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救出作戦

「高度30」


「艦長、高度30。ツリム0、左右傾斜無し」

 戦闘指揮所(CIC)に船務士の号令が響いた。


 高度を落とし、幅が5キロ以上も有るジュブル川の中央を艦隊が進んでいた。

 ソ連側が持ち込んだ早期警戒レーダーを避けるために船体の大きい巡洋艦と駆逐艦は水面ギリギリを飛び、駆竜艇は高度500で飛びながら周囲の警戒をしていた。


「左、反航する艀船(はしけぶね)

 艦橋の左ウイングに上がり目視で周囲の様子を見ていた提督は持っている双眼鏡で艀船を確認した。


「民間船だな」

「積み荷は橋脚のようです。如何しますか?」

「無視しろ。だが、方位変化を見逃すな」


 ジュブル川を行き交う船は多く、船務長は通報される事を警戒したが、提督は無視をするように指示した。




「艦長、まもなくリンゲンまで10海里(約18キロ)です」

 船務士の報告で艦長は提督が居るウイングに隣接する航海艦橋と会話するため、CICの端末に設置された内線のスピーカースイッチを入れた。


「艦長、提督。リンゲンまで10海里」



「提督、艦長より。“リンゲンまで10海里”と報告が」

「ああ、了解」

 伝令した水兵に短く返し、提督は上空の駆竜艇に目をやった。




「リンゲンが近いな」

 上空の駆竜艇から、リンゲンの灯台が観えたので艇長は焦った。


「まだ見えないか?」

「見当たりません」

 サングラスを掛け、北岸に大型の双眼鏡を向けている士官は短く返事した。


「ホントに居るんすかね?」

 狭い艦橋の先端で操縦桿を握る水兵は軽口を叩いた。

「居るから人狼達も危険を承知で出張ってるんだろ?回頭指示は来たか?」


「まだです」

 床に嵌められたガラス窓から下の巡洋艦を見ていた水兵が叫んだ直後だった。


「居ました!北岸を西進中!」

 士官が指差した先に、蒸気機関車が吐いた黒煙が視認できた。

「間違いないか?」

「軍用列車、間違いなし!」


「吾妻に通報!取舵!」



「1号艇、目標を発見。回頭します!」

 船務長の報告を聞き、提督が1号艇の方を見上げた時、真北に針路を変え始めた。


「追従する。海雲と夏雲を先行させろ!」





『警報!左前方から敵艦隊!』


Los(急げ)!Los(急げ)!Los(急げ)!」

 3列目に連結された装甲付きの機関車が警笛を鳴らす中、装甲列車に乗る人民軍の兵士達は大急ぎで戦闘配備に着いた。



『スピードを上げろ!』

 指揮車両からの指示が来る前から、機関車では大急ぎで速度を上げる作業をしていた。

〈石炭をもっと焚べろ!〉


 単純にボイラーの温度を上げ蒸気圧を上げる他にも速度を上げる方法はあった。

〈こちら機関車だ!誰か後ろの貨物車を切り離してくれ!〉


 本来なら前部6両の装甲列車を引っ張るだけで精一杯なのだが、後ろに3両有蓋貨車を牽いていた。

 いくら平坦な川沿いを進んでるとは言え、速度を上げるのは不可能だった。


『駄目だ!貨物車を切り離す事は許さん!』

〈しかし、それでは加速が遅いです!一両だけでも!〉




「主砲、列車の前方!軌道を狙え!」

 駆逐艦海雲と夏雲は船体下部に設置された12.7センチ連装砲で装甲列車が進む線路を破壊しようとしていた。


「始動だ!」

 砲塔長指示でモーターが一斉に動き、空気弁と油圧弁が開く音が砲塔内に響いた。


『交互一斉打方(うちかた)!』

「早えな。諸元来てるか?」

「来てます!」

 砲術長が“交互一斉打方”を下令したので砲塔長と砲手達は大急ぎで用意を続けた。


「左砲良し!」

「右砲良し!」


「了解!左右砲良し!」

 砲の準備が終わり、戦闘指揮所の射撃盤から送られてきた諸元に合わせ主砲が動き始めた。




〈撃ったぞ!〉

 装甲板で固められた機関車の窓から駆逐艦を見ていた機関士は叫んだ。


〈何を撃ってる!?〉

〈……ダメだ、見えない〉

 前に居る指揮車両が邪魔で視界が狭く、何処に砲撃しているのか見えなかった。


『停止だ!止めろ!』

〈停止!〉

 指揮車両からの指示が内線で入り、機関士達は大慌てでレバーを操作し急ブレーキを掛けた。



〈危ない!〉

 時速80キロ以上の速度で突っ走っていた装甲列車の全車両が一斉にブレーキを掛けたので中に居た兵士達は前方に吹き飛ばされた。


〈うわああぁ!?〉

〈掴まれ!〉

 更に、先頭の2両。対戦車砲を搭載した1両目と4連装機銃を搭載した2両目が、砲撃で開いた穴に突っ込み脱線した。



「止まりました!」

「面舵、両舷後進半速。砲を狙え」

 海雲は装甲列車の前方に留まりつつ、砲塔に照準を合わせた。



「着陸脚降ろせ!」

 装甲列車の左後方に遷移した夏雲は艦長指示で着陸準備に入った。



「降下30秒前!」

 右舷側の昇降タラップの裏で完全武装の海軍陸戦隊が降下を待っていた。鉄製ヘルメットに自動小銃。分隊支援用に軽機関銃まで装備していた。


 油圧で着陸脚が降りる音が響く中、頭上を何かが通り過ぎたので何人かが上を見た。


「援護の駆竜艇だ」

 先頭の軍曹が音の正体を言う横で、船員は降下の準備を手早く行っていた。


「派手に撃ち合ってるな」

 覗き窓から陸戦隊指揮官が外の様子を窺うと、海雲の砲撃で装甲列車の旋回砲を破壊していた。

「だが、計画通りだ」


「タラップ降ろせ!」

「タラップ降ろす!」

 船員がスイッチを入れると船体の舷側に折り畳まれていたタラップが押し出された。


「降下だ!」


「行け行け行け!」

 合図とともにドアが開けられ、陸戦隊はタラップから外に降り始めた。

 散発的に装甲列車の覗き窓やハッチから発砲が有ったが、陸戦隊は後部の貨車に走った。



 旋回砲に目標までの距離を教える測距儀は半球型の装甲板に覆われていたが、そこのハッチから誰かがライフルを発砲していた。

「5両目、測距儀のハッチだ」

 反時計周りに装甲列車の周囲を旋回している駆竜艇からも、反撃する人民軍の様子を確認できた。


 旋回砲や対空砲は駆逐艦の12.7センチ砲で沈黙していたが、残った歩兵の対処は駆竜艇に任されていた。


「了解」

 すぐさま、艇の前部の連装7.7ミリ機銃が発砲し、測距儀のハッチから外を狙っていたライフルが見えなくなった?


「測距儀に当たったが、狙撃手が倒れたか判らない」

『旋回させる、もう1斉射だ』

「了解、艇長」



「ワイヤーカッター」

 有蓋貨物車のスライド式扉が南京錠で施錠されていたので、軍曹はワイヤーカッターで切るように命じた。


「いつでも」

 部下が大きなニッパーのようなワイヤーカッターを南京錠の金具に当てた。

「開けろ!」


「Don't move!Don't move!」

 ドアを勢い良くスライドさせ、部下の1人が英語で叫んだ。懐中電灯の灯りで人民軍の兵士がライフルを持っているのが見え、今度は軍曹と指揮官がドイツ語で叫んだ。


Hände(手を) hoch!(上げろ)

Kapit(降伏)ulieren(しろ)!」


 投降を呼び掛けたが、兵士が銃口を向けてきたので軍曹は彼の胸を撃った。


「クリア!」

「居たぞ!」


 貨車の中は鉄格子が並び、多種多様な囚人が鎖に繋がれていた。囚人たちは無精髭は生えているが、髪は伸びている訳ではなく、そこそこ待遇が良かったのが判った。


「エバン・レフ博士?」

 指揮官の呼び掛けに囚人服を着た人狼が手を上げた。


「誰だ?」

 指揮官は写真と顔を確認してから、再び口を開いた。

「救助に来ました。対岸でお父上が待ってます」

「父が?」


 相手は元神祗官のエバン・レフ。エミリアの父親だった。

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