協力体制
「全員出せ。急げ!」
陸戦隊は他の2両の貨物車でも中を区切っている鉄格子の扉を鍵で開け、中にいる囚人の手錠の鎖をワイヤーカッターで切断した。
「人数は?」
「12人。情報通りです」
「よし、夏雲に移せ」
装甲列車の前方に遷移し、搭載砲を砲撃していた海雲がリンゲンの街に向け砲撃を開始した。
「人民軍が出てきました!」
リンゲンに駐留する人民軍の部隊が事態に気づき迫ってきたのだ。
「海雲動きます!」
海雲は高度をゆっくりと上げつつ、東に展開した人民軍に向かい飛行を開始し、ジュブル川の上で旋回している巡洋艦も艦砲射撃を開始した。
「足元に気を付けて」
背の低い陸戦隊の兵士が倍近い身長の人狼の囚人を介抱しつつ、有蓋貨物車から降ろしている間も、艦隊は派手に撃ち合いをしており。外に出た囚人達は飛行艦が撃ち合いをしてるのを始めて見て、足を止めた。
「急いでください!」
人狼の子供程度の大きさのドワーフに手を引っ張られ、ようやく囚人たちは夏雲に向かって走り出した。
頭上で海雲が12.7センチ砲を発射し、砲煙やカス等が頭上に降り注ぐ中、なんとか夏雲にたどり着き、囚人たちをタラップから乗せ始めた。
「良いぞ!乗れ!」
タラップの下で警戒していた陸戦隊も乗り込むと、大急ぎでタラップが上げられ扉が閉められた。
「全員乗った!出してください!」
「夏雲、浮きます!」
夏雲がゆっくりと高度を上げ、煙幕を展開しつつジュブル川に向け取舵を切り始めたのを吾妻でも確認した。
「リンゲンから出て来た敵は?」
「竜騎兵と歩兵、それと装甲人形です」
吾妻のCICに戻った提督は敵の戦力に驚異になるものが無いのを確認した。
「よし、夏雲を援護しつつ南下する」
「面舵」
「おもーかーじ!」
「おもーかーじ!」
吾妻も回頭を始め、夏雲を敵から見て内側になる位置に遷移しつつ南下を始めた。
「艦隊は北岸に渡ったって?」
狭い部屋に2列で6つ並んだデスクの間を通りながらパオロは首をかしげた。
「で、1時間も経たずに南岸に引き返した?何してたんだ?」
パオロの声が大きいのでデスクで仕事をしていた全員が聞き耳を立てた。
「詳細は不明ですが、元国家安全保障局が通信を傍受していました。……CIAからも情報提供が有り、詳細は」
奥に在るパオロのデスクに、留守を預かっていた副官とパオロが入ると扉が閉められ、会話が聞けなくなった。
「ラングレーがマジで情報くれたのか?」
スーツ姿の人熊の局員がパーテーションから顔を出して、隣の局員に話し掛けた。
「マジでくれたよ。お前がトイレ行ってる間に」
「マジか……」
事の重大さに気付いて、局員は椅子に座るとデスクの置いてあったカップに口を付けた。
「あれ?」
普段は安い紅茶なのに、カップの中にコーヒーが入っているので局員は再び口を付けた。
「ソレもCIAがくれたヤツだぜ」
「っ!?グフっ!?オフ……」
隣のデスクの同僚に説明され、人熊の局員は派手にむせ返った。
「出掛けてくる。何か有ったら師団長のデスクに報告してくれ」
左手で重い鞄を持ちながらパオロが出て来た。
大体、こういう時は。秘密以上の資料を持っており、左手首に手錠で鞄を括り付けていた。
「こりゃ、徹夜か」
そして、“何か有ったら”の言葉が出る時は決まって事件が起きた時だった。
「無線の内容は殆どがアルター側の物だ。極稀に第2師団の竜騎兵が出した接敵報告や正体不明のノイズが有るが徹底して無線封鎖をしてる」
アルターの暗号無線を解読した紙をアルトゥルに見せながらパオロは移動中に目を通した内容を説明し始めた。
「結構有るけど、暗号解読機かい?」
「ああ、元NSAが暗号解読機を持ってるらしい。自動でタイプしてくれるそうだ」
「便利だけど、ドイツ語かい……」
時系列で纏められているが、A4用紙300枚以上は有りそうなドイツ語の解読文を読むのは難儀だった。
「そう思って、重要そうなのを翻訳した。残りも翻訳中だ」
勿体ぶりながらパオロは鞄から封筒を出し、中身をアルトゥルの前に出した。
「先に出せよ」
パオロは更に他の封筒も机の前に出した。
「それと元CIAのレオンと元FBIのダニエルからも情報が来た。向こうからな」
封筒を手に取りかけたアルトゥルは、手の平を広げ封筒から手を離した。
「何企んでるんだ?」
前世では予算や縄張り争いが原因で非協力だった2つの組織から自主的に情報が貰える時は大概厄介事だった。
「何も企んで無いよ。向こうも予算獲得に躍起になってるんだ。内容はヤツェク長老の事と冒険者ギルドの動き、それにビトゥフの日本人達についてだそうだ」
もう一度封筒に手を伸ばし、パオロの顔をチラ見してからアルトゥルは中身を取り出した。
「一昨日からヤツェクの爺様が居ねえ?」
エミリアの祖父で、今のポーレ族の族長マリウシュの祖父でも有るヤツェク長老が姿を消したと書かれていた。付属の写真では竜騎兵に乗る時のヘルメットに呼吸マスクを付けており、南に飛び立ったと注意書きが有った。
「実際は北に飛んで第2師団と合流したらしい。それと、例の艦隊がジュブル側の北岸に一時的入った」
「接触したんか?」
アルトゥルの質問にパオロは首を傾げた。
「まだ判らん。局に届いた情報は6時間前に艦隊が北岸に入って出た事までだ」
アルトゥルが時計を確認すると夜の7時になる所だった。
「飯はどうした?」
「局に戻って食べるさ。何か有ったら電話する」
鞄に必要なものを積め、パオロは席を立った。
「せっかく来たんだ。家で食べてけば良いのに」
アルトゥルの妻、ドミニカが料理上手な事はパオロも知っていたが、局に戻る事を優先した。
「お誘い有り難いが、仕事が有る。……そうだ、ジェームズの奴そろそろ飛んだか?」
「そう言えば、そろそろだな」
緑竜が牽引するグライダーの機内に赤いランプが着き、教官が叫んだ。
「降下用意!降下用意!」
手馴れた様子で降下の準備をする海兵隊員に交じり、ジェームズは遅れないように必死に準備をしていた。
ジェームズが今までパラシュート降下をした回数は2回だけ。それも、明るい昼間に行ったので不慣れだった。
「アンタ、実戦で降下したことは!?」
「いや、無い!ヘリボーンしか経験ない!」
アルトゥル、パオロ、ショーンの3人は空挺師団に居たので第2時大戦で降下した経験が有るが、ジェームズはベトナム戦争時の改編でヘリボーン部隊になってから同じ部隊に入った影響でパラシュートを着けた事自体、今世が初めてだった。
「なに、心配ない!遊園地みたいなもんだ!」
隣の海兵隊員に勇気付けて貰っている間に緑のランプが着いた。
「降下!降下!」
「ああ、うそでしょ」
ヘリから飛び降りる時は気にもしていなかったが、真っ暗な外を見てジェームズは足がすくんだ。
「じゃ、お先!」
普段なら前世の調子で軽口を叩く男のケツを蹴り上げる位に男勝りだが、目の前の事で精一杯だった。
「飛べ!」
「ぃぃ……!」
変な声を出しつつもなんとかグライダーから飛び降り、パラシュートが解散した衝撃が身体に伝わってきた。
「っ?うわあ!」
先に降りた海兵隊員の姿を確認し、彼等の近くに降下していたが、ジェームズは急に引っ張られる感覚を感じた。
「うわ、嘘?木!?」
バリバリと枝と葉を派手に散らしながら、ジェームズは訓練場に生えた銀杏の木にぶら下がった。




