装甲列車相手と13時半にジュブル川上空で何か(・・)と交戦してます」

「何か?」


 デカデカとNSAのロゴが表に印刷された紙製のファイルを副官が手に取った。


「アルター社会党と人民軍の無線通信をNSAが傍受したそうです。電文中に“Luftschiff”と“Haunebe”の単語が幾つか有ると」

Luftschiff(飛行船)と何だって?」


「アルターの新兵器だそうです」


 次にデカデカとCIAのロゴが表に印刷された紙製のファイルを副官が手に取った。


「来週、人民軍の中に正式に航空軍が正式に編成され。その航空軍で中核をなす兵器として開発されたそうです」

「師団長には連絡したか?」


 ファイルを受け取り、パオロは鞄に詰めると鍵を掛け手錠を左手首に再び着けた。


「はい、電話で」

「よし、俺はまた師団長の家に行ってくる」


 パオロが出ていくと残った部下達はパオロが何を買ったか確認し始めた。


「野菜炒めにターキーにポーク(角煮)か」

「シーフードが恋しいな」


「……春雨は俺のだ!取っとけ!」

 パオロが廊下の端から叫んだ声が聞こえて来た。




−1330 ジュブル川上空


「両舷第5戦速!高度5000!」


「両舷第5戦速!高度5000!」

「両舷第5戦速!」

「上げ舵5度」

「上げ舵5度」


 南に針路を取った艦隊は一気に高度を上げ加速を開始した。


『艦橋、CIC。右後方!黒竜の編隊!近態勢!』

「対空戦闘用意!」

 迎撃に出て来た黒竜の報告を聞き、提督は“対空戦闘用意”を下令した。


「対空戦闘用意!」

 砲術長がマイクを使い、艦内に指示を伝達すると乗員達は慌ただしく動き始めた。

 火災や被弾で気密が破れた時に備え、艦内の耐圧扉を閉め、通風器の弁も事前の計画通り操作された。


『方位310、距離1万5千、高度差4000』

 艦橋上部の防空指揮所が吾妻から見た黒竜の位置を報告した。


『的針180、的速300ノット(約560km)

「300!?」


 黒竜の速度が速いのでCICで報告を聞いた全員が耳を疑った。


「誤報じゃないか?確認しろ」

 現在の艦隊の速度は200ノット(約370Km)

 黒竜の方が100ノット(約180Km)も優速だとは考えられなかった。


『距離1万、高度差2000。総数40!』

 だが、続報で一気に5千ヤードも距離を縮めたので、疑惑は確信に変わった。





『突っ込むぞ!』

 無線機から飛行隊長の指示が聞こえ、4体の黒竜が菱形の編隊を維持したまま急降下を開始した。

 目標の吾妻が対空戦の邪魔になる軍艦旗や旗流を大急ぎで艦橋マストから降ろしているのが見えた。


『やれ!』

 竜騎士の後ろに乗る魔術師が一斉に火炎魔法で作った火球を放った。吾妻の左舷側、艦橋の前部を通り過ぎつつ放たれた魔法は甲板上から左側面にかけて当たった。


『続くぞ!艦橋を狙え!』

 後続の編隊も急降下を始め、魔術師が魔法を準備し始めたところで、吾妻の対空機銃が射撃を開始した。


 魔術師が魔法を放つ寸前だったが、急降下中の黒竜達は竜騎士が手綱を操り4方に散り回避しようとした。だが、1体の黒竜が被弾し、胸に当たった機銃が背中に乗った竜騎士と魔術師まで吹き飛ばし、錐揉み状態で落下を始めた。


『散開!散開!』

 駆逐艦の船体上部に設けられた主砲が射撃を開始したので、更に後続の編隊は艦隊の周囲を旋回し始めた。




「近付く竜を狙え!」

 高角砲の射撃管制を行う高射装置の操作員は目標を探そうと高射装置を大急ぎで旋回させようとハンドルを操作した。

挿絵(By みてみん)

「右上空、追い越す黒竜!」


 高射装置上部に設置された半球状の窓から射撃目標を目視で探していた指揮官が叫び、操作員は目標測定用の測距儀を上空に向けた。



『ってー!』

 時限信管が設定され高射装置から送られた情報を元に高角砲が射撃を開始した。

 連装式の10センチ砲のうち、左側の砲が先に発射され、装填作業をしている横で右側の砲も発射された。



『弾幕の隙間だ!突っ込め!』


 黒竜の居る大凡の方向に射程の長い10センチ高角砲が弾幕を張り、容易に近付けない様に牽制していたが、周囲を旋回する竜騎士は果敢に攻撃を仕掛けてきた。


 だが、高角砲の時限信管の砲弾で作られた弾幕を越えると、今度は20ミリ機関砲の弾幕。更にその先には9ミリ機銃の弾幕と他の艦の高角砲の砲弾が、近付く黒竜に容赦なく叩き落とした。

 太平洋戦争時の日本海軍の艦艇が行っていた個艦防空ではなく、米海軍が行っていた艦隊防空を再現出来ていた。


「主砲は狙えているか?」

 CICに居た艦長は主砲の発砲音がしないことに気付いた。


「敵の黒竜が高速で狙いが定まりません」

 船体に衝撃が走り、遅れて一瞬だけ船体が左方向に回転した。


『第4居住区付近に被弾』

 応急長を務める機関長が応急指揮系統のマイクを取った。


「第4居住区、CICより応急長。異常の有無報せ!」

『CIC、第4居住区。異常有りません』

 黒竜に乗る魔術師の魔法では重装甲の巡洋艦の装甲を破ることは出来なかった。


「まもなく合流地点です」

 地図に航跡を描いていた船務士の報告だった。


「残りの黒竜は?」

「まだ、30以上は……」

 艦隊は現在、毎分約3海里(約6キロ)の速度で突き進んでいる。今すぐ降下し救出した神祗官達を人狼に引き渡す必要が有ったが、現場を見られる訳にはいかなかった。


「降下しますか?」

「……予定変更だ。このまま南進し本国に戻る」


「……っ?!新たな艦影!右前方、同高度、距離近い!針路交わる!」

「右後進一杯!面舵一杯!」

 電話員の報告を聞き、艦長が殆ど反射的に叫んだ。


「右後進一杯!」

「下げ舵一杯!衝突警報(コリジョン)!」

「右後進一杯!」

「おもーかーじ!一杯!」


 急速高度変換を艦長が指示していないのに気付き、提督が“下げ舵一杯”と“衝突警報”の指示を出したが、復唱の号令に紛れ操舵員は聞き漏らした。


 衝突警報が鳴り響き、艦が右舷(みぎげん)に舵を切り始めた感覚は伝わった。

「面舵35!」


「下げ舵一杯、急げ!」




「正面に入る」

 駆竜艇3号の艇長は操縦桿を握りながら、挺前方の銃座に目標の位置を報せた。


『当たった!落ちました!』

 右の羽根が根本から折れ、黒竜が駆竜艇の直上を掠めた。


「よし、4羽目だ」

 2次大戦時の戦闘機並の速度で飛行する黒竜相手に駆竜艇は追い付き次々と撃墜していた。

 重力を無視して飛べるので、重爆撃機程の大きさの駆竜艇は難なく追い付けたのだ。


「何だ!?」

 後方で何かが光り、艇長は振り返った。


「何か見えるか!?」

 艇長の居る艦橋は楕円形のキャノピーで覆われているが、後方の視界はあまり良くなかった。


『吾妻が飛行船と衝突!』


 振動が伝わり、駆竜艇内に爆発音が響いた。


「飛行船?」

 駆竜艇を左旋回させ、艇長は自分の目で吾妻の状況を確認した。


「水素に引火したのか……」

 雲の中から浮上してきた硬式飛行船の船首下部に吾妻の上甲板に設置された主砲の第1砲塔とぶつかり、浮揚ガスとして使っていた水素に引火していた。


「飛行船、堕ちます」

 円筒状の船体に収められた気嚢が次々に爆発し、構造体のキャンパス地も熱で燃え上がっていた。


 後続の駆逐艦も舵を切り、空中に舞った飛行船の構造体の破片を掻き乱しながら突き進むのはこの世の出来事では無いようだった。


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